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第4章 シャルマ帝国編
第71話 猛将グラハム
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◇◆◇◆◇
---イヴァン宰相邸、隠し部屋---
グラハムはウィルを屋敷に連れてきたあと、この隠し部屋でシリウスたちの到着を待っていた。この部屋は壁を挟んでウィルの監禁されている部屋のすぐ隣にある。
イヴァンも同じ部屋にいたが、大量の書類を確認するのに忙しく、二人に会話はほとんど無かった。
そこへ、イヴァンの部下の文官が慌てた様子でやってきた。
「イヴァン様、実は上階で騒ぎがございまして……」
イヴァンは一瞬手を止め、部下の方に目を向けた。
「騒ぎ?」
「ええ……実は、地下へ続く通路の前を警備させていた兵士二人が気絶した状態で見つかりまして……」
「気絶?死んでないのか?」
「……はい、毒にやられていたようでしたが命までは。2人には薬を飲ませ休ませておりますが……何やら巨大な蜂に襲われたと、うわ言に申しておりまして……」
文官は蜂が嫌いなのか、怯えた様子で話を続けた。
「屋敷をくまなく探させたのですが、未だに見つかっていないのです……」
「当たり前だ!巨大な蜂など聞いたこともないわ!それよりも侵入者を疑うほうが先であろうが!地下通路に何者かが侵入した形跡は無かったのか!?」
「はい、上の入り口は塞がれていましたし……下にもちゃんと見張りの兵が立っていましたが……」
下の兵がちゃんと立っていた、というのはイヴァンにとっても安心材料であった。普通に考えれば、兵士の前を素通りする侵入者などありえない。
「そうか……とにかく上で呑気に伸びていた二人はクビにしておけ」
「かしこまりました」
そして文官が身を翻し出口に向かおうとしたその時、壁を挟んだ隣の部屋から壁に何かが叩きつけられる大きな音が響いた。
「何だ!?」
「ひぇ!」
突然のことに慌てるイヴァンと部下、しかしグラハムだけは愉しそうに口角を釣り上げ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「来たか……」
そして椅子の脇に置いてあった大剣に手をかけた。
「グラハム!来た……というのはあのハズールの薬売りか!?」
「他に誰がいる?ハハハ、警備に気づかれることなく、ガキのところまでたどり着くとは……面白くなってきたではないか!」
「バカな!?ありえん……尋問官が少し手荒にガキを痛めつけただけではないのか?」
「……イヴァン、それからそこのお前……お前たち、そこの壁を叩いてあれだけの大音が出せるか?」
「そ、それは……」
二人は答えに詰まり目を伏せた。尋問官も身体能力は一般人レベル……あれだけの衝突音を出すだけのパワーは無い。
「そういうことだ。では、俺は行くぞ」
グラハムは隠し部屋の壁に向けて大剣を構えた。
「ま、待て!待て、グラハム!この部屋が見つかるのはマズい!悪いが外から回ってくれ!」
グラハムが即席のトンネルを掘ろうとするのを辛うじてイヴァンが制した。
「ちっ……面倒な……まぁいい。イヴァン、お前は奴らが逃げんように要所に兵を集めておけ」
そしてグラハムは隠し扉から外に出て、通路を迂回してウィルのいる小部屋へと向かった。
◇◆◇◆◇
しばらくの間泣きじゃくったウィルも落ち着きを取り戻した。
「シリウス」
シエナが隣から俺に声をかけた。
「あぁ、気づいてる」
少し前から部屋の外で何者かが強烈な殺気を放って俺たちを待ち受けていた。
「ソニア、結界を」
ソニアは無言で頷くと、来たときと同じように俺たちの姿を多重結界で隠した。
「じゃぁ、帰ろう」
俺が先頭に立ち、ソニア、ウィル、シエナの順で一列に並び、ゆっくりと扉の外に出た。
扉を出て左手、俺達の来た方におよそ人間とは思えない体躯の巨漢が待ち構えていた。
フードに全身を覆われていて顔も見せないから鑑定もできないが、気配が只者ではない。
「デカっ……」
シエナも思わず声を漏らしたが、それも頷ける。とにかく、声は結界で聞こえていないのだからこんなヤバそうなやつからは早々に距離を取ったほうが良い。
「あっちがどうなってるか分からないけど、とりあえず行ってみよう」
俺たちは元来た方と逆側、つまり扉の右側に曲がって進むことにした。
「おいおい、そりゃ無いだろ?」
突如背後から聞こえた低い声に、俺たちは思わず身構えた。
「そこにいるんだろ?……この辺か?」
男はこちらに向かって真っ直ぐに歩いてくると、手に持った大剣を最後尾のシエナに向かって躊躇なく突き出した。
シエナが急に避ければ後ろのウィルは間違いなく串刺しになる。そのためシエナにはこれを受け止めるしかなかった。
手の平のごく一部だけを龍鱗で覆い、突き出された大剣の先端を受け止めた。ギリギリと重厚な金属の擦れ合うような嫌な音が響き、衝撃波でソニアの結界も消滅した。
「シェーナ!?」
「大丈夫よ、ちょっとヒリヒリするけどね」
シエナは俺たちに振り返ると、ニコリと笑って親指を立ててみせた。
「女が……俺の剣を止めただと?」
男の声に驚きの色が混じっている。
「ちょっとアンタ!いきなり何すんのよ!」
今度はシエナが飛び上がり、男の顔面を狙って蹴りを放った。かなりのスピードと、威力の乗った良い蹴りだ。
しかし、男は無駄のない軽い身のこなしで半身後ろに下がるだけでそれを躱した。
「フフフ……フハハハ!面白い!面白いぞ!」
男は歓喜に声を大きくし、それはまるで獣の咆哮のように空気を震わせた。
「シェーナ!」
俺の掛け声に合わせてシエナが横に飛び退いた。俺は素早くウィルの前に出ると前方の巨漢に空気砲を放った。
「ふんっ!」
男は慌てる様子もなく、大剣の腹で俺の空気砲を受け止めた。
(そんなんじゃ止まらない……ってあれぇぇ!?)
空気砲は剣に振れた瞬間に威力を弱め、そよ風ほどの余波が男の真っ黒なフードを捲りあげた。
「ほう、魔法か。無詠唱で使う者がいるなど、帝都では聞いたこともない」
「じゅ、獣人族……」
フードの下に現れた男の顔を見れば、鑑定などするまでもなくそれが獣人族であることは明らかだった。しかも、獣の中でもとびきりヤバそうなやつだ。
【ステータス】
名称:グラハム
種族:獣人族(虎人族)
身分:シャルマ帝国将軍
Lv:48
HP:1103
MP:107
状態:正常
物理攻撃力:830
物理防御力:761
魔法攻撃力:48
魔法防御力:101
得意属性:--
苦手属性:火
素早さ:712
スタミナ:912
知性:301
精神:439
運 :109
保有スキル:
(固有)猛虎
(一般)剣豪
(一般)武人
(一般)毒耐性強化
(一般)司令官
(一般)威圧
魔力は多少あるみたいだけど、魔法は使えないようだ。しかし、それを補って余りあるフィジカル……っていうかHPって1000超えるんだ……いや、この調子だと他のステータスも実は1000以上が存在するかも知れない?
それに、もう一つ気になったのは男の持っている大剣だ。
名称:魔剣グラハム
効果:(魔族)被魔法攻撃弱化
相場:4,500,000R
「シリュース!」
「あぁ、気付いてる……コイツはやばい。それにあの大剣……魔族のスキルを持ってる」
シエナもグラハムの鑑定をしたようで、表情にはいつもの余裕がなくなっている。
「ほう……お前たち、鑑定まで使えるのか?これはますます驚いたぞ。いかにも、この大剣は昔殺した魔族から剥ぎ取った素材を鋼に混ぜて作っていてな。魔法使いには気の毒だが、俺に魔法は効かん」
マジかよ……こういうやつには遠くから魔法をぶっ放して、っていうのが俺的にはセオリーなんだけどな……
「ところで、女。お前はどうやって素手で俺の剣を止めた?」
「あぁ……」
シエナは右手の先だけ竜化させてみせた。
「なんと!?竜族か!フハハハ……これは良い。いつか竜族とは雌雄を決したいと思ったいたところだ!」
グラハムは大きな牙をむき出しにして笑みを浮かべると大剣を構え直してシエナに切りかかった。
「くっ……早い!でも、懐に入れば!」
シエナは竜化した右手で剣の側面を弾くとそのまま前に出てグラハムに突進した。
「うむ、悪くない……だが」
グラハムは剣から片手を離すと向かってくるシエナの横腹に手刀を繰り出した。
「ぐふぅっ」
シエナの体は側面からの強烈な一撃にくの字に曲がり、動きの止まった所にグラハムの正面蹴りが炸裂した。
「きゃっ!?」
「おっと、大丈夫か?」
俺は吹き飛んできたシエナを両手で受け止め、すぐにシエナのHPを回復させた。
「……ありがと……あいつ、強いわよ」
「強いね……代わる?」
「何言ってんのよ、まだまだここからじゃない!」
シエナは立ち上がりグラハムをまっすぐに見据えると、両腕を龍鱗で覆って再び前に出た。
「ハハハ!良いぞ良いぞ、少し遊びに付き合ってやろうではないか!」
グラハムは剣を背中に収め、シエナと素手で殴り合いを始めた。
「す、すげえ……」
ウィルは目の前で繰り広げられる超速の戦いに、瞬きも忘れて見入っていた。ウィルには二人の動きが追えていないため、おそらく互角にやりあっているように見えているのだが、実際はかなりシエナの劣勢だ。
シエナは間違いなく全力で攻めているが、グラハムは受けにまったく焦りがない。有効打のないシエナに対して、グラハムはところどころでシエナにダメージを与え続けている。
「どうした?こんなものか?」
「くっ……まだまだぁぁぁぁぁ!」
シエナは連続で攻撃を繰り出すが、グラハムは涼しい顔でこれを受け流す。そしてついに、シエナの蹴り出した足がグラハムに掴まれてしまった。
「ふん!」
グラハムは掴んだ足を振り上げると、シエナの体を躊躇なく何度も地面に叩きつけた。
「ぐっ……うあっ……あぁっ……」
シエナから漏れる苦悶の声が俺の胸を抉った。
「竜族とはいってもまだ半人前か……まぁ良い、とりあえず殺してその鱗だけはもらっておこう。お前くらいでも今より頑丈な鎧の素材にはなりそうだ」
……シエナを殺す?……素材にする?
俺の心の奥に、今まで感じたことのないドロリとした感情が湧き上がった。
「さぁ立て、まだやれるんだろう?どうせならもっと全身を竜化させてくれたほうが使える素材が集まって助かる」
グラハムは再び両手で剣を構えて膝をつくシエナを見下ろした。
「くっ……」
シエナは悔しそうに唇をかみしめている。シエナがこれまで、ジルさんとの稽古以外でこんなに苦しそうな顔を見せたことはない。
「ソニア……ウィルを頼む」
このときの俺には仲間を偽名で呼ぶ余裕さえも無くなっていた。
「え?ちょっと……!?」
ソニアが後ろから俺を呼び止めたが、俺はその声を無視してシエナの頭もとに膝をついた。
「ごめんシエナ、横入りされるのは嫌だと思うけど……見ていられないんだ」
「……」
俺は悔しそうな顔で押し黙るシエナを回復し、自分の体に身体強化を限界まで付与すると、涼しい顔で俺たちのやり取りを見ていたグラハムに向き直った。
「グラハム……俺の仲間を殺すだと?素材にするだと?」
「……なんだ、人間。今度はお前が相手か?だが……魔法は俺には通用せんと言ったはずだが?」
グラハムは大剣を見せつけるように振るうと、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「……試してみればいい」
俺は、そう言うと同時に通路の壁からグラハムめがけて土槍を突き出した。
「無駄だと言っただろ!」
グラハムが大剣で土槍を受け止めると、やはり土槍はグラハムに届く前に消滅した。
しかし、それで良かった。グラハムの体がわずかに正面から壁側に反れた隙を突いて、俺は限界まで強化した身体能力でグラハムの正面まで一気に距離を詰めた。
「なんだと!?」
俺は驚愕するグラハムの顔面を変形させるくらいのつもりで、顎に真下から掌底を打ち上げた。
「ぐむっ!」
グラハムの体が浮き上がったところで、ボディに追撃の回し蹴りを加え、そのまま蹴り飛ばして通路の壁に叩きつけた。
「ぐぅ……男、お前魔法使いではなかったのか?」
「そうだとは一度も言っていない。お前は、俺の大事な仲間を殺して素材を剥ぐとまで言ったんだ……絶対に許さない」
俺は、グラハムを睨みつけ両拳を固く握り込んだ。
「許さない、だと?……人間風情が……調子に乗るなぁ!」
グラハムは牙を向いて怒声を上げると、大剣をまるで棒切れでも持っているかのように片手で握って構えた。
---イヴァン宰相邸、隠し部屋---
グラハムはウィルを屋敷に連れてきたあと、この隠し部屋でシリウスたちの到着を待っていた。この部屋は壁を挟んでウィルの監禁されている部屋のすぐ隣にある。
イヴァンも同じ部屋にいたが、大量の書類を確認するのに忙しく、二人に会話はほとんど無かった。
そこへ、イヴァンの部下の文官が慌てた様子でやってきた。
「イヴァン様、実は上階で騒ぎがございまして……」
イヴァンは一瞬手を止め、部下の方に目を向けた。
「騒ぎ?」
「ええ……実は、地下へ続く通路の前を警備させていた兵士二人が気絶した状態で見つかりまして……」
「気絶?死んでないのか?」
「……はい、毒にやられていたようでしたが命までは。2人には薬を飲ませ休ませておりますが……何やら巨大な蜂に襲われたと、うわ言に申しておりまして……」
文官は蜂が嫌いなのか、怯えた様子で話を続けた。
「屋敷をくまなく探させたのですが、未だに見つかっていないのです……」
「当たり前だ!巨大な蜂など聞いたこともないわ!それよりも侵入者を疑うほうが先であろうが!地下通路に何者かが侵入した形跡は無かったのか!?」
「はい、上の入り口は塞がれていましたし……下にもちゃんと見張りの兵が立っていましたが……」
下の兵がちゃんと立っていた、というのはイヴァンにとっても安心材料であった。普通に考えれば、兵士の前を素通りする侵入者などありえない。
「そうか……とにかく上で呑気に伸びていた二人はクビにしておけ」
「かしこまりました」
そして文官が身を翻し出口に向かおうとしたその時、壁を挟んだ隣の部屋から壁に何かが叩きつけられる大きな音が響いた。
「何だ!?」
「ひぇ!」
突然のことに慌てるイヴァンと部下、しかしグラハムだけは愉しそうに口角を釣り上げ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「来たか……」
そして椅子の脇に置いてあった大剣に手をかけた。
「グラハム!来た……というのはあのハズールの薬売りか!?」
「他に誰がいる?ハハハ、警備に気づかれることなく、ガキのところまでたどり着くとは……面白くなってきたではないか!」
「バカな!?ありえん……尋問官が少し手荒にガキを痛めつけただけではないのか?」
「……イヴァン、それからそこのお前……お前たち、そこの壁を叩いてあれだけの大音が出せるか?」
「そ、それは……」
二人は答えに詰まり目を伏せた。尋問官も身体能力は一般人レベル……あれだけの衝突音を出すだけのパワーは無い。
「そういうことだ。では、俺は行くぞ」
グラハムは隠し部屋の壁に向けて大剣を構えた。
「ま、待て!待て、グラハム!この部屋が見つかるのはマズい!悪いが外から回ってくれ!」
グラハムが即席のトンネルを掘ろうとするのを辛うじてイヴァンが制した。
「ちっ……面倒な……まぁいい。イヴァン、お前は奴らが逃げんように要所に兵を集めておけ」
そしてグラハムは隠し扉から外に出て、通路を迂回してウィルのいる小部屋へと向かった。
◇◆◇◆◇
しばらくの間泣きじゃくったウィルも落ち着きを取り戻した。
「シリウス」
シエナが隣から俺に声をかけた。
「あぁ、気づいてる」
少し前から部屋の外で何者かが強烈な殺気を放って俺たちを待ち受けていた。
「ソニア、結界を」
ソニアは無言で頷くと、来たときと同じように俺たちの姿を多重結界で隠した。
「じゃぁ、帰ろう」
俺が先頭に立ち、ソニア、ウィル、シエナの順で一列に並び、ゆっくりと扉の外に出た。
扉を出て左手、俺達の来た方におよそ人間とは思えない体躯の巨漢が待ち構えていた。
フードに全身を覆われていて顔も見せないから鑑定もできないが、気配が只者ではない。
「デカっ……」
シエナも思わず声を漏らしたが、それも頷ける。とにかく、声は結界で聞こえていないのだからこんなヤバそうなやつからは早々に距離を取ったほうが良い。
「あっちがどうなってるか分からないけど、とりあえず行ってみよう」
俺たちは元来た方と逆側、つまり扉の右側に曲がって進むことにした。
「おいおい、そりゃ無いだろ?」
突如背後から聞こえた低い声に、俺たちは思わず身構えた。
「そこにいるんだろ?……この辺か?」
男はこちらに向かって真っ直ぐに歩いてくると、手に持った大剣を最後尾のシエナに向かって躊躇なく突き出した。
シエナが急に避ければ後ろのウィルは間違いなく串刺しになる。そのためシエナにはこれを受け止めるしかなかった。
手の平のごく一部だけを龍鱗で覆い、突き出された大剣の先端を受け止めた。ギリギリと重厚な金属の擦れ合うような嫌な音が響き、衝撃波でソニアの結界も消滅した。
「シェーナ!?」
「大丈夫よ、ちょっとヒリヒリするけどね」
シエナは俺たちに振り返ると、ニコリと笑って親指を立ててみせた。
「女が……俺の剣を止めただと?」
男の声に驚きの色が混じっている。
「ちょっとアンタ!いきなり何すんのよ!」
今度はシエナが飛び上がり、男の顔面を狙って蹴りを放った。かなりのスピードと、威力の乗った良い蹴りだ。
しかし、男は無駄のない軽い身のこなしで半身後ろに下がるだけでそれを躱した。
「フフフ……フハハハ!面白い!面白いぞ!」
男は歓喜に声を大きくし、それはまるで獣の咆哮のように空気を震わせた。
「シェーナ!」
俺の掛け声に合わせてシエナが横に飛び退いた。俺は素早くウィルの前に出ると前方の巨漢に空気砲を放った。
「ふんっ!」
男は慌てる様子もなく、大剣の腹で俺の空気砲を受け止めた。
(そんなんじゃ止まらない……ってあれぇぇ!?)
空気砲は剣に振れた瞬間に威力を弱め、そよ風ほどの余波が男の真っ黒なフードを捲りあげた。
「ほう、魔法か。無詠唱で使う者がいるなど、帝都では聞いたこともない」
「じゅ、獣人族……」
フードの下に現れた男の顔を見れば、鑑定などするまでもなくそれが獣人族であることは明らかだった。しかも、獣の中でもとびきりヤバそうなやつだ。
【ステータス】
名称:グラハム
種族:獣人族(虎人族)
身分:シャルマ帝国将軍
Lv:48
HP:1103
MP:107
状態:正常
物理攻撃力:830
物理防御力:761
魔法攻撃力:48
魔法防御力:101
得意属性:--
苦手属性:火
素早さ:712
スタミナ:912
知性:301
精神:439
運 :109
保有スキル:
(固有)猛虎
(一般)剣豪
(一般)武人
(一般)毒耐性強化
(一般)司令官
(一般)威圧
魔力は多少あるみたいだけど、魔法は使えないようだ。しかし、それを補って余りあるフィジカル……っていうかHPって1000超えるんだ……いや、この調子だと他のステータスも実は1000以上が存在するかも知れない?
それに、もう一つ気になったのは男の持っている大剣だ。
名称:魔剣グラハム
効果:(魔族)被魔法攻撃弱化
相場:4,500,000R
「シリュース!」
「あぁ、気付いてる……コイツはやばい。それにあの大剣……魔族のスキルを持ってる」
シエナもグラハムの鑑定をしたようで、表情にはいつもの余裕がなくなっている。
「ほう……お前たち、鑑定まで使えるのか?これはますます驚いたぞ。いかにも、この大剣は昔殺した魔族から剥ぎ取った素材を鋼に混ぜて作っていてな。魔法使いには気の毒だが、俺に魔法は効かん」
マジかよ……こういうやつには遠くから魔法をぶっ放して、っていうのが俺的にはセオリーなんだけどな……
「ところで、女。お前はどうやって素手で俺の剣を止めた?」
「あぁ……」
シエナは右手の先だけ竜化させてみせた。
「なんと!?竜族か!フハハハ……これは良い。いつか竜族とは雌雄を決したいと思ったいたところだ!」
グラハムは大きな牙をむき出しにして笑みを浮かべると大剣を構え直してシエナに切りかかった。
「くっ……早い!でも、懐に入れば!」
シエナは竜化した右手で剣の側面を弾くとそのまま前に出てグラハムに突進した。
「うむ、悪くない……だが」
グラハムは剣から片手を離すと向かってくるシエナの横腹に手刀を繰り出した。
「ぐふぅっ」
シエナの体は側面からの強烈な一撃にくの字に曲がり、動きの止まった所にグラハムの正面蹴りが炸裂した。
「きゃっ!?」
「おっと、大丈夫か?」
俺は吹き飛んできたシエナを両手で受け止め、すぐにシエナのHPを回復させた。
「……ありがと……あいつ、強いわよ」
「強いね……代わる?」
「何言ってんのよ、まだまだここからじゃない!」
シエナは立ち上がりグラハムをまっすぐに見据えると、両腕を龍鱗で覆って再び前に出た。
「ハハハ!良いぞ良いぞ、少し遊びに付き合ってやろうではないか!」
グラハムは剣を背中に収め、シエナと素手で殴り合いを始めた。
「す、すげえ……」
ウィルは目の前で繰り広げられる超速の戦いに、瞬きも忘れて見入っていた。ウィルには二人の動きが追えていないため、おそらく互角にやりあっているように見えているのだが、実際はかなりシエナの劣勢だ。
シエナは間違いなく全力で攻めているが、グラハムは受けにまったく焦りがない。有効打のないシエナに対して、グラハムはところどころでシエナにダメージを与え続けている。
「どうした?こんなものか?」
「くっ……まだまだぁぁぁぁぁ!」
シエナは連続で攻撃を繰り出すが、グラハムは涼しい顔でこれを受け流す。そしてついに、シエナの蹴り出した足がグラハムに掴まれてしまった。
「ふん!」
グラハムは掴んだ足を振り上げると、シエナの体を躊躇なく何度も地面に叩きつけた。
「ぐっ……うあっ……あぁっ……」
シエナから漏れる苦悶の声が俺の胸を抉った。
「竜族とはいってもまだ半人前か……まぁ良い、とりあえず殺してその鱗だけはもらっておこう。お前くらいでも今より頑丈な鎧の素材にはなりそうだ」
……シエナを殺す?……素材にする?
俺の心の奥に、今まで感じたことのないドロリとした感情が湧き上がった。
「さぁ立て、まだやれるんだろう?どうせならもっと全身を竜化させてくれたほうが使える素材が集まって助かる」
グラハムは再び両手で剣を構えて膝をつくシエナを見下ろした。
「くっ……」
シエナは悔しそうに唇をかみしめている。シエナがこれまで、ジルさんとの稽古以外でこんなに苦しそうな顔を見せたことはない。
「ソニア……ウィルを頼む」
このときの俺には仲間を偽名で呼ぶ余裕さえも無くなっていた。
「え?ちょっと……!?」
ソニアが後ろから俺を呼び止めたが、俺はその声を無視してシエナの頭もとに膝をついた。
「ごめんシエナ、横入りされるのは嫌だと思うけど……見ていられないんだ」
「……」
俺は悔しそうな顔で押し黙るシエナを回復し、自分の体に身体強化を限界まで付与すると、涼しい顔で俺たちのやり取りを見ていたグラハムに向き直った。
「グラハム……俺の仲間を殺すだと?素材にするだと?」
「……なんだ、人間。今度はお前が相手か?だが……魔法は俺には通用せんと言ったはずだが?」
グラハムは大剣を見せつけるように振るうと、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「……試してみればいい」
俺は、そう言うと同時に通路の壁からグラハムめがけて土槍を突き出した。
「無駄だと言っただろ!」
グラハムが大剣で土槍を受け止めると、やはり土槍はグラハムに届く前に消滅した。
しかし、それで良かった。グラハムの体がわずかに正面から壁側に反れた隙を突いて、俺は限界まで強化した身体能力でグラハムの正面まで一気に距離を詰めた。
「なんだと!?」
俺は驚愕するグラハムの顔面を変形させるくらいのつもりで、顎に真下から掌底を打ち上げた。
「ぐむっ!」
グラハムの体が浮き上がったところで、ボディに追撃の回し蹴りを加え、そのまま蹴り飛ばして通路の壁に叩きつけた。
「ぐぅ……男、お前魔法使いではなかったのか?」
「そうだとは一度も言っていない。お前は、俺の大事な仲間を殺して素材を剥ぐとまで言ったんだ……絶対に許さない」
俺は、グラハムを睨みつけ両拳を固く握り込んだ。
「許さない、だと?……人間風情が……調子に乗るなぁ!」
グラハムは牙を向いて怒声を上げると、大剣をまるで棒切れでも持っているかのように片手で握って構えた。
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自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)
丁鹿イノ
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【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】
深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。
前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。
そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに……
異世界に転生しても働くのをやめられない!
剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。
■カクヨムでも連載中です■
本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。
中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。
いつもありがとうございます。
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書籍化に伴いタイトルが変更となりました。
剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~
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転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
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「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
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勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
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