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第4章 シャルマ帝国編

第62話 亡命

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 俺たちはエドガーを連行して公爵邸に戻った。公爵邸にはすでにシエナとブルドー公爵の姿もあり、その足元にはマシューがぐるぐる巻にされて転がっていた。

 取り調べは、まずブルドー公爵主導で行われた。絵面的には、マフィアのボスが下っ端をシメてるような、どっちが悪人だかわからない感じになっていた。

 俺も最初は二人がすんなり音を上げると踏んでいたが、二人とも意外に口が固く、公爵が少し殴ったり蹴ったりするくらいではまったく口を割る気配がなかった。

「うむ……困ったもんだな、さすがに俺みたいな素人の尋問じゃ無理があるか……」

 公爵も困り果て、手間と時間はかかるが王都にいる捜査官に尋問を委ねようかと悩んでいるようだ。

 しかし、不運にもその時マシューがシエナを「怪力女」と罵ったことで自体は急変した。

「誰が……誰が……馬鹿力のゴリラ女ですってぇぇぇぇぇ!」

「い、いや……さすがにゴリラとまでは……」

 まさに龍の逆鱗に触れてしまったマシューが、必死で良い繕うがもはやシエナにの耳には届かなかった。

 そして、怒れるシエナの殺気が目に見えるレベルの渦となって室内に吹き荒れると、俺以外の全員が一瞬で凍りついたように固まってしまった。

 シエナをなんとか宥めた俺は、公爵に代わって恐怖で震える二人に尋問を行った。先程の一件で、物理的な痛みには耐えられる二人も精神的なショックには一般人と変わらない程度の耐性しかなさそうなことが分かったので、ところどころで二人を威圧しながら。

【スキル『日進月歩』の効果によりスキル『拷問』を獲得しました】

 え?……これ、王都で魔族が持ってたスキルだよね?……なんか嫌だな……

「皇帝が開戦派ってのは穏健派に取っちゃ分が悪すぎるな……」

 一通りの尋問を終えた後、ブルドー公爵はため息混じりにつぶやいた。
 開戦派の圧倒的な優位の中、穏健派の貴族たちはまるで国家転覆罪の容疑者のような扱いで、不審な行動があれば直ちに逮捕されるらしい。
 ちなみに、エドガーが使用した魔道具については軍の上官から渡されたものらしい。エドガー自身はあの魔道具にどんな魔法がセットされていたかも理解していなかった。ただ、「証拠を隠滅するための魔道具だ」と聞かされていたようだし、恐らくエドガーを使い捨てにするつもりだったのだろう。

「魔族の関与も気になります……なんとか穏健派の貴族に接触を試みたいものですね……」

◇◆◇◆◇

---シャルマ帝国、ニコラス邸---

 フローラは、フィルたちとの会合の後、重たい足取りで屋敷へと帰ってきたのだが、帰宅するとすぐに父ニコラス伯爵から呼び出しが掛かった。

「フローラ……今日も革命の真似事か?」

「ま、真似事なんかじゃないわ!私だって本気でこの国を救おうと……」

 ニコラスは自分を見つめる娘の、意志のこもった眼差しに父としても一人の政治家としても誇らしい気持ちになった。

 しかし、今フローラを褒めるわけにはいかない。彼女の身に危険が及ばぬよう、心を鬼にして厳しく言い聞かせるのが今回呼び出した目的だ。

「はぁ……フローラ……お前とミルコ殿のところの息子と、それからほんの何人かの町民の子供が集まったところで何も変わらん」

「……っ!?なんで、フィルのことまで知ってるの!?」 

「私が少し調べさせただけでもこのくらいのことは分かるのだ。もし、開戦派の連中がお前たちに目をつけたらどんなことになるか……お前にも分かるだろう?」

 今度はニコラスの鋭い視線がフローラに突き刺さった。

「うっ……」

「とにかく……しばらくはうちから出ることを禁じる」

 ニコラスの勢いに負け反論できないフローラに、ニコラスは押し切るように外出禁止を命じた。

 父との話は一方的な形で終わり、フローラは悔しさに唇をかみながら2階の自室へと戻った。

「……お父様、あんまりだわ……」

 フローラはそのままベッドに突っ伏していつの間にか眠ってしまった。

…………
………
……


 フローラが目を覚ますと、窓の外は日が落ちてすっかり暗くなっていた。

「やだ、結構寝ちゃった!?」

 ベッドから起き上がり、手櫛で髪を整え廊下に出ようとしたとき、ちょうど廊下からこちらに向かって近づいてくる足音に気付いた。
 
 やはり足音はフローラの部屋の前で止まり、必要以上に強いノックの音が室内に響いた。

「フローラ様!いらっしゃいますか!?」

「ハンス先生……?」

 いつもと違うハンスの様子に戸惑うフローラであったが、ハンスは彼女の剣術の師範でもあったし何か連絡があるのだろうかと思って扉を開けた。

「先生、いったいどうしたんですか?」

「フローラ様……落ち着いて聞いてください」

 ハンスの表情はいつになく真剣で、フローラも自然と表情が引き締まった。 

「……現在、1階に開戦派の捜査官たちが来ています。ニコラス様と奥様が対応していますが、おそらく……」

「そ、そんな……それじゃぁお父様は!?」

「知らぬ存ぜぬで通していますが、他の貴族たちも皆いわれのない罪で連行されているので……」

 フローラは一瞬頭が真っ白になった。

「そんな……もしかして私のせいですか!?私がフィルたちと集まっていたことが知られて?」

「詳しいことは分かりません……しかし、ニコラス様から貴女だけは逃がすようにと言われておりますので、今からここを脱出します」

 ハンスはそう言うと、フローラの手を取って部屋の外へと引き寄せた。しかし、フローラはその手を振りほどく。

「お父様とお母様はどうなるんですか!?私だけ逃げ出すなんて、そんな卑怯なこと……出来るはずありません」

 フローラはまっすぐハンスの目を見つめて言い切った。ハンスも目をそらすこと無くフローラを見つめる。

「フローラ様、貴女の仰っていることは分かります。私も出来ることならニコラス様と奥方をお連れしたい。しかし、もはやそれは出来ないのです。だからこそ、お二人が下で時間を稼いでいることを分かってください……」

 ハンスは目尻に涙を浮かべ、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。

「くっ……」

 フローラも納得は出来ないが、両親の作った時間を無駄にすまいとハンスの手を取った。

「こちらに抜け道があります!」

 ハンスとフローラはこうして屋敷を脱出した。

◇◆◇◆◇

 ニコラス伯爵は妻イザベラと応接室で査察官を出迎えていた。

「ニコラス殿……遅い時間に押しかけて申し訳ないですなぁ」

「いえ……イヴァン宰相、それで……本日はこんなに大勢引き連れてどういったご用件でしょうか?」

 ニコラスは申し訳なさなど少しも見せず笑みを浮かべるイヴァンに嫌悪感が湧き上がったが、それを必死で隠してイヴァンの対応にあたった。 

「ふむ……では単刀直入に話そうか。ニコラス伯爵、貴公には反逆罪の嫌疑が掛かっている」

「ハハハ!これはこれは……イヴァン殿もご冗談がお上手ですな」

 ニコラスは次第に早くなる心臓の鼓動を内心で感じながらも、あくまでも平静を装って会話を続けた。

「そうか……貴公はこれまで帝国に尽くしてきた忠臣。潔く罪を認めるというのであれば、私から陛下に進言し罰を軽くするよう請うことも出来るのだが……」

 しかし、こんなあからさまな誘導に乗るようなニコラスではない。

「罪を認めるも何も……身に覚えのないことを認めるわけには行きますまい?」

「ほう……やはりあくまでもシラを切り通すつもりということか……」

 イヴァンは下卑た笑みを浮かべニコラスと妻のイザベラを交互に見やった。

「……ミルコは罪を認めたぞ?」

 ニコラスは内心激しく動揺していた。

(ミルコ殿に限って、そのような愚かな真似はしないはず。だが、イヴァンの口からミルコの名前が出てきたということは、つまり少なくとも我らのつながりは知られていると思ったほうが良い……)

「おやぁ、ニコラス殿顔色が良くないようだが?」

「いえ……お気になさらず。それで、ミルコ子爵と私に一体何の関係がお有りだと?」

「ふむ……ミルコ子爵の自白によれば、ニコラス伯爵他数名の貴族と結託し、反戦の抗議デモを企てていたとか……さらにはエーリッヒ陛下の暗殺まで目論んでおったと」

 ニコラスはミルコの自白など疑っていなかったが、だとするとイヴァンの情報収集力は相当なものだと驚愕した。

「陛下の暗殺にデモですと!?そのような恐れ多いことをこの私が考えるはずもございません!」

「そうか……あぁ、それから子爵の倅が……なんと言っておったかな?確か市中で貴公の娘や平民の若者どもで革命を企てておるとかおらんとか……」

「そのような話は聞いたこともございません……きっと何かの間違いでしょう」

 ニコラスは背中に嫌な汗が吹き出すのを感じた。

(まずい……この男はおそらく全ての情報を掴んでいる……ハンス、頼むからフローラを安全な所に……) 

「まぁ、貴公に聞いても何も吐かんのは想定済みだ。皇帝陛下の名において、屋敷の捜索を実行させてもらうぞ?」

 イヴァンは懐から皇帝の署名の入った令状を取り出し、応接室の机の上に広げてみせた。

◇◆◇◆◇

 フローラとハンスは屋敷の隠し通路を抜け、海に面した小さな丘の上に出た。

「ハンス先生……これから一体どうするんですか?」

 いくらか落ち着きを取り戻したフローラは、これからのことに不安を感じていた。

「この先に、小舟を隠してあります。それに乗り、帝国を出ます」

 まさか国外にまで出ることになるとは思っていなかった。

「帝国を出るって……それでどこに向かうんですか?」

「ニコラス様からは、このようなときにはハズール王国に亡命するように以前から言われておりました。あの国であれば、悪いようにはされないだろうと」

「そんな……それじゃぁこの先お父様とお母様には……?」

 亡命するということは、今の帝国の状況から考えて帰国する可能性は果てしなくゼロだ。そう思うと自然と涙が両頬を伝った。

「フローラ様……今それを考えてはいけません。お二人の気持ちを無駄にしないよう、追手が来る前に沖へ出ましょう」

「……分かりました。ですが、私は必ずいつの日か帝都に戻ります」

「その時には、私もお供いたします」

 フローラとハンスは隠してあった小型の漁船に乗り込むと、日の沈んだ真っ暗な海に船を走らせた。
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