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第2章 急接近
第45話 スキャンダル(2)
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「なぜこうやって問題ばかり起こすんだ!」
康三は倒れた将に向かって怒鳴った。
テレビでおなじみのおだやかな官房長官と同一人物とは思えない激昂ぶりだった。
将は、目の前に叩きつけられた週刊誌を見ようともせず、父親を睨みつけた。
叩かれた衝撃で誘発されたのか、咳をしながら。
「お前を日本に置いておいたのが間違いだった……」
聡は将に駆け寄りたいのをかろうじて押さえて立ち尽くしていた。
将の保護者の前で『単なる教師』のふるまいを保つゆえに。
そんな自分を……愛情より立場で行動を選んでいる自分を、聡は汚いと自覚している。
「近々、お前は外国にやることにするからそのつもりでいろ」
康三は将に言い捨てると踵を返した。リビングの入り口に突っ立っていた聡を見つけると
渋面のまま、いちおう会釈をしたが、言葉をかわすこともなく玄関へ去っていった。
玄関のドアが閉まる音がして、聡はようやく将へと近寄ることが出来た。
「……大丈夫?」
「心配するな。いつものことだ」
将は咳をしながらも立ち上がった。
「……自分の立場だけでヒトのこと殴りやがる。どうせ俺のことで、何か自分に不利なことでも書かれたんだろ」
聡は週刊誌を拾って中を見た。明日都内発売のものを康三はいち早く手に入れたらしい。
憎憎しげに頁を折ってあったのですぐ該当の記事がわかった。
『スクープ!次期総理候補・鷹枝康三の長男(17)のすさんだ(暴力・オンナ・ドラッグ……)青春』
というタイトルの記事は2Pにわたる大きめのものだった。
タイトルにからめて(教育改革推進論者・自分の子はいったい……?)と茶化した見出しが差し込まれている。
写真は、将が写っているものは2点だけで、他はたむろする若者とか、コギャルとか合コンのようすなどの資料写真のようだが、
それだけ見るといかにも将がそういう世界に生きているように見えてしまうレイアウトだった。
将の写真は、1つめは学校のファイルにある証明写真だ。いちおう目のところに黒いラインが引いてある。
「これ、中3のとき撮影したやつ」と将は特に気にする様子もなく言った。
もう1つはどこから狙っていたのか、先週聡が連れ込まれた飯場がある川原のようだ。
乱闘している不良は暗いせいか、どれが誰だかよくわからないが、いちおうどれも顔がモザイクになっている。
『早くも、××年(さ来年)の総裁選では出馬しないとの宣言が飛び出した大泉総理。
後釜候補として若手ながら有力視されているのが鷹枝康三官房長官(51)だ。
議員キャリアはまだ10年ながら大泉総理の改革路線を引き継ぐ者として注目を集めている。
中でも彼が強力に推進しているのが教育改革。
従来のゆとり教育を廃止し、職業教育と愛国心教育、教育への社会人参加と斬新な案をお持ちのようだが、ちょっと待った。
彼自身の教育手腕は、いったいいかがなものなのだろうか。
取材を進めるうちに、都内の高校に通う彼の長男、○○クン(仮名・17才)の、とんでもない模範ぶりが判明した。
取材中に彼のクラスメートである少年Aが婦女暴行未遂・麻薬所持で逮捕されたニュースが入ったが、
彼と親しかったとされる○○クンの行状も次々とつまびらかになっていった……』
このような書き出しで始まった記事は、将が日常的にオヤジ狩りをするなど、荒れた日常生活を送っている、
という記事を元仲間の少年Bや中学の担任の証言を交えて掲載してある。
前原が麻薬所持で捕まった事件についても触れ、『○○(将)もドラッグをやっていてもおかしくない』と少年Bの口を借りて疑惑を報じている。
「少年Bって誰だぁ?」
衝撃的な内容に聡は座ることを忘れて行を追ったが、将のほうは、まったく動じる様子がない。
疲れたのかソファに体を落とした。
さらに元彼女C子の証言として、
『一人暮らしの豪華マンションに女を連れ込んで乱交パーティをすることはしょっちゅう』だとある。
元彼女、の字面を見て、記事を垂れ込んだのが瑞樹だと将はわかった。
だが、いち女子高校生の垂れ込みだけでこんなに大きな記事にはなるまい。
おそらく、父・鷹枝康三と次期総理を争うライバルとされる年配の議員による、康三つぶしの力が働いたのだろう。
将はなんとなく予想した。
記事は『人様の子供の教育を論じる前に、自分の子供を何とかすべきなのでは?』と結んである。
息を飲んで真剣に誌面を追う聡に、将は
「こんなのでっちあげだから信じるなよ」
と声をかけた。
しかし『乱交パーティ』と『セフレ・瑞樹』が聡の中で結びついてしまい、聡の心は激しく動揺した。
聡は赴任したてのときに、暴行を受けそうになったときのことを思い出していた。
しかも、あのとき誰かが将に『一番最初にやっていい』と譲ってたような気がする。
つまり、そういう場面を何度も経験しているのだろう。聡はおぞけがした。
「でもここに書いてあることに、近いことはやってるんだよね……」
「やってないってば。だいたいオヤジ狩りが必要なほど金に困ってねえし。逆にオヤジ狩りを退治してるんだぜぇ」
「でも、それも暴力だよね……」
将は返答につまって、新しいでっちあげ箇所を指摘した。
「……ドラッグは嫌いだから、今はぜんぜんやんないし」
「今は? 嫌いってことは、やったことは、あるんだ」
聡はため息をついた。
「やったことあるといっても、合法のやつだよ!」
「合法って今はいわないでしょ。脱法でしょ」
「でもカクセー剤なんかやったこともねーよ!」
「そんなの、あたりまえでしょ!それに……ここで乱交パーティって」
「俺は参加してない」
本当は聡と知り合う前は、数回参加したこともあるのだが、それは口に出さなかった。
「これは何よ」
聡は記事を指差して将に見せる。
『イケメンの彼は、何もしないでも女のほうから寄ってくるんです。連れ込んだ相手は中学生から30代人妻までさまざまでした』
そこはC子談となっていた。
「こんなの、瑞樹がでっち上げたんだよ!」
将は聡を見据えた。
「……じゃあ瑞樹さん、いや葉山さんとはどういう関係なのよ」
聡は下を向いたままつぶやいた。
「今はなんにもないよ……」
将はソファから立ち上がると聡の肩に手を置いた。
「元彼女なの? 井口くんはセフレだって言ってた……」
「もう関係ないよ。今はアキラだけだ……」
将は聡を抱きしめようとしたが聡はそれを拒んだ。
「セフレって何よ。好きでもないのに、できるの? 信じられない」
聡は哀しそうに目を伏せたままそっぽを向いた。
将は一瞬絶句した。
聡が現れる前の、混沌とした暗闇の中で自分がやったこと。
自分でもなんでそんなことをしたのかよくわからないことがいっぱいある。
自分でもそうなのだから聡に理解してもらうのは不可能だと将はわかっている。
「今は違う。今は違うんだ」
『今』は違うのだ、と将は必死で訴える。
聡は態度で将を拒みながら、将の過去の行いについて、理解しないわけではない。
12歳で愛に絶望し、すさんだ日常に落ちていった将。
ちょうど、『男』としての人生の始まりの頃をそんな環境で過ごせば。
体の中で活発に生産される欲望を吐き出すのに、身近に擦り寄る女がいれば、利用するのは当然だ。
頭ではわかっているのに、女としての気持ちが聡を拒否させていた。
「今はアキラ以外は何もいらないんだ……」
聡の肩に再びかけられた将の手を聡は冷たく振り払った。
「ごめん。今日は帰る」
「アキラ……」
将の手は空で行き場をなくした。
そんな風に将のことを責められるほど自分も清らかではない。
いや、むしろ婚約者を裏切っている立場なのに、この態度はなんだろう。
聡は自己嫌悪を隠すように
「ゴハンはリゾットの残りが冷凍してあるから。それと今買ってきた卵豆腐を食べて」
とそっけなく伝えて、そのまま立ち去ろうとする。
そういえばコートも着たままだった。
「じゃあ……」
それでも帰る前に一瞬将を振り返る。……将は涙を流してこちらを見ていた。
康三は倒れた将に向かって怒鳴った。
テレビでおなじみのおだやかな官房長官と同一人物とは思えない激昂ぶりだった。
将は、目の前に叩きつけられた週刊誌を見ようともせず、父親を睨みつけた。
叩かれた衝撃で誘発されたのか、咳をしながら。
「お前を日本に置いておいたのが間違いだった……」
聡は将に駆け寄りたいのをかろうじて押さえて立ち尽くしていた。
将の保護者の前で『単なる教師』のふるまいを保つゆえに。
そんな自分を……愛情より立場で行動を選んでいる自分を、聡は汚いと自覚している。
「近々、お前は外国にやることにするからそのつもりでいろ」
康三は将に言い捨てると踵を返した。リビングの入り口に突っ立っていた聡を見つけると
渋面のまま、いちおう会釈をしたが、言葉をかわすこともなく玄関へ去っていった。
玄関のドアが閉まる音がして、聡はようやく将へと近寄ることが出来た。
「……大丈夫?」
「心配するな。いつものことだ」
将は咳をしながらも立ち上がった。
「……自分の立場だけでヒトのこと殴りやがる。どうせ俺のことで、何か自分に不利なことでも書かれたんだろ」
聡は週刊誌を拾って中を見た。明日都内発売のものを康三はいち早く手に入れたらしい。
憎憎しげに頁を折ってあったのですぐ該当の記事がわかった。
『スクープ!次期総理候補・鷹枝康三の長男(17)のすさんだ(暴力・オンナ・ドラッグ……)青春』
というタイトルの記事は2Pにわたる大きめのものだった。
タイトルにからめて(教育改革推進論者・自分の子はいったい……?)と茶化した見出しが差し込まれている。
写真は、将が写っているものは2点だけで、他はたむろする若者とか、コギャルとか合コンのようすなどの資料写真のようだが、
それだけ見るといかにも将がそういう世界に生きているように見えてしまうレイアウトだった。
将の写真は、1つめは学校のファイルにある証明写真だ。いちおう目のところに黒いラインが引いてある。
「これ、中3のとき撮影したやつ」と将は特に気にする様子もなく言った。
もう1つはどこから狙っていたのか、先週聡が連れ込まれた飯場がある川原のようだ。
乱闘している不良は暗いせいか、どれが誰だかよくわからないが、いちおうどれも顔がモザイクになっている。
『早くも、××年(さ来年)の総裁選では出馬しないとの宣言が飛び出した大泉総理。
後釜候補として若手ながら有力視されているのが鷹枝康三官房長官(51)だ。
議員キャリアはまだ10年ながら大泉総理の改革路線を引き継ぐ者として注目を集めている。
中でも彼が強力に推進しているのが教育改革。
従来のゆとり教育を廃止し、職業教育と愛国心教育、教育への社会人参加と斬新な案をお持ちのようだが、ちょっと待った。
彼自身の教育手腕は、いったいいかがなものなのだろうか。
取材を進めるうちに、都内の高校に通う彼の長男、○○クン(仮名・17才)の、とんでもない模範ぶりが判明した。
取材中に彼のクラスメートである少年Aが婦女暴行未遂・麻薬所持で逮捕されたニュースが入ったが、
彼と親しかったとされる○○クンの行状も次々とつまびらかになっていった……』
このような書き出しで始まった記事は、将が日常的にオヤジ狩りをするなど、荒れた日常生活を送っている、
という記事を元仲間の少年Bや中学の担任の証言を交えて掲載してある。
前原が麻薬所持で捕まった事件についても触れ、『○○(将)もドラッグをやっていてもおかしくない』と少年Bの口を借りて疑惑を報じている。
「少年Bって誰だぁ?」
衝撃的な内容に聡は座ることを忘れて行を追ったが、将のほうは、まったく動じる様子がない。
疲れたのかソファに体を落とした。
さらに元彼女C子の証言として、
『一人暮らしの豪華マンションに女を連れ込んで乱交パーティをすることはしょっちゅう』だとある。
元彼女、の字面を見て、記事を垂れ込んだのが瑞樹だと将はわかった。
だが、いち女子高校生の垂れ込みだけでこんなに大きな記事にはなるまい。
おそらく、父・鷹枝康三と次期総理を争うライバルとされる年配の議員による、康三つぶしの力が働いたのだろう。
将はなんとなく予想した。
記事は『人様の子供の教育を論じる前に、自分の子供を何とかすべきなのでは?』と結んである。
息を飲んで真剣に誌面を追う聡に、将は
「こんなのでっちあげだから信じるなよ」
と声をかけた。
しかし『乱交パーティ』と『セフレ・瑞樹』が聡の中で結びついてしまい、聡の心は激しく動揺した。
聡は赴任したてのときに、暴行を受けそうになったときのことを思い出していた。
しかも、あのとき誰かが将に『一番最初にやっていい』と譲ってたような気がする。
つまり、そういう場面を何度も経験しているのだろう。聡はおぞけがした。
「でもここに書いてあることに、近いことはやってるんだよね……」
「やってないってば。だいたいオヤジ狩りが必要なほど金に困ってねえし。逆にオヤジ狩りを退治してるんだぜぇ」
「でも、それも暴力だよね……」
将は返答につまって、新しいでっちあげ箇所を指摘した。
「……ドラッグは嫌いだから、今はぜんぜんやんないし」
「今は? 嫌いってことは、やったことは、あるんだ」
聡はため息をついた。
「やったことあるといっても、合法のやつだよ!」
「合法って今はいわないでしょ。脱法でしょ」
「でもカクセー剤なんかやったこともねーよ!」
「そんなの、あたりまえでしょ!それに……ここで乱交パーティって」
「俺は参加してない」
本当は聡と知り合う前は、数回参加したこともあるのだが、それは口に出さなかった。
「これは何よ」
聡は記事を指差して将に見せる。
『イケメンの彼は、何もしないでも女のほうから寄ってくるんです。連れ込んだ相手は中学生から30代人妻までさまざまでした』
そこはC子談となっていた。
「こんなの、瑞樹がでっち上げたんだよ!」
将は聡を見据えた。
「……じゃあ瑞樹さん、いや葉山さんとはどういう関係なのよ」
聡は下を向いたままつぶやいた。
「今はなんにもないよ……」
将はソファから立ち上がると聡の肩に手を置いた。
「元彼女なの? 井口くんはセフレだって言ってた……」
「もう関係ないよ。今はアキラだけだ……」
将は聡を抱きしめようとしたが聡はそれを拒んだ。
「セフレって何よ。好きでもないのに、できるの? 信じられない」
聡は哀しそうに目を伏せたままそっぽを向いた。
将は一瞬絶句した。
聡が現れる前の、混沌とした暗闇の中で自分がやったこと。
自分でもなんでそんなことをしたのかよくわからないことがいっぱいある。
自分でもそうなのだから聡に理解してもらうのは不可能だと将はわかっている。
「今は違う。今は違うんだ」
『今』は違うのだ、と将は必死で訴える。
聡は態度で将を拒みながら、将の過去の行いについて、理解しないわけではない。
12歳で愛に絶望し、すさんだ日常に落ちていった将。
ちょうど、『男』としての人生の始まりの頃をそんな環境で過ごせば。
体の中で活発に生産される欲望を吐き出すのに、身近に擦り寄る女がいれば、利用するのは当然だ。
頭ではわかっているのに、女としての気持ちが聡を拒否させていた。
「今はアキラ以外は何もいらないんだ……」
聡の肩に再びかけられた将の手を聡は冷たく振り払った。
「ごめん。今日は帰る」
「アキラ……」
将の手は空で行き場をなくした。
そんな風に将のことを責められるほど自分も清らかではない。
いや、むしろ婚約者を裏切っている立場なのに、この態度はなんだろう。
聡は自己嫌悪を隠すように
「ゴハンはリゾットの残りが冷凍してあるから。それと今買ってきた卵豆腐を食べて」
とそっけなく伝えて、そのまま立ち去ろうとする。
そういえばコートも着たままだった。
「じゃあ……」
それでも帰る前に一瞬将を振り返る。……将は涙を流してこちらを見ていた。
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