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第3章 ブルドー公爵領編

第40話 地図にない村

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 資材や食料の搬送を終えたあとも、俺たちは結局しばらく王都に滞在し、主にアルフレド邸の修繕を手伝っていた。普通なら大の大人3人がかりで1本の丸太を運ぶところだが、今の俺とシエナなら一人で5本は軽い。

 周りでヒーヒー声を上げる兵士たちをよそに、一度に持てる丸太の本数を競っていた俺とシエナは、彼らからまるで珍獣でも見るような目で見られていた。(まぁ俺はともかく、シエナは珍獣と言えば珍獣なんだけど)

 数日かけてやっと屋敷の骨組みが完成したところで、あとは俺たちにできる力仕事も無くなったし、ようやく開放してもらえたから、いよいよ翌日にはブルどー公爵領に向けて出発することにした。

「シリウス君、このままここでお姉さんたちと仲良く暮らしてもいいのよ?」

 ララさんが後ろから抱きついてきた。

「うわわわぁぁあ…!ちょっとララさん、いきなり何するんですか!」

「アハハ、冗談よ!冗談!それにしても君のそういうところは昔から全然変わらないわね~」

 それをいうなら、ララさんこそ全然変わっていない。9年前の旅の時もこうしてよくからかわれたもんだ。まったく……もうすぐ30にもなろうかという……
 そこまで頭をよぎった時、背後のララさんから何故か殺気を感じた。

「ねぇ……今良からぬことを考えなかったでしょうね?」

「え!?い、いやだなぁそんなわけないじゃないですか!それに30はまだ全然ストライクですよ!」

「ほら!考えてたじゃない!」

「うわぁぁ!」

 そしてララさんに羽交い締めにされた……これはこれでかなりアリなんだけど、ちょっと俺の心臓が持ちそうにない……
 
「むぅ~、シリウスったらいっつもララに鼻の下伸ばしちゃってみっともない!ほら!離れなさい!んもぉ、ララも離しなさいよ!」

 そしてシエナも俺に絡みついて腕とか顔とかを思いっきりいろんなアウトゾーンに押し付けまくっている。いやいやいや、ほんとに俺口から心臓出ちゃうからね!?

 それにだ!ララさんの腕力ならまだしも、シエナのは下手したら腕ごと変な方向に持っていかれてしまうので、俺は表現し難い苦しいようで嬉しいうでもある変な気持ちを抑えて二人の間からするりと抜け出した。

「ふぅ……二人共乱暴なんだから……俺はちょっと街に買い出しに行ってきますからね!」

 そう言って逃げるように、街に繰り出した。
 まったく……童貞の心を弄びおって!

 その後は復興途中の市街地をぶらつき、長旅に使えそうな雑貨や携行食料にキャンプ用品なんかを買い揃えながら時間を潰し、夕飯も一人で済ませて日の暮れてだいぶ経った頃に王城に戻った。

「あ、シリウス!何がちょっと買い出しに、よ!こんな遅くなるなら言いなさいよ!」

「えぇ……だってそう言ったらシエナついてくるでしょ?」

「な……なによ!?まさか……本当についてこられちゃまずいところにでも行ってたの?」

 なんだろう……?シエナが急に顔を真赤にしてモジモジしはじめた。そしてその後ろでララさんが声を殺して肩で笑っている。

 ………まさか?ついてこられちゃまずい?
 
「お、お、おい!シエナ!落ち着け!俺は断じてそんない、い、いかがわしい所には行ってないからな!」

「……私……べつに、いかがわしい所なんて言ってないのに……やっぱりララの言ったとおりなのね!シリウスのスケベ!変態!」

 しまった、これは完全に嵌められてしまった。

 そしてララさんは既に声を押さえられないほどにヒクつきながら辛うじて爆笑するのをこらえている。

「ちょ、ちょっとララさん!賢者ともあろう人がこんな事に知恵の無駄遣いしないでくださいよ!」

「プクク…アハハハ!だって二人とも反応が超面白いんだもん!これはさっき失礼なことを考えた罰ってことにしといてあげるわ!……ププッ、クククッ、アハハハハ」

 そしてララさんは思い出し笑いをこらえながら(こらえられてないけど)、城に用意された自室に向かって行ってしまった。

 シエナはまだ顔を真赤にしてこちらをじっと見ている。

「本当に……そういうとこには行ってないのね?」

「だから、行ってないってば」

「わ、分かったわ!今回はララに乗せられたっぽいから信じるわ!まぁだいたいシリウスはそういうときヘタレだもんね!」

 そしてララも走って何処かへ行ってしまった……それにしてもシエナにまでヘタレと思われているとは……

 そしてこの日は荷物の積み込みと広間に停めたエストレーラの点検をして俺もさっさと寝ることにした。


---翌朝---

 みんなで朝食済ませ、俺たちがいよいよエストレーラに乗り込もうかというところで、カストル国王にアルフレドさん、そしてララさんが見送りに来た。

「シリウス、それからシエナ殿……此度のことは本当に感謝している」

 カストル国王が俺たちに頭を下げた。

「いえいえ、お役に立てて良かったです。」

「うむ。そ、それからシリウス、例の約束を忘れてはおらんだろうな?」

「ジルさんのとこに連れていくってやつですよね?大丈夫です、ちゃんと覚えてますよ」

「そ、そうか……であればよいのだ」

 国王、もしかして国のお礼よりそっちの方が気になってた?

「シリウス君、シエナちゃん、家の修繕もありがとうのぅ。もうすぐ住めるようになりそうじゃ。家が直ったらまたいつでも顔を出しに来るといい」

「はい!またお邪魔しにきます!」

 アルフレドさんが最近ほんとに親戚のおじいちゃんみたいに思えてきた件……いや、距離感も近くなっていいことなんだけどね!

「シエナちゃん、押してもダメな時は引くのよ!そして引きながら押すのよ!」

 そして最後、ララさんのよく分からない言葉になぜか真面目な表情で頷くシエナ。

「じゃぁ皆さん、お世話になりました!また時々来ますので、お元気で!」
「じゃぁね~!」


 そして俺とシエナは王都を出立した。

 ブルドー公爵領に向かうルートは2通り。街道に沿って大きく迂回するルートがまず一つ。もう一つが密林地帯を抜けるルート(というか単純に直線移動)なんだけど……

 夕日も沈みかけ空が暗くなり始めた頃、俺たちは見事に深い森の中で遭難していた。

「シリウス、これ絶対迷ってるよね?」

「い、いや、大丈夫だって!多分!アハハハハ……」

「も~!シリウスのばか!」

「なっ!シエナだってどっちがいいか言わなかっただろ!」

「フンだ!私は早く着く方って言いましたー!」

 俺たちはケンカしながら薄暗い森の中を先もわからず迷走していた。

 ---数時間前---

「シエナ、どっちから行く?」

「んー、早く海に着く方」

 王都を出てからシエナはこれしか言わないので何の相談相手にもならない……

 じゃぁまぁせっかくだしオフロード走行のテストも兼ねて密林地帯とやらを抜けてみるか、ってことで街道を抜けて正面の森に突っ込んだのが全ての間違いだった。

 ---そして現在---

 最初は比較的真っ直ぐ進めたのがまずかった。入り口の時点でもっと入り組んだルートを通ることになっていれば、先には進めないかもしれないと思って引き返す手もあっただろう……
 森の中はおもったより陽の光が入らず、真っすぐ進んでいたつもりだったけど、木を避けたりしているうちに少しずつ方向がずれていってたようで、今となっては自分たちがどのあたりにいるのかもよくわからない。

「しょうが無い。今日は車の中で寝て、明日朝になったらタイヤの跡を辿って引き返そう」

「仕方ないなぁ……そうね………ってシリウスあれ見て!」

 シエナは窓の向こうを指差した。

「何だよ急に……ってあれは!」

 少し先に明かりがいくつも灯っているのが見えた。さっきまで気づかなかったのが不思議だけど……あれは人為的な明かりに違いない。

「行ってみよう!」

 俺は急ハンドルをきって方向を90度変え、明かりの方にエストレーラを走らせた。

◇◆◇◆◇

 少女は村を出て日課の野草集めに出かけていた。

 野草集めといっても、そもそも村が深い森の中にあるので、野草なんかそこらじゅうに生い茂っている。ただ、この日は薬の調合に使う特殊なキノコを探さなくてはならなかったのでいつもよりかなり遠出をしていた。
 
「はぁ……なかなか見つからないなぁ……」

 少女が途方にくれていたその時、少女のもとに小さな小鳥が1羽とんできた。

「あら、こんにちは!そんなに急いでどうしたの?………え?森に大きな岩が?……ゴロゴロ転がりながら森の奥まで進んできてる?」

 少女には小鳥の言葉が分かったが、言葉が分かってもなにが起こっているのかさっぱり分からなかった。

「今の中に人が2人?……人がいるのね?まぁ大変!」

 少女はキノコ探しを中断し、何やら魔法を放つと大急ぎで村に戻った。

 村にたどり着くと、少女は村長のもとに駆け込み小鳥の言葉をそのまま伝えた。

「大婆様……念のためにすぐに惑わせの術を放っておきました。ですが、人払いの結界も張っておいたほうがいいと思います。岩に乗って森に入ってくる人間なんて普通じゃないわ」

「なんと……こんなところに人がやってくるなんて珍しいこともあったものだ。まぁ見つかると厄介じゃし……ソニアよ、結界を張るよう皆に伝えとくれ」 

「はい、大婆様!」

 そして少女は村の広場へと駆けていった。そして、その日の夕暮れ時、ついに岩が村の近くまでやってきたとの知らせを受け、皆が一丸となって村全体を覆うような幾つもの結界を発動させた。

 見えなくなる結界、木々が生い茂っているように幻覚を見せる結界、物理的に侵入を阻む結界、数十人の村人がほとんど総出で結界を維持していた。

 「岩」と小鳥の呼んだソレは確かに見たことのないような大きな岩の塊にも見えたが、少女も含めて村人たちの目にはソレが何かの乗り物であることが容易に見て取れた。村人たちは得体の知れないその乗り物と、そんなものに乗っている得体の知れない人間に自然と警戒心が強くなった。

 ソレはしばらく村の近くを行ったり来たりしていた。皆が、そのままどこかへ去ってくれと祈ったが、日も沈んだ頃に突如、こちらに向かってソレが突っ込んできた。

「侵入させるな、最後の結界に全員で力を集めろ!」

 しかし、対物結界はまるで薄いガラスでも割られるようにパリンと音を立てて割れ、そのまま消滅してしまった。

 そして大きな「岩」が村の広間のど真ん中に停まった。

◇◆◇◆◇

 明かりの漏れている方をよく見ると、木々が透けていたり、ぼやけていたりする。

「きっと、何かの幻術か…結界なんだ」

 俺はエストレーラを強めのエアバリアで覆い、前を塞ぐ木々をなぎ倒しながら一直線に突き進んだ。

 途中でなにかの割れる音がしたと思ったら、急に景色が変わって目の前に集落が現れた。

「わぁ!」

 シエナもこれには驚いて目を丸くしている。

 集落の中央ではたくさんの人が集まってこちらを注視していた。

 結界まで破ってお邪魔しちゃったわけだし、挨拶しないわけにもいかないよね?ということで俺は、村人たちに挨拶をしようと、彼らの前にエストレーラを停車させた。


  
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