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第2章 ハズール内乱編

第27話 オスカー・シュトルンツ

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 彼は生まれながらにすべてを手にしていた。金も、地位も、名誉も。大公爵家という家柄はそれほどに強大であった。

 そして彼自身もまた世間一般の庶子から比べると遥かに優秀と呼べる才を持っていた。
 学問においては主席、剣術においては師範を唸らせるほどの腕前で、彼の取り巻きたちはことあるごとにオスカーを持ち上げた。

 いつしか彼は自分こそが最も優れた人間だと信じて疑わなくなった。

 しかしその後、彼がその絶対的な自信を打ち砕かれる出来事が起こった。

 オスカーは父マルクス大公爵とともに王城に来ていた。この日はオスカーの元服を国王に報告することになっていた。大公爵という家柄もあり、王家とは長く親交があったが、この日までオスカーは国王に拝謁したことはなかった。

「ふん、国王などと偉そうに言っても所詮はただの飾り物であろう、適当に機嫌をとって早々に帰るとするか……」

 このときのオスカーは国王カストル・ハズーリウスのことなど何も知らなかったし興味も無かった。

…………
………
……


 マルクスとともに謁見の間で国王を待つオスカー、そこに衛兵の声が響いた。

「国王カストル・ハズーリウス陛下のご入場です!」

 重厚な扉の開かれる音とともに、国王とその側近が広間に入場した。

 やがてカストルは玉座に腰を下ろし、側近の進行で儀式が始まった。

「二人とも面を上げよ」

 カストルの言葉でオスカーは父とともに頭を上げ、国王カストルと初めての対面を果たした。

「はっ…!」

 父マルクスが淡々と挨拶を述べはじめたが、オスカーは父の挨拶など何一つ耳に入らなかった。

 このとき彼は、カストルの放つ王としての覇気、そして武人としても自分より遥か高みにいるであろう男の威圧感に、呼吸も忘れるほどの衝撃を受けていた。認めたくはなかったが、オスカーはこの時、自分はカストルには決して及ばないと悟ってしまった。

「………おい!おい、オスカー!何を呆けておるのだ、早く陛下にご挨拶せぬか」

 隣の父に強引に心を引き戻されたオスカーは、大きく取り乱すようなこともなく流麗に口上を述べた。

(このまま醜態を晒して帰れるものか……必ずや私の優秀さをこの男に知らしめてやるのだ)

「……であるからして、いずれは私が父の跡を引き継ぎ、しっかりと民を支配して行く所存にございますれば……」

「……そうか、もうよい」

 終始つまらなそうにオスカーの口上を聞いていたカストルはそれだけ言うと、早々に席を立った。

「なっ……」

 それはまるで、自分になど大して興味もわかぬと暗に言われているようで、オスカーの自尊心は大きく傷つけられた。
 そしてカストルは、広間を出る間際に更にオスカーに付け加えた。これがオスカーにとって致命的な一撃となった。

「俗物が野心を持つことを止めはせん。しかし、国は民のためにあることをゆめゆめ忘れるな」

「………」

 オスカーはその場に俯いたまま、しばらく立ち上がることができなかった。「俗物」などと、これまでで最上級の侮辱の言葉を浴びせられた怒りに打ち震え、真っ赤になったこんな顔を誰にも見られるわけにはいかなかった。


 帰宅後、オスカーは父マルクスにこっぴどく叱られた。

「ばかもの!今日のお前はいったいどうしたというのだ!?陛下の御前で呆けるなど、失礼にも程が有るぞ!それからあの口上は何だ?貴様は陛下の平和主義のお考えに真っ向から異を唱えるつもりか?」

 しかし彼には父の叱責などまったくこたえていなかった。彼の心のなかには、自尊心を傷つけられた怒りと、苛立ちだけがドロドロと渦巻いていた。

 部屋に戻るとオスカーは辺りのものにあたり散らした。そして、この日一日押さえ込んでいた、心の底から際限なく溢れ出る真っ黒な感情を一気に爆発させた。

「ふざけるな!どいつもこいつも……私を低く見おって……この私が……私こそが至高の存在であるべきなのだ!それを……それを、うがぁぁぁぁぁ!!!」

 しかしその時、彼は不意に何者かの気配を感じピタリと動きを止めた。彼は振り返ることなく、後ろにいるであろう何者かに語りかけた。

「父上ではないな……誰だ?私の部屋に無断で上がり込む無礼、ただではすまんぞ?」

「……ククッ……クククククッ……クハハハハハ!」

 後ろの何者かは不気味なほど甲高い声で笑った。オスカーはその声で、この侵入者が屋敷のものではないことを悟ると腰の剣を抜いて振り返った。

「な、何者だ!?……な、なんだ貴様は!」

 振り向いたオスカーの眼前には人ならざるものの姿があった。頭には2本の角、目は獣のよう……鼻も口も耳も、それは人間のものではなかった。

「クハハハハ!いやぁあのような負の感情は久しぶりに味わいました!中々の甘美!」

 オスカーは目の前の存在のあまりの異常さに言葉を失っていた。 

「私が誰かと聞きましたね?良いでしょう、あなたの心の闇の味に免じて教えてさしあげましょう。我が名はグレム、魔族です」

「あ、魔族……だと?」

 魔族、と聞いてオスカーは動揺を隠せなかった。魔族に関する書物は何冊か読んだことがあるが、そのいずれにも魔族が1匹現れることで破滅的な被害が出ると書かれてあった。言うならば、魔族とは大災害。それが自分の眼前に立っていたのである。

「そ、そんなものが一体こんなところに何の用だというのだ?」

「クククッ……そう身構えなくても結構ですよ。私は貴方の力になりに来たのですから……」

 グレムと名乗った魔族は下卑た笑みを浮かべると、ことわりもなくソファの上座に腰を下ろした。

「さて、見たところ貴方は人族の中ではとても優れた人間のように見えますが……」

 オスカーは魔族に恐怖を感じていたが、自分の事をそのように高く評価されて悪い気はしなかった。それどころか、自分のことを軽んじる父マルクスや国王カストルなどよりよほどこの魔族のほうが自分の事を理解してくれているとさえ思った。

 実はその時既にグレムの魅了に嵌りつつあったとも知らず……

「魔族グレムよ……そなたにはこの私の事がよく分かっているようだ……父や国王などよりも遥かによく……」

 それまで感じていた恐怖はいつの間にか薄らぎ、気持ちがどんどん高まっていくのを感じた。日中に傷つけられた自尊心が倍速で回復した。そして再び湧き上がった心の中の暗黒を、はばかることなくグレムにぶちまけた。

「現在のこの国の在り方は間違っているのだ!平和?平等?そんな甘いことを言って民を支配できると思うか?何が民のために国は在る、だ!寝言を言うな!国のために民がおるのだ!民を殺さぬ加減で絞り続け、力ある我らが潤う構図こそ国だ!」

「まさにその通り!この世界は、いつだって支配するかされるかの二択なのです!オスカー……あなたの父親も、この国の国王も、あなたとはとても釣り合わぬ凡愚のようです」

「おぉ、魔族グレム!そなたもそう思うか!」

「えぇ、もちろん!……オスカー、こういうことはあまり口にしたくはありませんが……」

「何だ?」

「……では遠慮なく……私には、そのような愚者が国を統治するなどとても理解が出来ません……この国は、いや世界は、オスカー…あなたのように優秀な人間が統治することが望ましい……」

 グレムは残念そうに顔をしかめた。

「それが叶うものなら私だって……しかし……父に私の主張など理解できるはずもない」

 オスカーは心底悔しそうに奥歯をぎりぎりと噛み締めた。

「なんと!なんと不憫な!……オスカー、あなたが本気で望むなら、私はあなたに力を貸しましょう。王なる愚物を倒し、この国を掌握し、そして世界を手に入れる力を!」

 いくらオスカーが自尊心の塊のような男であったとしても、普段であればこのような見え透いた悪魔の誘いに乗ることはなかった。

 しかし、この時すでにオスカーは自分が新たな国王となり、圧倒的な力で世界を掌握する妄想に取り憑かれてしまっていた。

「フフフ……フハハハハハ……!それは良い!グレムよ、私に力を貸してくれるか?」

「ククッ……えぇ喜んで……」

 そしてオスカーは魔族グレムと血の契約を交わした。

 それから1月も立たぬうちに父マルクスは病に蝕まれ、間もなく帰らぬ人となった。父マルクスの死をもって、オスカーは正式に大公爵家の跡取りとして家督を継ぐことになったのであった。

 オスカーが家督を継ぐことになったその日……彼の私室で二人は野望が一歩前進した喜びを分かち合っていた。

「フハハハハ!グレムよ、これで私を阻むものは国王カストルだけとなったぞ!あとは準備に時間をかけ、カストルより多くの貴族を味方に引き込み、その後一気にこの国を奪い取ってくれる」

「ククククッ……クククククッ……素晴らしい!これからも応援していますよ。おっと、そうでした。オスカー、これは私からのささやかなプレゼントです」

 グレムは懐からきらびやかに装飾の施された1本の短剣を取り出した。そして人の形に姿を変えると仰々しくオスカーに跪いてみせた。

「私はこの姿でしばらくあなたを見守りましょう。どうか私に数多の民草の絶望を堪能させてください」

「まかせておけ!フフフ……フハハハハハ!!」

 そしてグレムは大公爵家の執事としてその後、長きに渡ってオスカーの側に在りつづけた。

 オスカーはこの先何十年もの間、少しずつ少しずつ味方の勢力を拡大し、武力を溜め込んで大願成就のその時を待った。
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