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第2章 ハズール内乱編

第30話 カストル・ハズーリウス

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 --- オスカー大公爵邸 ---

「セルジオ殿……昨日の兵士は実に素晴らしかったですよ、また是非元気の良いのを頼みますね」

 グレムは食料を搬入しにやってきたセルジオにそっと耳打ちした。

「え、えぇ……しかし、これまでにもかなりの数を拉致して来ていますが……兵隊なんか捕まえて一体何を……?」

「フフフ……国王軍の情報を色々と吐かせているのですよ」

「は、はぁ……」

 セルジオは決してグレムの説明に納得がいったわけではなかったが、直感的にこれ以上はやぶ蛇になりかねないと判断し質問をやめた。

「で、ではまた明日参ります」

「ええ、よろしく頼みますよ」

 そして逃げるようにして荷を降ろしに屋敷の奥の倉庫へと向かった。

「まったく……使い捨ての駒の分際で……」

 グレムはボソリとつぶやくと、日課の散歩(見回り)に出かけようと屋敷の外に出た。

 扉を開けて外に数歩進み出したところで、遠くから向けられている鋭い視線を感じた。

(この視線は……ただものではありませんね!?)

 グレムはすぐさま視線の元に振り向いたが、そこには誰の姿もなかった。屋敷を出てその場所まで向かったが、特に何かの痕跡もない。

(気のせいだった……?いや、そんなはずはない。だとすると私の正体がバレた?)

 グレムは近くにいた衛兵に声をかけた。

「兵隊さん、先程までこのあたりに誰かいませんでしたか?」

「え?あぁ……若い男がいましたが、見るからに田舎者って感じで周りをキョロキョロと見渡してましたよ?」

「その男性はどっちに行きました?」

「いや、それが気がついたらいなくなってたんですよね……」

 グレムは内心で使えぬ衛兵に舌打ちをしたが、もちろん表には出さず会釈をすると見回りに戻った。

◇◆◇◆◇

 俺は大公爵邸の前から姿を消すと、敢えて色々なところを経由しながら、最後に完全に気配を絶ってアルフレドさんの屋敷に戻った。

「ただいま戻りま…おわっ!?」

 扉を開けるなりシエナが俺に飛びついてきた。

「シリウス、大丈夫!?怪我は無い!?」
「え?あ、あ、うん!」

 ケガはないけど、動機が激しくなったよ……

 まったく……年頃の女の子なんだからそんなにくっついちゃだめだっての!

 そして俺の帰宅に気づいたララさんとアルフレドさんが奥の部屋から姿を表した。

「あらあら、二人はもうそういう関係なのぉ?」

 ララさんはイタズラっぽい笑みを浮かべて俺たちを見ている。

「ちょ!?ち、ち、ち違いますよ!これはご、ご、ご、誤解です!」

「ふ~ん……」

 俺はなんとかシエナを引き剥がした。
 
「ぶー……」

 シエナはつまらなそうに頬を膨らませている。

 しかし、遊んでいる場合ではない。俺はアルフレドさんたちにさっき目にしたことを伝えなければならない。俺は3人に事情を話すことを伝え、客間に移動した。

 広い客間を完全に人払いし、俺たち4人だけがヒソヒソと話せる距離に顔を近づけて集まっていた。

「シリウス、どうだったの?」

「……魔族がいた。危うく見つかるところだったけど、なんとか巻くことが出来た」

「むむ………」
「やっぱり……」

 アルフレドさんとララさんもある程度想定していたらしいが、嫌な意味で予想が的中してしまったことにやはり驚きをあらわにしている。

「シリウス君……先ほどの口ぶりじゃとその魔族に感付かれた可能性があるということになるかの?」

「はい。可能性、ではなくまず間違いなく感付かれました」

「そうか……そうすると、すぐにでも強硬手段に出るやもしれんのう……」

 そう呟くとアルフレドさんはしばらく黙り込んで何かを考えていた。
 客間はしばらくの間深い沈黙に包まれた。

「ふむ……今が「その時」かのう……シリウス君、シエナちゃん、ワシと一緒に王城に来てくれんか」

「え?王城ってあの大きいお城のこと?」

「そうじゃ、国王カストル・ハズーリウスとは古い付き合いでの。今回の一件、魔族が関わっておるとあっては国を揺るがす非常事態じゃ。ワシとしてもカストルに話さん訳にはいかん」

 アルフレドさんは、俺たちを王城に連れて行きたくなかったのだろうか?もしかすると、俺たちのことが知られて自由に振る舞えなくなることを懸念してくれている?しかし、王都の危機とあってはそうも言ってられないだろう。その辺の交渉は、直接俺がすればいっか。

「まぁ……そうですよね、分かりました。シエナ、くれぐれも国王様に失礼のないようにね?」

「キーーッ!私はいつだってそんなことしないよ!」

「まぁ、そんなに固くならんでも良い。あやつもそういうことは気にせん男じゃ。それからララ、お主はここに残り、ヘラルドを見ておるのじゃ」

「はーい」

 そして俺とシエナはアルフレドさんに続いて、王城へと向かった。

◇◆◇◆◇

 グレムは衛兵たちの目撃証言を元に、鑑定をフル稼働させながら15、6の青年に絞って先刻の視線の主を探していた。

 しかし、もちろん青年は見つからなかったし、目撃証言に従って動いたルートはめちゃくちゃで、最終的には無数の人の行き交う大通りで足取りは途絶えてしまった。

(これは……完全に尾行対策ですね。そうすると益々私の正体を知られたと思ったほうが良い……)

「ククク……面白くなってきましたね」

 そしてグレムは大公邸へと引き返した。

◇◆◇◆◇

 俺たちはアルフレドさんに続いて王城へやってきたわけだけど……

「おぉぉ!」
「おっきぃ!」

 俺もシエナも驚きの声がだだ漏れだ。当然、村にこんな巨大建造物はないし、前世で海外に行ったことなんかないからこんな洋風な城の実物にお目にかかったのは初めてだ。

 本来なら王城の入り口の跳ね橋を渡ったところで衛兵に泊められるんだろうけど、アルフレドさんの顔パスで何も言われず通過することが出来た。

 俺たちは更に奥に進み、ついに王城の内部に通され、豪華な広間にて国王の到着を待つことになった。

 ---待つこと数分---

「国王陛下のご到着です!」

 扉の前の衛兵のよく通る声で、国王の到着が知らされ、俺達の前にアルフレドさんと同じくらい年配の男性が姿を表し、玉座に腰を下ろした。

「アルフレド……お前が珍しくもここへ来たと言うから私も急いでやってきたが……一体何の用だ?」 

「カストル……今日は主に大事な話があってのう。ワシが昔、主に言うたことを覚えておるかの?」

 国王はアルフレドさんの問いかけに対し、その答えを考え込むようにしばらく黙っていた。

「例の「御方」と言うやつだったか?」

「うむ、半分正解じゃ。ではまずそちらから話そうかのう」

 そしてアルフレドさんは9年前の出来事をカストル国王に話して聞かせた。

「そのとき、ジーフ山で魔族を倒したのがこの二人じゃ」

「アルフレド……冗談だろう?二人は見たところまだ10代そこそこ、それが9年も前となればまだただの子供だぞ?」

 国王の口ぶりからは、アルフレドの話が到底信じられないという強い困惑が感じられた。

「まぁ、その当時はワシもそう思ったものよ」
 
「そうか……」

 そして、アルフレドの言葉と同時に国王の姿が玉座から消えた。そして次の瞬間には腰の剣を抜いて俺の眼前に迫っていた。

 速い……が、今の俺なら目で追える動きだ。俺は躊躇なく突き出された剣をかわすと、国王を上回る速さで国王の腰から剣の鞘を抜き取り剣戟の合間を縫ってその鞘を国王の剣にかぶせて見せた。

 カチンッ

 国王の剣が見事に鞘に収まった時、やっと国王は手を止めた。その光景を呆然と眺めていた衛兵たちもやっと思考が追いついたのか一斉にざわつき始めた。確かに国王の動きは70近い老人とは思えないほど、いやおそらく年に関係なく並の人間には目で追えないほど速かったはずだから皆が驚くのも無理はない。

「ほう……フッ、フハハハ!国王を前に膝もつかん無礼者に礼儀を教えてやろうと思うたが……これは見事!小僧お前は本当に人間か?」

 抜いた剣を鞘に戻すなんてことをしちゃったもんだから、てっきり激昂するかと思ったけど、意に反して国王は上機嫌なご様子だ。 

「はい、僕は人間ですよ?」

「僕「は」だと?」

 国王は訝しむような目で俺のことを見た。

「カストル、残念じゃが膝をつくのはお主の方じゃ」

 そこへアルフレドさんが割って入ってきた。

「私の方?どういうことだ?」

「そこの少女、名をシエナスティアというが、彼女こそ霊峰ジーフ山の山頂におわす龍族の娘、つまり彼女も龍族じゃ」

「な………なん、だと……」

 カストルは顔を真っ青にし、シエナを見やった。

「陛下、膝なんて着く必要ありませんからね??シエナはうちの居候ですし」

「居候じゃなくて家族だってローラさん言ってたもん!」

「い、いやしかし……」

 国王がシエナに本当に膝をついて非礼を詫びようとしたところを俺はなんとか静止することが出来た。

「国王がこんなところで膝をついてはいけません!それにシエナも別になんとも思ってないですから。ね、シエナ?」

「うん!そういう堅苦しいの嫌い!」

 シエナの許可も出たことで、カストル陛下はやっと膝をつくのを諦めたようでゆっくりと玉座に戻っていった。

「なんじゃ、お主が膝をつくところが見られると思ったのにのう」

「アルフレド、あまりからかうな……ところで、その二人がただものでないことは分かった。だが、それだけだとまだ「半分」なのだろう?」

 国王は最初のアルフレドの言い回しから、まだ話の続きがあることをちゃんと理解していた。

「うむ。今回はどちらかと言うとこちらが本題なわけじゃが……国の存亡に関わる危機じゃ」

 アルフレドの言葉に、国王の表情が一気に険しいものになった。

「続けろ……」

「うむ……このシリウスくんにはかなり優秀な鑑定眼があっての。例の大公爵の屋敷を今朝偵察しに行っとったんじゃが……」

 そこまで言ってアルフレドさんは俺に視線を送ってきた。肝心なところは俺が自分の口で話すべきだ、ということだろう。

「シリウス……と言ったか?何を見た?」

「魔族です」

 俺は言葉を選んだりせず、そのままの情報を伝えた。国王はピクリと眉を動かしただけで、なんとか表情を崩さずに保ったが、周りの側近や衛兵たちには動揺が走った。

「魔族……信じてよいのだな?」

「えぇ、そしてこちらに気づかれてはいませんが、魔族は自分の正体を見破られたことには気づいたと思われます」

 広間の動揺は更に大きなものとなった。

「なるほど……そうすると、大公爵は魔族の手引があってこれまで裏でコソコソやっておったわけか」

 国王は魔族の存在で逆に何かの合点が行ったように呟いた。

「そして、それが隠しきれんとわかった今、奴らは強硬手段に出るであろうの」

 アルフレドさんが話を続けた。

「ふむ……して、シリウス。その魔族の強さは?」

「おそらく、国王軍で束になっても勝てないでしょう」

「そうか……ではお前ならどうだ?」

「………勝てると思います」

 俺がそう答えると広間が再びどよめいた。

「そうか……では国王カストル・ハズーリウスの名においてお主に魔族の討伐を請う。報奨は好きなものを用意させよう」

 俺は横に立つシエナをちらりと見た。シエナも俺と同じことを考えていたようでコクリと頷く。

「陛下、報奨に金品はいりません。俺とシエナがほしいのはただ一つ『自由』です。力を示して魔族を倒したとしても、この先俺たちに干渉せず、自由にやらせてくれる、その約束がいただきたく存じます」

 俺は国王を正面に見据えて力強く条件を提示した。これをのんでもらえなければ、俺は王都を出ていくつもりだ。

「………良かろう。お前たちが王国の民に害をなさぬ限り、お前たちの行動の自由を保証してやる」

 やった!交渉の成功に俺が一瞬浮足立ったその時、王都から幾つもの爆発音が轟いた。

「む……やはりやつら強硬策に出たか」

 アルフレドさんはこれがおそらく大公派の仕業だと断定しているようだ。そしてそれを裏付けるように、広間に兵士が一人駆け込んできた。

「も、申し上げます!オスカー大公爵の謀反にございます!現在、城下はいたるところで火災が発生、民衆はパニックに陥っております!」

「では陛下、約束をお忘れなく!シエナはここで国王陛下とアルフレドさんを守っててあげて!」

「分かった!」

 そして俺はあちこちから煙と炎の上がる城下に向かって一人駆け出したのだった。
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