切なめ短編集

触れる、溶ける。【アイスバース】

5

20xx年7月7日


遊馬の考えてくれたプランで1日過ごし、最後にとあるプライベートビーチへやってきた。

 「辰巳さん、今日一日一緒に過ごせて本当に楽しかったです。これが、僕からの最後のプレゼントです。」

遊馬に花束を手渡される。
花束の真ん中に小瓶が飾られていて、中身を確認しようとつまみ上げた。

「待って！まだ開けないでっ…」

遊馬の瞳には涙が膜を張っていた。

｢今日は、ありがとな。｣

辰巳は、遊馬の出会った時よりも幾分落ち着いたブラウンの髪を優しく撫でる。

この日が来たらと、辰巳はずっと考えて今日まで過ごしてきた。


｢お前が、好きだ。｣

想いを告げ、辰巳は少し冷たい遊馬の身体を抱き締める。

｢…僕もっ｣

そこまで言って、遊馬はその先を躊躇った。

『消えるのは、怖い』

先に起こることを察して、辰巳は抱き締める腕に力を込める。


｢す、好き…だよ…。｣

涙声で、答えた遊馬の唇に親指でそっと触れる。
そのまま自分の唇を合わせると、遊馬の身体がポタポタと小さな音を立て始めた。

｢…！おい！！！｣

辰巳の脳裏にあの時の記憶が蘇る。

こんなにも、一瞬にして生きた証を残さずにひとりの人間が消えてしまうのかと悲観した。


｢ごめんね、ありがとう。｣

少しずつ抱き締めた身体の感触が消えてゆく。


辰巳の足元には、太陽を浴びてキラキラと光る水溜まりが出来ていた。