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第3章 ブルドー公爵領編

第50話 光(リュミエール)

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「クレー、シリウスに倉庫を案内してやれ。『俺の船』の中からどれでも好きなのをやって構わん」

 それだけ言うとブルドー公爵は甲板を降り、1人で帰ってしまった。
 クレーは静かに公爵の背中を見つめていたが、その姿が曲がり角に消えると、ため息を一つついて肩の力を抜いた。

「父上もああ言ってることですし、ちょっと倉庫を見に行きましょうか?」

「はい、是非!」

 そして俺たちも連れ立ってその場を後にし、港に併設された大きな倉庫にやってきた。

「ここから向こうの端までが父上の所有する船です。お好きなものを、とのことでしたので遠慮なく好きなのを選んでもらって構いませんよ」

 クレーは穏やかな笑みを見せた。
 彼の指差した範囲には大小10隻の船がずらりと並んで陸上保管されていた。船は船底から操舵室の外壁までよく掃除されていて、どれもかなり状態の良い物であった。

 そして他の場所にもまだ、たくさんの船舶が並べられている。

「ここから向こうまで……ってこんなにたくさん持ってるんですか?」

「ええ、これらは父にとっては『捨てられないもの』なんですよ」

 そしてクレーはブルドー公爵が、これらの船舶を未だに保持している理由を教えてくれた。

「もともと、この倉庫に保管されている船たちは町の漁師や交易商たちが使っていたものなんですよ。しかし、海賊のせいで海に出られなくなった彼らは陸で新たな仕事を始めたり、別の町に移住したりと……皆船を手放してしまったんです」

「そうだったんですね……」

「それでも父上は、いつか海賊を撃退し皆が海に戻れるようになったときのために、彼らの船をこの倉庫で大切に保管しているんです」

「………」

 そうすると、ブルドー公爵の船ってのはつまり、元はこの町の漁師や商人の船だったってことだ。そんな船をもらってしまっては、海賊を倒した後にその人の乗る船がなくなってしまう。

「心配しないでください。父上が言った『俺の船』と言うのは、この10隻だけですが、この船にはもう乗り手がいないんです」

 クレーの説明によれば、この10隻の乗り手だった漁師や商人は先の海賊の襲撃で命を落としたり、生きていたとしてももう船には乗れないような状態になってしまったそうだ。公爵はそんな人達の船を高値で買い取り、彼らとその家族への見舞金として当面困らないだけの金を渡してやったらしい。

「船たちも、乗り手を奪った海賊たちに仕返しが出来ると思えばきっと喜んでくれるはずです」

 なるほど、そういうことなら俺も遠慮することなく、1隻いただくとしよう。

 実は、港町に来た時点で船は手に入れたいと思っていた。だから、理想的な船のサイズ感も改造するイメージも既に俺の中にはあるわけで、あとは同乗する二人の好みとの相談だ。

「シエナ、ソニアこの3つの中だとどれが良い?」

 俺が選んだのは10隻の中でも中型の3隻。それぞれ船の厚みやデッキの広さなどが違っているがサイズはどれも全長10mくらいだろうか。

「ん~、コレなんかデッキも広くてなかなかいいんじゃない?あの辺にテーブルでも置いたらきっと美味しくご飯が食べられるわ!」

 え……何この子?俺は今から護衛艦造ろうとしてるんですけど……

「うん、見た感じ船室も広そうだしいいんじゃないかしら!シリウス、それなら私もきれいなキッチンがほしいわ」

 なんとまぁ!……ソニアもそういう感じ?

 でも、とにかく二人が同じ船を選んでくれてよかった。

「クレーさん、この船をお願いします」

「分かりました。すぐに乗れるよう整備は出来ていますが、海に出しますか?」

「あ、いえ……少し使い勝手が良くなるように改造したいので、もし邪魔でなければお屋敷の方に運んでもらうことはできますか?」

「分かりました」

 クレーは倉庫で整備作業をしていたスタッフに声を掛け、すぐに運び出すよう手配してくれた。

 船はその日の夜には屋敷に運ばれエストレーラを停めてある倉庫の中に運び込まれた。

……………
…………
………
……


 翌日からの俺とシエナとソニアは、日中はそれぞれが別行動を取って過ごした。

 ソニアはクレーからハズール語を学んび、シエナはブルドー公爵と漁船に乗って海に出た。

 クレーは教えるのが上手なようで、毎晩3人で集まったときにソニアが披露してくれるハズール語は日に日に凄まじい速さで上達しているのが分かった。最近では日中1人で買い物に出かけたりもするようになったらしい。おじさんの店員にニコッと微笑んで「少し高いなぁ…」とつぶやくだけで大抵大幅に値引きしてくれると喜んでいた。

 ……まぁ、可愛いからね。俺でも間違いなく値引きしてしまうだろうな……

 シエナは毎日「海賊に出くわしたら懲らしめてやるわ!」と息巻いて屋敷を出ていったが、今のところ海賊はぱったり姿を現さなくなったらしい。今では、暇つぶしにブルドー公爵から教わった釣りのほうが楽しみになったようで毎日大きな魚を誇らしげに持って返ってくるのだった。

 せっかちなシエナには釣りは絶対向いてないと思ってたから、これはなかなか意外だった。

 そして俺は公爵から譲ってもらった船を急ピッチで改造中だ。船自体の改造もそうだが、側面や船艇に塗るための樹脂(松脂みたいなもの)を集めに何度も近くの雑木林に入った。エストレーラを一から造ったときのノウハウがかなり活かせたので、作業は特に行き詰まることもなく順調に進んだ。

 そしてあっという間に10日が経ち、船もついに完成した。

 我ながらなかなかいい船に改造できたと自負しているが、細かい解説はお披露目のときのお楽しみ、ということで。

 というわけで、公爵とクレーに数名の作業スタッフ、さらにシエナとソニアを連れて港にやってきた。演出を大事にしたいから、船には布をかぶせたままエストレーラで台車に乗せて引いてきている。そして、俺の手が布の端にかかったまま、スタッフの皆さんの手によって船はゆっくりと着水した。

「皆さん、驚く準備はいいですか?」

俺が布に手をかけると、一同は緊張の面持ちで息を呑んだ。

 ……バサッ

 皆の眼前に俺の渾身の力作が姿を現した。側面は樹脂をベースに作った塗料でムラなく塗り上げた重厚感のある黒いボディがいい感じ。デッキは滑り止め効果のある透明な樹脂で覆っているので、木材本来の落ち着いた色合いをのこしている。

「……あれ?シリウス、最初はついてた運転席はどこ行ったのよ?」
「この凹みはなぁに?」

 10日前に倉庫で始めてみた時と比較して大きく異なっているのがまさにそれだ。デフォルトだと、中型の船体の割に控えめな操舵室があったんだけど、なんと俺はそれをきれいに撤去していた。

「フッフッフ……」

 しかし、この反応は想定内。俺は不敵な笑みを浮かべながら、船体後部の柵を港の端に倒してスロープを作ると、エストレーラに乗り込みそのまま船に向かって発進した。

「「「「えぇぇ!?」」」」

 この時点で既に一同から驚きの声が上がったが、驚くのはまだここからだ。少し前に進むとエストレーラのタイヤが船体のくぼみに綺麗にハマった。

 そしてエストレーラの中で新しく設置した装置を起動すると後輪の車軸がカチッと船体側のギアと噛み合った。そこまで操作して、俺は一度エストレーラの外に出た。

「もう十分気に入ってる操舵輪もあったことだし、エストレーラをそのまま操縦席として利用できないかと思ってね。さぁみんな船に乗って!次はシエナの希望に応えて…よっと」

 デッキの前方はぱっと見ると何もない広々としたデッキだが、床下収納型のテーブルが埋め込んであるので平時にはデッキで食事を楽しむことだって可能だ。

「おぉぉぉぉ!シリウス、ありがとう!」

「じゃぁ次は船室にいきましょう」

 エストレーラのちょうど脇にある階段を降り、扉を開くとそこには広々とした船室が広がっている。

「ソニア、キッチン作ってみたんだけどどうかな?」

 ソニアはキッチンに立ち、戸棚や引き出しの位置をしばらく確かめると、

「気に入ったわ!ありがとう!」

と言ってニコリを微笑んだ。

 船室には、簡易シャワールームや寝室も設けてある。将来的にこの船で、文字通り海外に渡るとしても十分長旅に対応できるだろう。

「な、なんだこりゃ……」

 ブルドー公爵はさっきから空いた口が塞がらないといった感じで船内をキョロキョロと見回している。

「シ、シリウスさん……これは護衛艦なんですよね?」

 クレーはこの船の戦闘能力が心配になったようだ。

「ええ、もちろん。まず、エストレーラに搭載してある魔道具から俺の魔力で強さを調整できる空気砲と火弾が発射できます。相手が船ならコレで十分ですが、コレでも間に合わない時は……うちのシエナが船上で大暴れします。それからソニアがおしとやかにヤバい魔法を使います」

「な……なるほど……火力は分かりました。では防御の面は?」

「この船はエストレーラと同じくエアバリアで覆うことが出来ます。シエナの魔法と同等の攻撃を連続でもらわない限りはびくともしないと思います」

「そ、それはすごいですね……」

 クレーもそれを聞いて安心してくれたようだ。

「俺たちの船の方も最終確認を終えればいつでも出せる。そのときこそ忌々しい海賊どもを殲滅してくれるわ」

「ええ、町の人たちが、怯えずに海に出られるように!」

「海水浴のことも忘れないでよね!」

 ここへ来て海賊討伐への決意を一層固くした俺たちであった。

「……ところで、シリウス。エストレーラのときもそうだったけどこの船には何か名前をつけるの?」

 そう、俺もシエナもあの時は相当頭をひねったもんだ。

「もし決まってないのなら今度こそ『プリティシエナちゃん号』で…」

「却下!」

「早っ!」

「いくらなんでもその名前だけはない!それに、今回は10日もあったから考えてあるんだ」

「ほう、その名とはなんだ?」

「港町の希望の光ということで『リュミエール』というのはどうかと思ってます」

「リュミエール………良い名ではないか」

「うん!シリウスにしてはやるわね!」

 そんなわけで、船の名前は希望の光『リュミエール』に決まった。
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