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第4章 シャルマ帝国編

第63話 漂流する二人

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 エドガーたちを取り調べた翌日は、ちょうどシリウス薬局も定休日だったので俺とシエナ、それから普段は店にいるソニアとララさんも揃ってリュミエールで沖に出ていた。

 さらにデッキには意外な船員の姿も……

「あんたたち!ちゃんと隅々まで擦りなさいよ!」

「「は、はい!」」

 シエナの喝にビクリと肩を震わせ、デッキブラシで甲板を擦り続けているのはエドガーとマシュー。
 実は、昨日の取り調べで一度完全に心が折れ、なぜか俺とシエナに服従するような形になってしまったのだ。特にシエナに対しては、彼女が龍族であると知ってから「姐さん」と言ってまるで舎弟のようだ。

 まぁシエナもまんざらじゃ無さそうだし、人手が増えるのは楽だから放っておこう。

 それに、たとえ今さら二人が変な気を起こして逃亡を図ろうとしても簡単に阻止できるのだが、一応お目付け役ということでクレーも同乗している。
 
「実際に走っているところに乗せてもらったのは初めてですが……外から見る以上にすごい船ですね……」

「そうですか?実はまだ改造したいところがいくつかあってですね……」

「えぇ!?これ以上いったい何を……」

「聞いちゃいます?例えば、その水を掻いている外輪ですけど、邪魔なんで水中で動かせるスクリューにしたりとか……」

「す、すくりゅー??それは一体何ですか?」

 俺は転生してから、歳の近い男子とあまり話す機会が無かったから、こんな話して面白いのだろうかと少し気になっていたが、杞憂だったようだ。こういうモノ作り系の話は前世に限らず全世界共通で男のロマンらしい。

 俺とクレーはしばらく男のロマントークを楽しんでいた。

 デッキには収納型の4人掛けテーブルセット、すでに女性陣3人はくつろぎまくってハーブティを飲みながら談笑している。

「ソニアちゃん、何このお茶!めちゃくちゃ美味しいじゃない!」

「フフフ……ララ!ソニアはララと違って料理もこなせるすごい子なんだから!きっと良いお嫁さんになるわよ~!」

「ぐはっ……いや、シエナ……あんたも料理なんか出来ないでしょうが!……んん!っていうかこのお茶菓子もほんとに美味しいわぁ~」

「エヘヘ、ありがとうございます!」

「くぅ~……そして可愛い!シエナ、あんたもたもたしてるとシリウス君取られちゃうわよ?」

「と、取られるって……バカ!そんなんじゃないから!」

 ……なんて話ししてんだか……

 そして、そこからさらに広い海の上を走ること数十分、目的地が遠くに見えてきた。

「海賊島、見えてきましたよ?」

「……私たちの船で向かうと半日はかかるのに……」

 海賊島は先の海戦でマセラティを倒し、俺たちが財宝を持ち帰った後で、港町の兵士たちを送って海上の中継拠点として改装中だ。

 今日は一応休みなので、クルーズを楽しむのが一番の目的なのだが、ついでに改装の進捗を確認することになっているのだ。

 工事中の港にリュミエールを停泊させ、俺たちは揃って陸へと上がった。

◇◆◇◆◇

---シャルマ帝国、外洋---
 
「ハ、ハンス先生……大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫……なはずです。朝日の上った方角の左側に進めばハズールのある大陸に着くはずですので……」

 夜遅くに海へ出たフローラとハンスは追手に見つからないように明かりも付けず途中で交代して仮眠を取りながら夜通し沖へと船を進め続けた。 

 朝日が昇った頃には、陸地もすでに見えず、見渡す限り一面の大海原であったが、所詮二人は航海の素人だ。船乗りのように方角を知る術などあるはずもなく、唯一の手がかりは朝日の昇った方角が東だということだけであった。

「ですが、本当にこっちが北東で合っているのでしょうか?私だんだん朝日がどっちから昇ってきたかも分からなくなってきました……」

 二人は船さえあればハズールに行くことが出来ると甘く考えていた。

 そして、自分たちの現在地も分からないまま航海1日目の日没を迎えた。

 ………二日目。

「……先生、私たち進んでいるんでしょうか?」

「だ、大丈夫です……さぁ、日の出ている間が勝負です!」 

 そして二人で手分けして遠くの様子を確認したり、帆の向きを調整したりしながらひたすらに船を走らせた。

 ………三日目。

「先生……お腹が減って力が出ません……それに、喉も乾いて……」

「フローラ様……」

 すでに海に出てから丸2日以上何も口にしていない。ハンスも口には出さないが空腹と喉の乾きは限界に達していた。

「私たち……このまま海をさまよって死ぬのでしょうか……」

「くっ……私の準備が甘かったばかりに……申し訳ありません……」

 二人にはもう立ち上がる気力もなく、船はただ海流に任せて海を漂っていた。

 しかし、この日の夕暮れ時に奇跡が起きた。

「先生……また日没ですね……明日の朝には私たちはどこにいるんでしょう?」

「………」

「……先生?」

「フローラ様!アレを見てください!船です!」

 二人は最後の力を振り絞って立ち上がり、希望に目を見開いて遠くの船を備え付けの望遠鏡で確認した。

「シャルマ帝国の船では無さそうですね……」

「ええ、急いであの船を追いかけましょう」

 そして、まさに死力を尽くして前方の船を追いかけ、奇跡的に一命を取り留めたのであった。

◇◆◇◆◇

---海賊島---

「改装はだいぶ順調に進んでいそうですね」

「ええ、これならそう遠くないうちにこの島を交易の中継地点と国防の前線基地として使うことができそうです」

 俺とクレーは島を一周して改装工事の状況を確認していた。

「前に来たときには森の中に人の亡骸がたくさんありましたが、それも片付いているようですね」

「ええ、兵たちもアレが一番キツかったとぼやいてました」

 この島を1周回ってみて初めて気付いたことだが、この島はわずかな砂浜と港の部分を除く他の外周が全て断崖絶壁になっていて非常に守りやすい。そして島の中心部には真水も湧くので最低限の自給自足も可能なのだ。

「大体の地形は覚えたので、町に戻ったら守りの強化についてももう少しなにか出来ないか考えてみましょう」

「……え?シリウスさん、まさかこの短い間に地形を覚えたんですか?」

「ええ、まぁ……特技みたいなもんで。それより!砂浜の方でシエナたちがバーベキューの準備をしています。兵士の皆さんの作業もそろそろ終わることですし、僕たちも合流しましょう」

 そして俺たちは港に寄って作業を終えたばかりの兵士たちに声を掛け、砂浜へとやってきた。

「……シエナ……なんでもう食べてるの?」

「だって……みんなが来るのが遅くって……」

「シリウス、まだたくさんあるから大丈夫よ。さぁ、皆さんもどんどん食べてくださいね!」

 微笑むソニアの足元でマシューとエドガーが必死の形相で野菜を洗い皮を剥いていたのがかなりシュールだ。

 兵士の皆さんも保存食ばかりで飽き飽きしていたのだろう、皆が歓声を上げながらバーベキューに群がった。

「シリウス君……ここにはお酒はないのかなぁ?」

「ララさん……あなたは酒癖が悪いので今日は禁酒です!」

「そんなぁ~……」

 ララさんは目に涙を浮かべ膝から崩れ落ちた……

………
……


 そして、砂浜での宴会騒ぎも少し落ち着いた頃、港の方から何人かがこちらにやってきた。

「あれ?あいつら、今日は沖の見回りのはずだろ?」

 兵士の話から察するに偵察に出ていたハズールの兵士のようだ。彼らはクレーに気づくと足を早めてこちらに向かってきた。

「クレー様、こちらにいらっしゃったとは」

「たまたまシリウスさんの船に乗せてもらえることになってね。で、君たちは見回りのはずだと聞いているけど?」

「はい、しかし見回りの途中で漂流中のシャルマ帝国の人間を発見したので、彼らの船で私たちだけ戻ってきました」

 シャルマ、と聞いて俺もクレーもそれに周りの兵士たちにも緊張が走った。

 兵士が言うには、ひどい脱水症状とおそらく空腹が原因だと思われる体力低下で危険な状態だったようだ。応急処置として水を飲ませたらしいが、その後はずっと目を覚まさないらしい。

 とりあえず、どんな人物なのか分からないことにはどうしようもないので俺とクレーは連れ立って港へ向かった。港には小さな船が1隻泊まっていて、船の上では若い男女が昏睡していた。

「これは……かなり弱ってますね」

 俺の鑑定でステータスを見てもHPはのこり1桁まで減っている。このまま放っておくと命に関わるので、急いで二人を魔法で回復させた。

「こちらの女性は……貴族のようですね。しかも伯爵位とは……」

 クレーは早々に二人の鑑定をしていたようだ。

「ええ、こちらの男性は『騎士』と出ていますね、従者でしょうか?」

 二人の名はハンスとフローラ、いったい何故で海をさまようことになったのだろうか?まぁ俺たちだけで勘ぐっても仕方ないので二人の目覚めを待つとしよう。

「う……うぅ……」

 早速ハンスが目を覚ました。そして自分の真横で未だ眠り続けるフローラに気がつくと、慌てた様子で飛び起きた。

「フ、フローラ様!?ご無事ですか!?」

「大丈夫です、今はまだ眠っていますが回復させたのでじきに目を覚まします」

「そうですか……助けていただきありがとうございました」

 ハンスはこちらに向き直って深々と頭を下げた。そしてハンスは俺たちにこれまでの帝国内での出来事や出国の経緯を話して聞かせてくれた。

「しかし……拾っていただけたのがハズールの方で助かりました……」

「良かったですね、こちらのクレーさんはハズールの港町を収めるブルドー公爵のご子息です。偶然ですが、ここでお会いできたのも何かの縁……明朝町に戻りますので先程の話を公爵にも話せるよう取り計らってくれますよ」 

「公爵!?大貴族ではありませんか!そんな方に早々にお目通り願えるとは本当に運が良い……それで、公爵家のご子息を『さん付け』でお呼びになる貴方はいったい……」

 ハンスは恐る恐るといった様子で俺の顔を見つめている。

「アハハ……そんなに身構えないでください。俺はしがない平民の薬売りですからね?」

「……え?」

 ……しまった。つい内輪のノリで話していたけど、確かに客観的に考えれば違和感しか無い。

「シリウスさん、それじゃぁ逆に分かりづらいです。ハンスさん、まぁこの人の言ったことは嘘ではないのですが、一応国王陛下の了承のもとで身分の壁を超越していると言うか……そういう規格外の人なんです。話し出すとキリがないので、詳しい話はまた別の機会にしましょう」

「わ、分かりました……」

 ハンスは全然納得した感じではなかったが、クレーに言われるがままに引き下がった。

「では、後で何か軽食を持ってこさせますので今日はゆっくり休んでください。明日の朝また迎えに来ます」

 そして俺たちはハンスたちの船を後にした。 
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