ひとしづくの、愛。

30

蒼斗は「お世話になりました。」と言い残し、踵を返した。

佐久間が家まで送ると申し出たが、それを断りタクシーを手配しようとスマホを取り出した。

玄関のドアを開けようとしたところで、佐久間とは違う声に呼び止められた。

「…義兄さん」

振り返ると智紀が立っていた。

「久しぶりだね、あお。ハーブティー淹れてあげるから俺の部屋においで。」

有無を言わさないαの威圧感に、履きかけていた靴を戻し大人しく従うことにした。

「よろしい。」

智紀はその行動に満足したのか、さっさと自室に向けて歩き出していた。


部屋に着くと中庭の見えるテーブルに案内される。
そこは昔とちっとも変わっておらず、自然と心が落ち着く気がした。

「父さんと喧嘩でもした？」

手際よくティーセットを用意しながら問われる。

「あおは好きに生きたら良いよ。実子じゃない俺が言うのもなんだけどね。」

蒼斗が答える前に智紀は言った。

「縁談も断ってあげるよ。」

どんどん先へと紡がれる言葉に圧倒される。

「大切なんでしょ、一緒にいるΩの子。」

テーブルに紅茶が置れ、智紀が向かいの席に座る。

「…俺この家と縁を切ることにしたんですよ？」

やっと返せた言葉はそれだけだった。

「俺にはそんなこと関係ないよ。変わらずあおは大事な弟だもん。」

智紀はとても綺麗な顔で微笑むと、手を伸ばして蒼斗の頭を撫でた。

「ありがとう、兄さん。」

ハーブティーのおかげもあってだいぶ心も落ち着き、智紀に礼を言って蒼斗は実家を後にした。