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第41話 お菓子とお茶で誤魔化そう
しおりを挟むかくして、蜥蜴人たちの救出作戦は成功裏に終わった。蜥蜴人たちは勤勉で知能も高く、近代的な文化、文明に急速に馴染んで行った。
それに伴い、大陸の西の荒野も開発が進んでいく。今は小規模な村々でしかないが、そのうち人口が増えれば大規模な都市を造ることも計画されている。
優秀な種族が配下に加わってくれたのは、非常にありがたい。残念なのは、数が少ないことか。今後しばらくは、多産を奨励することになるだろう。
それはともかくとして、司令室にてザウエルがあきれ顔でわたしに報告する。
「間諜の報告では、コンザウ大陸の東側で天変地異が起きたそうです。荒野の中央部が大規模な爆風で吹き飛んで、周囲に溶岩が流れ出し、周辺地域では大地震も発生した模様ですよ。特に大きな魔力が検出されなかったから、魔法的現象ではないと見られてますけど。
……一体全体何やったんですか」
「ちょっと、やり過ぎたね」
「そうね」
「やっぱり魔王様の仕業なんですか!?」
わたしとアオイは目を泳がせた。わたしは胡乱げな目で見つめて来るザウエルを誤魔化すため、お茶とお茶菓子の用意を始める。21世紀の地球で作られていた菓子類は、ザウエルのお気に入りになっていた。
……特にシュークリーム。これはアオイも大好物だ。必然的にわたしの菓子作りの腕前は、どんどん向上している。
まあ、だからと言うわけでは無いが、ザウエルのことだから、わざと誤魔化されてくれるだろう。それにコンザウ大陸が混乱するのは、我々にとって悪いことではない。まあ被災地域は基本的に人がいない荒野が大半だし、被害にあったのは蜥蜴人攻撃のためにあの場所に赴いていた軍関係者ぐらいだろう。
新生魔王軍本部基地司令室に、お茶の良い香りと、シュークリームの甘い匂いが満ちて行く。ザウエルがシュークリームを一口食べて、感慨深げに言った。
「はー。美味しいですねえ。お茶や食事のその都度に、思いますよ……。早目に新生魔王軍に参加しておいて、よかったって。
いや、以前は僕は食事など、栄養補給の手段程度にしか考えてませんでしたけど……。魔王様や親衛隊長殿の故郷の世界は、食文化がずいぶん発展してるんですねえ……」
「ああ。これらのレシピはどんどん広めているはずだよね?」
頷いたザウエルは、もう一口シュークリームを齧る。
「ですね。魔王様ほどじゃないですけど、配下の菓子職人も最近は腕を上げてるんですがね。彼らに作らせた菓子を、文官たちや魔道軍団に差し入れとして配ったら、士気と能率が上がりましたよ。
魔王様が言ってた、『福利厚生』でしたか?軽視していい物ではありませんでしたねえ……」
「戦闘糧食にも、クッキーなんかを一緒に詰めるつもりだよ。戦場でも、ちょっとした息抜きになるだろう。戦闘糧食と言えば……。それに詰め込むレトルト食品なんだけど」
わたしは執務机の引き出しから、新規開発関係の書類を引っ張り出す。
「レトルトカレーを筆頭にしたレトルト食品の開発は、レトルトパウチを構成してるプラスチックフィルムの生産が、原料たる石油の採掘量問題とか工業技術が未熟だとかの関係で上手くいかなかったんだよね。だけど、レトルトパウチに拘る必要は無かったよ。
なんの事は無い、カレーペーストを缶詰にしてしまえば良かったんだ。缶詰の技術はできてるから。
あとは缶詰なりインスタント食品なりのお米や、そうでなくともナンやチャパティと一緒に、菓子や粉末ジュース、ティーバッグの茶などオマケも色々付けて1つのパッケージにすれば、戦闘糧食が1種類できあがりだ」
「温めるのも、缶の蓋を開けて湯せんで温めるなり、缶の中身を小鍋にあけて温めるなりすればいいものね。
あ、缶が爆発しないよう、温めるときは蓋を開けることや、缶を直火にかけない様に周知しないと」
わたしとアオイの言葉に、ザウエルは驚く。
「えっ?カレーが戦場で食べられるんですか?
……今までの戦闘糧食は乾パンとかが主でしたけど。いや、それは素晴らしい……。栄養的にも野菜や肉がたっぷり入っているし、完璧じゃないですか」
「まあ、1種類じゃ飽きるから、他にも色々作らないといけないけどね。シチューとか」
ここでアオイが、思い出した様に言った。
「……魔王様。缶の話で思い出したけど、今の内から資源回収とかゴミの分別とかリサイクルとか考えておいた方がいい。今はまだそれほど問題になってないけど、バルゾラ大陸の社会構造の改革によって、ゴミの量が増えて来てる」
「あー、確かに。今まではゴミは燃やすか埋めるかしかやらなかったみたいだけど、『燃えないゴミ』『金属ゴミ』『使用済みガラス瓶』なんかが出現したからねえ。あとゴミ処理場や大規模な焼却施設を各地に建設しないとね。
焼却炉から出る排熱も、温水を沸かして農家に供給しようかね。温室を建設して、それに温水をまわして……。あと工業技術レベルからまだ困難だけど、将来的には排熱で作った温水で、温度差発電装置を……」
「魔王様、また突っ走ってる」
アオイの突込みに、わたしは頭を掻いた。ここでザウエルが別の話題を振って来る。
「ゴミ処理の話は、後の会議で検討するとしまして……。ところで魔王様。真面目な話です。いえ、今までが真面目じゃないと言うわけじゃなかったんですが。
蜥蜴人たちが、大恩ある魔王様のために何かしたい、と申し出ています。なんでも新生魔王軍に志願したいと言う者たちが多い様で……」
「あー、まずは新しい土地での生活を安定させる事と、種族の個体数を増やすことを考える様にって言ったんだけどねえ……。でも完全に無視ってわけには、絶対にいかないな。ならば……。
まず少数を試験採用しよう。最初は蜥蜴人だけで部隊を編成し、経験を積ませよう。そうだな……。蜥蜴人は能力も高いし勤勉だから、徹底した訓練を積ませれば特殊部隊とか創設できるかもね」
特殊部隊は、最初は巨鬼族で編成しようと考えていたのだが、巨鬼族は数が少ない。しかも豚鬼や人食い鬼などの一般の兵たちを纏める将の役割を、一般兵部隊で担ってもらっている。
親衛隊にも回すことができないのに、彼らを一般兵部隊から引き抜いて使う事はできない。……豚鬼やら人食い鬼やらの抑えが外れてしまう。
蜥蜴人は犬妖や豚鬼ほどは多産ではないけれど、魔族や巨鬼族よりかはずっと人口増加率は高い。彼らが新生魔王軍にて、将来の主力の一翼を担う存在になる可能性は、かなり高いだろう。
蜥蜴人たちを助け出したことは、情理双方の面からけっこうな利益になりそうだ。わたしは自作のシュークリームを齧りながら、感慨に耽った。
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