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第7話 休日だからといって心休まるとは限らない

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 花楓《かえで》の彼氏役を演じ切ってから数日後、5日間の勉学を乗り越えた者でもそうでなくても訪れる幸せの休日《睡眠日》。
 今日は昼まで寝るぞと夢の中で意気込んでいた瑞斗《みずと》だが、そんな至極の時間は突然の来訪者によって終わりを迎えるのであった。

「お兄ちゃん、起きて!」

 勢いよくドアを開けて入ってきたかと思えば、ベッドの側まで駆け寄ってきて布団をべしべしと叩き始める。
 彼女は瑞斗の妹の早苗《さなえ》。運動も勉強もへっぽこなピカピカしていない小学五年生だ。
 ただ、愛嬌だけはいいので、甘えられるとついつい言うことを聞いてあげたくなってしまうのが、兄としての最近の悩みである。

「お兄ちゃん、起きないとこちょこちょするよ?」
「すぅ……すぅ……」
「このお菓子美味しいなー!」
「すぅ……すぅ……」
「……金属バット、物置にあるかな」
「起きたよ。起きたから布団に包まれたお兄ちゃんをどこぞの加藤みたいにするのはやめて」

 瑞斗の睡眠欲はかなり強いが、それでも死の恐怖には抗えないらしい。
 妹の虚言にあっさりと騙されて起きてしまい、「この家、金属バットなんてないよ?」としてやったりの顔を見せつけられた。
 言われてみれば確かに、我が家はスポーツとは無縁の一家。あるのは昔母親が侵入した泥棒のお尻をかっ飛ばしたという伝説の麺棒くらいだろう。
 あれで殴られても、布団をめくった時に見えるのは、サイ〇イマンにやられたヤム〇ャのように倒れている彼の姿に違いないが。

「おはよう、お兄ちゃん!」
「ん、おはよう。それで何用?」
「お母さんが呼んでるよ、頼みたいことがあるって」
「可愛い妹を使って起こすなんて卑怯な母親だ」
「あ、3分以内に降りてこないとお小遣い減らすとも言ってた気がする」
「……今何分経ってる?」
「5分かな」
「よし、一緒に二度寝しよう」
「でも、6分経ったら小指詰めるって──────」
「行きますよ、ザ〇ボンさん、ド〇リアさん」

 恐ろしい事実を聞いてすくっと立ち上がった彼は、「早苗、ザー〇ンがいい!」と言いながら追いかけてくる妹を振り返ることなく、一直線にリビングへと駆け込んだ。
 そこにはストップウォッチを止める母親、姉川《あねかわ》 由佳子《ゆかこ》が立っていて、彼女は「ギリギリセーフね」と言いながらソファーに腰を下ろす。

「瑞斗、ちょっと買い物に行ってきてもらえる?」
「……あ、腰が痛い。これは寝ていないといけないタイプのやつだ」
「お母さんが踏んであげるわ、ハイヒールで」
「なんなりとお申し付け下さいませ、お母様」
「ふっ、初めから大人しく従っておけばいいのよ」

 由佳子はそう言いながら一枚のメモ用紙と5000円札を渡すと、「場所は近くのスーパー、必要なものは見ればわかるわ」とだけ言って横になる。
 その様子に、瑞斗は人には働かせておいて自分は寝るのかとも思ったが、「私は24時間、我が子のためにお母さんしてるのよ?」と言われてしまえば返す言葉もない。
 たまには休日の商店街に出かけるのも、気分転換という意味では悪くないだろう。
 そう思い込むことにして、着替えやら財布やらの準備を済ませてから、早苗の見送りを背に出発するのであった。

「起こしてあげたお礼にプリン、買ってきてね?」
「なるほど、それが目的か」

 母親の命令を受けて、せっせと兄を起こしにやってきた健気な妹。そんな理想像が崩れ去る切ない音が、どこからともなく聞こえてくるような気がする。
 ただ、いくらずる賢くとも妹は可愛くて仕方がないわけで、お釣りが合わないと怒られるとわかっていながらプリンを買ってしまうのだろう。

「我ながらあまちゃんだね」

 ため息混じりに苦笑いをした瑞斗がその後、やはり怒られたくないなと思い直して、母親の好物であるエクレアもカゴに入れたことは言うまでもない。
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