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第12章 自分の道
第206話 1週間ぶりの学校
しおりを挟む将のドラマ初出演作の収録は月曜、火曜で無事終わった。
将の演技は、自分に近い役柄だったせいか、
「初めてとは思えないね」
と周囲のものを感心させた。
事務所上げての特訓の成果なのだが、それもあってセリフを噛むこともなかった。
何より、物怖じしない堂々とした演技とTV映りのよさがスタッフに好評だった。
奄美ユリもすっかり将を気に入ったようで
「今回の役が将くんになってよかったわ」
などと最高級の言葉を将に与えた。最初、配役交代を怒って、意地悪していたことが嘘のようである。
「今度、みんなで焼肉食べにいきましょうよ。……また一緒に仕事しましょうね」
と笑顔を将に投げかけながらスタジオをあとにしていった。
しかし、翌日から世間はGWに入ったのにも関わらず、将は忙しかった。
GWあけから始まる海外ロケの打ち合わせに、『E』のスタジオ撮影。着ボイスや着ムービーの録音、撮影。
さらに『ばくせん2』の主要な生徒役が本決まりになったので、さらなる演技指導。
いちおう、歌とかダンスのレッスンもあったが、歌の方は
「ヘタってわけじゃないけど、無理して売る必要もないわね」
ということもあり、また将自身が「えー、アイドル~?」とごねたこともあり、歌手デビューは避けられた。
時間はいくらあっても足りないということだが、GW中から始まる海外ロケで、しばらく学校に行けないので、4月30日と5月1日は午前中だけ学校に行くことを許された。
ひさしぶりに聡に会える。
武藤が運転する車に揺られながら、将は再会を夢見てまどろんだ。
先週からずっと忙しかった将は、家に寝に帰るだけで、聡にこっそり会いに行くどころではなかったのである。
それでも
『いまから○○で撮影』
『ドーラン塗られた。きもちわるい~』
『奄美ユリに褒められた』
と移動時間や休憩時間ごとに短いメールを聡に送っていた。
聡からも、
『がんばってね』
『あとでしっかりおとさないとお肌に悪いよ』
『スゴイ!よかったね!』
とすぐにではないものの、返信が返って来て、その短いメッセージと待ち受け画面に、疲れた将は癒された。
ちなみに将の企画で着ボイスに録音された
『今日も、頑張れよ』
『おやすみ』
は、実は聡へのメッセージなのだ。
ほぼ1週間ぶりに学校にやってきた将は、HRが始まる前から、廊下の窓をあけて、聡がやってくるのを今か今かと待ち受けていた。
まもなく、ベージュのスーツを身につけた聡が1組の担任とともに廊下に現れた。
将は、顔を窓から半分ほど出して、聡に手を振る。
それに気付いた聡は、駆け出したくなる。
だけど他の教師の手前、『もう』と少し怒ったふりをして微笑むのがせいいっぱいだ。
1週間ぶりに見る将は、髪型が変わっていた。
若干短くした髪型は、去年学校で再会した頃に近い。
聡は懐かしさのあまり、胸が苦しくなるのを感じた。
この半年で、将はどれだけ自分の中で大きい存在になったのだろう。
聡はこの1週間でさらに思い知ることとなった。
将のいない教室は、他の生徒で賑やかでもどこかガランとしている気がしていた。
居場所はわかっているのに、メッセージももらっているのに、12月に失踪したときより、寂しさはひとしおだった。
聡は、その寂しさを、将が写っている『mon-mo』や将に教えられたHPを見て紛らわすようにしていたが、こうやって教壇の上からでも、実物を見ると、やっぱり写真とは違う。
プロが撮ったとはいっても、聡が知っている本物の将の魅力にはとうてい及ばない。
ぬくもりも、匂いも、触れることもできないけれど、こうやって教卓の上からでも将に逢えるのは、胸がときめく。
つい、将のほうばかり見てしまいそうになるのを、かろうじて教師の義務感で抑え、聡はHRを終えた。
1時間目は体育だった。
「よー、将。お前、卓球の練習しねーの」
体育館の壁際に座りこむ将に、バスケットボールを手にした井口が窓から声をかけてきた。
伸びたマカロニを、頭の高い位置でピンクのゴムでツインテールに括ったヘンな頭は、ジャージとは不似合いで、珍妙な格好だ。
これから1ヶ月、体育はクラスマッチの種目を各々練習することになっているのだ。
「だって、しんどいもん。これ以上体動かしたくない」
ジムと演技特訓、ダンスレッスンで疲れている将は、ジャージには着替えたものの、教師の眼を盗んでさぼることに専念しているのである。
教師は今、バレーボール組の監視に行っている様で、バスケの井口は水を飲みに来たついでに将に声をかけてきたわけだ。
井口はそのまま体育館にあがりこむと将の横にドッカと腰をおろした。
楽しげに卓球とバドミントンに励むクラスメートを眺めながら
「お前、やっぱオーディションとか受けてんの?」
と井口が訊いてきた。
「いいや。別に」
井口がダンスレッスンに行っているスタジオでは、しょっちゅうオーディションの告知が張られ、巧い人間はそれにチャレンジすることで、プロへの第一歩としているらしいのだ。
「俺なんかはまだまだだけどぉ。でもこんど、映画のエンディングでの群舞のオーディションがあるんだけど、それは受けてみようかなと思うんだ」
と嬉しそうにバスケットボールを小さくドリブルさせながら話した。
「へえ」
と将が相槌をうったときだ。
バドミントンの練習にいそしむ女子のグループが1箇所に集まりだした。
将と井口が座っている窓際のすぐ近くで上を指差して、困った顔をしている。
どうやら……バドミントンのシャトルが高い窓から降りてこないらしい。
座ったまま将もそっちを見上げると、シャトルは上の窓を防護する柵にひっかかってしまっている。
女子の一人が、長ほうきを持ってきたが、あと少しというところで届かない。
「あーん、惜しい」
皆がため息をもらす。
「俺が」と将が立ち上がろうとしたときに、
「こんなの登ればすぐ取れるわよ」
と星野みな子が、下の窓の防護柵に手をかけて、梯子のようにして登り始めた。
「みな子、危ないわよ」
とそこにいる女子が口々に声をかけるが、「大丈夫」とみな子は聞かず登り続ける。
防護柵を梯子のように登れば、上の窓の防護柵の上まで簡単に届きそうな気がした。
運動神経はそれほどよくないみな子だが、クラス委員としての責任感からつい、体が動いてしまったのだ。
体育館の窓を登り始めたみな子に、卓球をやっていた生徒も手をとめて集まってくる。
将と井口も、なんとなくそっちに行ってみた。
みな子の足が、下の窓の防護柵の上にかかる。両手は上の窓の防護柵にかかっている。
しかし、そこから先が困った。
シャトルに手が届くまで、あと30センチはある。
足をどうしようか。みな子は逡巡した。
上の窓の防護柵と下の窓の防護柵の間は1メートルほどあいている。
足をあげるには……上の防護柵はまだ遠い。
途方にくれたみな子は、下に体育館中の生徒が集まっているのに気づいた。
その中に……将を見つける。
「やだ、みんな見ないでよ」
声が震えている自分に気づいた。
将の視線に……そして自分が思ったより高いところにいることに今更おびえたのだ。
だけど、これだけの注目を浴びている中、引っ込みがつかない。
みな子は、行き場のなくなった足を、下の窓の枠に乗せてみた。
2センチばかりの出っ張りにつま先を乗せるようにして、上の防護柵にかけた手を1段上に伸ばす。
そこに懸垂のように体重を掛けて、みな子は片足ずつ、上の防護柵に足をかけようとした。
ぎしっ。
上の防護柵がきしんだ。
「くっ」
もう少しで足がかかりそう……というところで、みな子は
「危ない!」という将の声を聞いた。
顔に何かがパラパラと降りかかり……次の瞬間、みな子の体はぐらり、防護柵ごと勢いよく地球に引っ張られた。
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