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第5話 ありがとうは均等に
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「……」
「……」
隣から椅子を引く音が聞こえてきた。授業開始五分前、唯斗の隣の席の住人である夕奈がやってきたのだ。
唯斗は机に伏せたまま、視線だけをちらりとそちらへ向ける。どうやら今日は話しかけて来ないらしい。
いつもなら静かでいいやなんて思うところだが、今日ばかりは彼もガッカリした。なぜなら、話しかけなければならない理由があったから。
「……あれ、名前なんだっけ」
「お? 私のことかな? めずらしいね、そっちから話しかけてくるなんて」
口からこぼれた独り言を、夕奈が拾ってくれたおかげで助かった。彼女が「夕奈だよ」と自己紹介すると、「あれ、アヤコだと思ってた」と唯斗は首を捻る。
「アヤコは向こうの席の子……というか、前にこの席だった子だよ。他の女の子と間違えられるなんてショックだなー」
「ごめん、夕奈だね。覚えてたら覚えとく」
「努力はしようね?」
「後ろ向きに検討する」
「せめて前は向こうよ」
要求が多いなぁ。僕に前向きになれなんて、象に今年の漢字を決めさせるくらい難しいことだよ。
唯斗はそう思いつつも、口に出すのは我慢してカバンから四角い箱を取り出した。
「これ、あげる」
「え、プレゼント?!」
「そんな大層なものじゃないよ」
やたら嬉しそうな顔をする夕奈が「開けていい?」と聞いてくるので、唯斗は「いいよ」と頷いてみせる。そんな期待されても困るよ。
「何かな何かな?……おっ、飴玉?」
「うん、手作りしたやつ。カイロのお礼しようと思って」
「え、別にいいよいいよ! 自分で食べな?」
「アヤ……夕奈のために作ってきたのに?」
「今、間違えそうになったよね? てか、私のため? ついでとかじゃなくて?」
「うん、ついでだったら楽だったんだけどね。だから今日は眠くて……」
夕奈は一瞬、『いや、いつも眠いだろ』と思ったが、色んな方向から箱を眺め始めると、頬をにんまりと緩めながら「へぇ、私のためねぇ……」と呟いた。
「でも、いらないなら返してもらおうかな」
「へっ?! いる! めっちゃいる! 頭回転させたかったから、ちょうど甘いものが欲しいと思ってたんだよね!」
「……そう? それならあげるよ」
「むふふ、ありがと!」
彼女は箱を丁寧に閉じると、自分のカバンの中へとしまう。その様子を見ていた唯斗は「頭回転させないの?」と聞いたが、「もうブンブン回っちゃってるなー♪」と言うので放っておくことにした。
それよりも、彼にはもうひとつやらなきゃいけない事があったから。
「えっと……前沢さん」
「ん? 呼んだ?」
「うん」
唯斗は前の席の前沢さんに声をかけると、カバンから取り出した別の箱を手渡した。予想もしなかった光景に、夕奈は「……ほえ?」とマヌケな声をもらす。
「ノート見せてくれてありがとう。そのお礼」
「別にいいのに。でも、ありがたく貰うね」
「またお願いするかもだけど」
「全然いいよ。人に見せるかもって思ったら、丁寧に書く気になれるからちょうどいいし♪」
「前沢さんは優しいね」
「そんなことないよー?」
前沢さんとの会話を終えた唯斗は、いつも通り席に突っ伏し始める。が、夕奈はすかさずそこで声をかけた。
「あ、あのさ……ついでじゃないって言ってなかったっけ?」
「うん、そうだよ? もともと2人ともに渡すつもりだったから」
「……そっか」
夕奈の中で言葉に表せない感情が渦巻いているのが、彼女自身にもはっきりと分かった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「……」
返事は返ってこなかったものの、夕奈は足を止めることなく早足で教室を出る。そして途中から歩行は走行になり、その勢いのまま空いている女子トイレの個室へと駆け込んだ。
そして、渦巻くそれを吐き出すように、壁に向かって全力で叫んだのだった。
「私だけじゃないのかよぉぉぉぉぉぉっ!」
「……」
隣から椅子を引く音が聞こえてきた。授業開始五分前、唯斗の隣の席の住人である夕奈がやってきたのだ。
唯斗は机に伏せたまま、視線だけをちらりとそちらへ向ける。どうやら今日は話しかけて来ないらしい。
いつもなら静かでいいやなんて思うところだが、今日ばかりは彼もガッカリした。なぜなら、話しかけなければならない理由があったから。
「……あれ、名前なんだっけ」
「お? 私のことかな? めずらしいね、そっちから話しかけてくるなんて」
口からこぼれた独り言を、夕奈が拾ってくれたおかげで助かった。彼女が「夕奈だよ」と自己紹介すると、「あれ、アヤコだと思ってた」と唯斗は首を捻る。
「アヤコは向こうの席の子……というか、前にこの席だった子だよ。他の女の子と間違えられるなんてショックだなー」
「ごめん、夕奈だね。覚えてたら覚えとく」
「努力はしようね?」
「後ろ向きに検討する」
「せめて前は向こうよ」
要求が多いなぁ。僕に前向きになれなんて、象に今年の漢字を決めさせるくらい難しいことだよ。
唯斗はそう思いつつも、口に出すのは我慢してカバンから四角い箱を取り出した。
「これ、あげる」
「え、プレゼント?!」
「そんな大層なものじゃないよ」
やたら嬉しそうな顔をする夕奈が「開けていい?」と聞いてくるので、唯斗は「いいよ」と頷いてみせる。そんな期待されても困るよ。
「何かな何かな?……おっ、飴玉?」
「うん、手作りしたやつ。カイロのお礼しようと思って」
「え、別にいいよいいよ! 自分で食べな?」
「アヤ……夕奈のために作ってきたのに?」
「今、間違えそうになったよね? てか、私のため? ついでとかじゃなくて?」
「うん、ついでだったら楽だったんだけどね。だから今日は眠くて……」
夕奈は一瞬、『いや、いつも眠いだろ』と思ったが、色んな方向から箱を眺め始めると、頬をにんまりと緩めながら「へぇ、私のためねぇ……」と呟いた。
「でも、いらないなら返してもらおうかな」
「へっ?! いる! めっちゃいる! 頭回転させたかったから、ちょうど甘いものが欲しいと思ってたんだよね!」
「……そう? それならあげるよ」
「むふふ、ありがと!」
彼女は箱を丁寧に閉じると、自分のカバンの中へとしまう。その様子を見ていた唯斗は「頭回転させないの?」と聞いたが、「もうブンブン回っちゃってるなー♪」と言うので放っておくことにした。
それよりも、彼にはもうひとつやらなきゃいけない事があったから。
「えっと……前沢さん」
「ん? 呼んだ?」
「うん」
唯斗は前の席の前沢さんに声をかけると、カバンから取り出した別の箱を手渡した。予想もしなかった光景に、夕奈は「……ほえ?」とマヌケな声をもらす。
「ノート見せてくれてありがとう。そのお礼」
「別にいいのに。でも、ありがたく貰うね」
「またお願いするかもだけど」
「全然いいよ。人に見せるかもって思ったら、丁寧に書く気になれるからちょうどいいし♪」
「前沢さんは優しいね」
「そんなことないよー?」
前沢さんとの会話を終えた唯斗は、いつも通り席に突っ伏し始める。が、夕奈はすかさずそこで声をかけた。
「あ、あのさ……ついでじゃないって言ってなかったっけ?」
「うん、そうだよ? もともと2人ともに渡すつもりだったから」
「……そっか」
夕奈の中で言葉に表せない感情が渦巻いているのが、彼女自身にもはっきりと分かった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「……」
返事は返ってこなかったものの、夕奈は足を止めることなく早足で教室を出る。そして途中から歩行は走行になり、その勢いのまま空いている女子トイレの個室へと駆け込んだ。
そして、渦巻くそれを吐き出すように、壁に向かって全力で叫んだのだった。
「私だけじゃないのかよぉぉぉぉぉぉっ!」
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