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第4章 シャルマ帝国編

第73話 代償

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「んっ……うぅ……」

 顔に温かい吐息を感じて目を覚ますと真横でシエナが寝息を立てていた。

(看病してくれてたってことか……起こしちゃ悪いな……)

「シリウス!大丈夫!?」

(あ……せっかく物音を立てないようにゆっくりと起き上がったのに……)

 足元から聞こえる声はソニアだ。俺は人差し指を口の前に立て、爆睡中のシエナに横目を向けた。

「あ……ごめんなさい」

 ソニアは照れ笑いを浮かべると、足音を立てずにこちらにやってきた。

「はい、どうぞ」

 手渡されたマグには白湯が注がれていた。俺はそれをグイっと飲み込み……盛大にむせた。

「ちょっと……病み上がりなんだから少しずつ飲まなきゃだめじゃない」

 ソニアが手ぬぐいで俺の口元を拭いてくれた。

「んんっ……」

 そしてシエナがゆっくりと目を開け、ベッドに腰掛ける俺を認識するとガバッと跳ね起きた。

「ちょっと!?なんで起こしてくれないのよ!」

「ごめんごめん、あんまり気持ち良さそうに寝てたから……」

「もうっ!」

 シエナは赤らめた顔を隠すように俺に枕を投げつけた。

「……で、ここは?」

 確か俺はイヴァンの屋敷の地下でグラハムと戦っていたはずだ。最後に残りわずかな魔力で一発叩き込んだところまでは覚えてるけど……

「あの屋敷からはなんとか脱出したわよ。ここは街の外れにある古民家、ウィルたちの隠れ家の1つなんだって」

「そっか……色々とありがとう。それで……ウィルは何処に?」

「安心して、ウィルは屋根裏の隠し部屋で見張りをしているわ」

「見張り?」

「そ!ボロボロになったシリウスを見て『俺も役に立ちたいんだ!』って聞かなくなっちゃってね……」

 シエナとソニアはお互いの顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。どうやらウィルは相当ワガママを言ったようだ。

「あはは……ところで、あれからどのくらい経ってる?」

 見たところ外は真っ暗だ。

「どのくらいって……もう真夜中よ!あいつらも私のファインプレーでしばらくは足止めできたと思うけど……今どうなってるかなんか分かんないわよ?」

シエナは呆れ顔で肩をすくめてみせた。

「あはは……ごめんごめん。それで、ファインプレーって……?」

シエナの誇らしげな顔が「褒めてくれ」と無言でアピールしてくる。

「クスクス……シエナったら地下から脱出するなり地下への通路を上から下まで魔法でびっしり塞いじゃったのよ」

ソニアの入るタイミングが絶妙だ、これはきっと何かの打ち合わせがあったに違いない。

「フッ、土魔法はそんなに得意じゃないけど、あの地下通路を塞ぐくらいなら朝飯前よ!どう!?シエナちゃんのこの素晴らしい時間稼ぎ作戦は!」

「あ…あぁ…いいと思うよ!」

「そうよね!?うんうん…………って……それだけ!?」

「え!?あ、ナイス!」

「うぅ……もっとこう「流石シエナ!頼りになる!」とか心のこもった良い褒め方があるでしょうが!」

龍のお嬢さんはご不満らしい。

「あ、言うことが1つあったよ!」

「いまさら!?何よ!?」

「ちゃんと空気の通り道は残してあげた?」

「空気ってそんなの……………」

そこまで言ってシエナは青い顔で言葉を詰まらせた。

「……彼らが窒息する前に脱出してくれることを祈ろう」

「ちょ、ちょっと様子を見てくるわ!」

慌てて飛び出そうとするシエナをソニアが優しく制した。

「大丈夫よ、こんな事もあるかも知れないと思ってこっそり小さな穴を開けておいたから!」

「ソ…ソニアぁぁ……」

目尻に涙を浮かべるシエナの頭をソニアが優しく撫でた。

「流石だソニア!頼りになる!」

「……うぅぅ……」
 
 シエナは力なく項垂れた。

 そして、ちょうどその時屋根裏から縄梯子が降りてきて、ウィル少年がひょっこりと姿を現した。

「シリウスさん!目が覚めたんですね!」

 梯子から飛び降りるように着地し、ウィルが俺のところに駆けてきた。

「あぁ、心配かけたな」

「…良かったです!」

 そう呟いたウィルの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。きっと自分のせいで俺が大変な目にあったと責任を感じているのだろう。

「アハハ、大げさだな!言っただろ?俺は強いんだって!」

「……はい!」

「それにしてもあの虎人族、冗談抜きに強かったな……」

「そうね……まさかあんな化け物がいるなんて思わなかったわ」

 グラハムは間違いなく今まで戦った中でも最も手強い相手だった。なんせ、身体強化20倍なんて無茶をしないと勝てないくらいだったわけだし……

「それで、あんな無理して体に異常はないの?」

 シエナが心配そうな顔をしている。

「ん?あぁ、なんともないよ!この通りだいじょう…………」

 頭の中でステータスを見て俺は言葉を失ってしまった。

「……なに?どうしたの!?」

 そっか、シエナには俺の偽装工作したステータスしか見えてないんだ。

「いやいや、大丈夫!ちょっと他のこと考えちゃっただけ!それよりも……今日は監獄の偵察に行くのははやめといたほうがいいね、警備も厳重だろうし明日ぶっつけ本番になっちゃうけど仕方ないか」

「……もう!当たり前でしょ、これから行くなんて無理に決まってるじゃない!もう二度とあんな無茶しないでよね!」

「あはは……気をつけます」

「はぁ……なんか気が抜けたらお腹空いたわ。ウィル、何か食べるもの隠してないの?」

 そう言ってシエナはウィルを連れて別の部屋に行ってしまった。

「………」

 あれ?

 ソニアが黙ったまま笑みを浮かべて俺を凝視している。何かの芸術品かと思うような美しい笑みなんだけど、目が笑っていない。

「……ソニア??」

「シリウス……あなた今なにか隠したでしょ?」

「……へ?い、いや何も……」

 思わず変な声が出てしまった。そして、ソニアの笑みが微かに崩れた。ヤバい、完全に怪しまれている。

「シリウス?」

「な、何も無くはない…というかなんというか……」

 そしてついに俺はソニアに今の状況を話した。

「はぁ……無理し過ぎよ……全快するまでは絶対安静にしててね」

「で、でも……」

「しててね?」

 ……また目が笑ってない。美女のこの目を前にして嘘をつき通せる男などいる訳がない。

 俺は無言で頷いて返した。

 ソニアは俺の返事を確認するとやっといつもの穏やかな笑顔に戻った。

「さてと、私もなにか食べ物がないか見てくるわね」

 そう言ってシエナたちのいる別室へと移動していった。

「……ふぅ」

 誰もいなくなった部屋でため息を一つ。

 浮気や不倫は絶対に隠し通せないからすべきではない、なんて前世から数十年一度も経験したことのない場面の心配が頭をよぎったが問題はそこではない。

【ステータス】
名称:シリウス・ターマン
種族:人族
身分:庶民
Lv:30
HP:301/603
MP:319/638
状態:絶不調
物理攻撃力:227/454
物理防御力:260/521
魔法攻撃力:312/625
魔法防御力:309/619
得意属性:無・風・光
苦手属性:闇
素早さ:346/692
スタミナ:375/750
知性:386/773
精神:100/1025
運 :35/352

 ステータスが半減している。そして回復しない。
 
 精神と運に至っては1/10以下だ。父ガラクと大差ない……

 これ……今もしグラハム級のやつに襲われたら詰みじゃないか?

 そう思うと急に胸がソワソワとしてきた。

 スキル『恐怖無効』に斜線が入って消されている。これはつまり……いま恐怖を感じているということだ。

 そこへシエナがいくつか缶詰を抱えて帰ってきた。

「シリウス、どうしたの?顔色悪いわよ?」

「ん?そんなことないよ。ちょっと疲れたからまた少し寝ようかと思ってね」
 
 俺は精一杯に作り笑いを浮かべシエナに答えた。

「じー……………ま、いいわ!じゃ、明日の作戦は明日決めるとして、今日はよく休んでしっかり身体治してよね!これ、置いとくからお腹減ったら食べて!」

「了解、ありがとう。みんなもしっかり体を休めてね」

 そしてシエナは再び寝室を出ていった。

「はぁ……」

 朝起きたら治ってる、なんて都合よくいくのかなこれ?

◆◇◆◇◆

「シリウスさん、なんか元気なかったっすね……」

 三人が食卓を囲んだところでウィルがぼそりと呟いた。

「はぁ………ったくウィルにまで心配かけてるようじゃシリウスもダメダメね!」

 シエナはそう言うとビーフシチューの入った缶詰をジュースでも飲むように一気に飲み干した。

「ウィル、あんたが気にすることじゃないから大丈夫よ!」

 そう言ってウィルの髪の毛をくしゃくしゃにした。

「ちょっ……俺だって子供じゃないんですよ!」

 顔を赤らめたウィルの抵抗などシエナにはあってないようなものだ。

「そ?じゃぁ缶詰持ってさっさと見張りに戻りなさい!シリウスのことは私達で見てるから、あんたもしっかり仕事をするのよ」

「う、うっす!」

 シエナの真剣な目にウィルも緊張感を取り戻し、そのまま屋根裏へと走っていった。

「………シエナ、ウィルくん相手にあんなに強く言わなくても良かったじゃないの」

「うん……そうね……」

 シエナはテーブルに目を伏せ唇を噛んだ。

 そしてしばらく沈黙が続いたところで、再びシエナが口を開いた。

「シリウス……たぶん相当悪いんだと思うの」

「まぁ、分かるわよねぇ……」

「この10年であんなシリウス見たことないもの……」

「シエナ……じゃぁなんでさっきシリウスに問い詰めなかったの?」

 ソニアの問いかけにシエナは力なく笑みを浮かべてみせた。

「聞きたかったのよ?……でも、なんていうか……あれはヤバそうだ、みたいな?……だから、ソニアごめん!」

「え!?なになに!?」

「きっとソニアなら……その……シリウスに問い詰めてくれるだろうと思ってウィルを連れて逃げ出しました!」

 シエナは顔の前で両手を合わせてソニアに頭を下げた。

 ソニアは一瞬訳がわからなかったが、状況を思い出すと合点がいった。食料を探すと言ってウィルを連れて部屋から出たのはそういうことか。

「フフ……シエナってすごいわね!」

 ソニアは屈託のない笑みをシエナに向けた。

「……ごめんなさい……」

「怒ってないわよ?それに、私はああ言うときは聞かなきゃ気がすまないし!……ほんと、人のことよく見てるなぁと思って驚いたの」

 シエナはソニアの言葉に嘘がないことを感じ取り、恐る恐る顔を上げた。

「……ほんと?じゃぁ、シリウスのことも聞いたの?」

「……えぇ」

 ソニアはシリウスの状態について打ち明けるべきか最後まで悩んだが、シエナの勢いに負けてすべて話してしまった。

「 はぁ……なんで私にはこんなに遠慮なく質問攻めなのよ……」

 ソニアの無意識な心の声が漏れたが、シエナはさっきまでよりも暗い顔で何やらブツブツとつぶやいている。

「ちょっと、シエナさーん?聞いてる?」

「え?あぁ、ごめん!ソニアはその……女同士だし!」

「へー……それはつまりシリウスはシエナにとって気になる『男』ってことかなぁ?」

 わざと語尾を上げたソニアの問いかけで、シエナは自分の失言に気付き顔を真っ赤にした。

「ち、違っ…もう!」

「フフ…まぁ、その話はシリウスが良くなってこの問題が片付いたらゆ~っくり聞かせてもらうわ」

「うぅ………」

「まぁとにかく、そんな状態みたいだから今のシリウスを監獄に行かせるのは危険よ?」

 ソニアの顔からいつもの穏やかな笑みは消えている。シエナもそれに合わせるように顔を引き締め背筋を伸ばした。

「そうね。でも日中はシリウスも起きてるし………決めたわ、明日の晩私一人で監獄に行ってくる!」

「なっ……ちょっと本気!?それなら私だって行くわよ!」

「ううん、ソニアは結界を張ってここでシリウスとウィルを守って。それからうんと強力な睡眠薬でも飲ませてアイツを寝かせててくれるとうれしいんだけど……」

「でも……」

 ソニアは更に反論することを試みたが……シエナのいつになく真剣な顔を見ると喉まででかかっていた言葉を引っ込めた。

「大丈夫!もしグラハムが待ち構えていたらおとなしく帰ってくるわ」

 ソニアにはこれを受け入れることなど到底できなかったが、かといってフローラの父親を含む囚人たちの救出を簡単に放棄することもできなかった。

「ま、こんなに心配しても明日にはシリウスが良くなってるかもしれないし、私達も今日は休みましょ!」

 難しい二択から逃げるように、ソニアはため息を一つつくとシエナに頷いて返した。
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