上 下
51 / 63

第51話 モールには色々なものが売っている

しおりを挟む
 翌日、唯斗ゆいと天音あまねと一緒にショッピングモールに来ていた。理由はもちろん海に行く準備をするためだ。
 日焼け止めやレジャーシートを買い、次は水着を探しに行こうと歩いていると、天音が何かを見つけて足を止める。

「お兄ちゃん、あれ……」

 何かと思い唯斗が振り向くと、とある店の棚を眺めながら首を傾げている花音かのんの姿があった。
 天音が「師匠!」と呼びながら駆け寄っていくので、唯斗も仕方なく追いかけることにする。

「カノちゃん師匠!」
「ふぇっ?! あ、天音ちゃん? それに唯斗さんも……」

 花音は驚いたような顔をするも、飛びついてきた天音をしっかりと受け止め、唯斗にもぺこりと頭を下げてくれた。

「こんなところで何してるの?」
「水着を買いに来たんです!」
「へぇ、こんなところにも売って……」

 唯斗はどんなものが置いてあるのかを見ようと視線を棚へ移すと、反射的に天音の目を手で塞いだ。

「花音、ここに売ってるのは水着じゃないよ?」
「ち、違うんですか?!」
「うん。ていうか、売ってるもの見ればわかると思うけど」

 確かにパッと見水着に見えなくもないけれど、花音が見ていた棚に並んでいるものには、どれもビキ〇アーマーと書かれた札がついていた。
 いわゆる肌の露出面積を最大限まで追求した結果、防具としての意味を失った鎧である。
 このお店、水着専門店ではなくてコスプレ用ビキニ〇ーマー専門店だったのだ。こんなにもマニアックで大人チックなものを、可愛い妹に見せるわけにはいかない。

「び、ビキニ専門店だと思ってましたぁ……」
「花音って意外と大胆なんだね」
「ち、違います!風花ちゃんにそろそろ背伸びしていいと思うよって言われたんですよぉ……」
「もう高校生だもんね」
「はいです!」

 もう高校生、されどまだ高校生。花音のようなタイプには、大人の階段を上るのは少し早いだろう。唯斗にはもう少し夢を見る時間があってもいいと思えた。

「でも、花音にはまだ早いんじゃないかな。ビキ〇アーマーは」
「早く瑞希ちゃんみたいに、ビキニ〇ーマーの似合う大人になりたいです!」
「似合うかどうかは知らないけどね」

 「じゃあ、水着専門店に行こうか」と歩き出す唯斗に、花音は元気よく頷いて着いてくる。
 目を塞がれたまま歩いていた天音は、そんな二人の会話を聞いて思わず首を傾げたのだった。

「どうして誰もつっこまないんだろう」

 彼女にはどうしても理解できなかったのだ。ビキニ〇ーマーなんて物を売る専門店が、デパートの一角に存在するという現実を。

======================================

「あっちを見てくるから、天音を頼める?」
「わかりました!」

 妹を花音に預け、唯斗は店の左側の男物の水着が置いてあるエリアへと向かった。
 ずらりと並ぶものを適当に見ていったところ、半ズボンたけのものが多いらしい。動きやすそうだし、柄にもこだわらないからすぐに決まった。
 天音たちはまだ気に入るものが見つからないらしい。「これはどうですか?」「うーん、少し派手かも……」と、ありがたいことに花音が世話を焼いてくれている。

「お兄さん、あそこの2人は連れ?」

 店中央の丸いイスに腰かけてウトウトしていると、突然話しかけられた。声のするほうを振り向いてみると、チャラい男がこちらを見ているではないか。
 これは関わっちゃいけないタイプだ。唯斗はそう察すると、「すぅ……すぅ……」と必殺寝たフリを発動した。

「ちょいちょい! お兄さん、無視は酷くなーい?」
「……どなたですか」
「店員店員! 暇そうにしてるから、コミュニケーション取ろうと思ったわけよ!」
「そうですか」

 まあ、確かに暇ではある。どうせこんな場所で寝るわけにもいかないし、異文化交流でもしておこうかな。やばい人だったら逃げよう。

「それで、何か用ですか?」
「あそこの2人、カワウィーね! 彼女さんとか?」
「いや、妹とクラスメイトです」
「へえー! 水着を買うってことは、みんなでお出かけっすか?」
「まあ、そうです」

 やたら距離が近いからか、話していると体力が吸い取られていく気がする。この店員、ドレインの使い手なのかもしれない。

「青春っすねー! そんなお兄さんにおすすめの水着があるんだけど……」
「あ、いいです。もうこれに決めたので」
「そんな地味なのじゃだめっしょ! 夏だからもっと……」
「地味だからいいんですよ。海だって仕方なく行くんですし」
「仕方なく?」

 チャラ店員は唯斗の隣に腰かけると、「お兄さんって、教室の隅で本読むタイプすか?」と聞いてくる。

「本は読まないけど、陽の光のまどろみに浸ってますよ」
「おお……昔の俺と同じだ……」
「同じ? 店員さんもぼっちだったんですか?」
「いや、友達はいたっすけど地味なタイプで、大学からこんな感じになったんすよ」

 店員はどこか寂しげな目をすると、小さくため息をついた。唯斗は何だか居心地が悪かったものの、天音たちが戻ってこないから立ち去ることも出来ない。

「高校時代とは一転して、パリピな友達が出来たっす。でも、その代わり地味仲間だった友達はみんな……」
「……」
「後悔してるわけじゃないんすよ。ただ、地味だった日々の方が、自分に合ってたかもと思うと、少し惜しい気もするっす」
「へぇー」

 チャラチャラ店員はイスから立ち上がると、唯斗の肩にポンと手を置く。そして「今を大事にするっすよ!」と笑うと、店の奥へと戻って行った。
 結局、あの人は何のために話しかけてきたのだろう。商品のおすすめにしては押しが弱かったけど……。

「お待たせしました!」
「お兄ちゃん、お待たせ!」

 唯斗はようやく戻ってきた天音から水着を受け取ろうとするが、彼女は「私が会計する!」と持っていたものをサッと背中に隠しながら言った。
 隣にいる花音も同じように水着を隠している。どうやら、どんなものを買うのか見られたくないらしい。

「わかったよ、じゃあまとめて行ってきて」
「はーい! 師匠、行こ!」

 唯斗の手から財布を受け取った天音は、花音の手を引いて走っていく。その背中を見送りながら、彼はポツリと独り言をこぼした。

「背中に隠してるのに背中を見せたら意味ないよ」

 ……うん。お兄ちゃんは何も見てないし、何にも気付かなかった。そういうことにしておこうかな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...