探偵はバーマン

野谷 海

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3杯目 ケープコッダー

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  とある平日のBar Loiterには、相も変わらず暇そうに世間話をする2人の姿があった。

「社長……なんか去年よりお客さん少なくないですか?」
「そうだったか?  毎年こんなものだろう」
「えぇ?  去年はもう少し忙しかったですよ」
 
  思い出したかのように教助が言う。
「そういえば君が初めてこの店に来たのは、ちょうど1年前の今頃であったな」
「そうですよ!  今月でちょうど1年です!」
「初対面の君の印象は最悪だった」
「ちょっと思い出さないで下さいよ社長!あれは私の黒歴史なんですから」
「あの時は、君とここまで長い付き合いになろうとは夢にも思っていなかった」
「ふふ。名探偵にも読めないことがあるんですね……」


  2人は1年前を思い出す――
――1年前のBar Loiter


  店に入るや否やドタドタと音を立てて教助の元まで歩いてきた氷見子が、こめかみにシワを寄せながら尋ねる。
 
「あなたが謎を解いてくれるっていう探偵さんですか?」
 
「いや、私は探偵ではなく一流のバーマンだ」

「ば、バーマンって何ですか?」
彼女の顔のシワが更に深くなる。

「バーテンダーと同義だ」
 
「あぁ。バーテンさんってことですか……」
 
  その瞬間、教助の目つきが変わりすごい剣幕で叫ぶ。
「私をバーテンと呼ぶなっ!!」
 
突然怒鳴られて驚く氷見子。
「な、なんでそんなに怒るんですか?」

「最近では何も知らずにその言葉を使う者が多いが、そのバーテンという呼称は元々は差別用語なのだ。分かったら私の前で2度と口にするな」

「そ、そうだったんですね。すみませんでした……」

「それで君は客なのか?  それともただの冷やかしなのか?」
「きゃ、客です。たぶん」
「では先ずそこに座りたまえ」
教助がカウンター席を差す。
「は、はい」
 
  こうして席についた氷見子に教助が問う。
「それで?  何にするのだ?」
「え?  な、何がですか?」
「ここはバーだぞ?  注文は何かと聞いている」
「じゃ、じゃあオレンジジュースを……」
「君は私を馬鹿にしているのか?」
「だってまだ19歳で、お酒飲めないんですもん……」
「なぜ酒も飲めないのに、1人でバーに来たのだ」
教助が呆れながら尋ねる。

「どうしても解いてほしい謎があるんです!」
カウンターに両手をつきながらそう言った氷見子の目は、先程より一回り大きくなっていた。
「まぁ……良いだろう。ほら、オレンジジュースだ」
氷見子の勢いに負けた教助は話くらいは聞いてやるかとドリンクを提供した。

「いただきまーす!」
オレンジジュースを飲んだ氷見子は、感動を隠しきれずにすぐさま質問する。
「おいしい……私こんなおいしいオレンジジュース飲んだ事ありません!  これどこのオレンジジュースですか?」
「市販のオレンジジュースだ」
「嘘です!  いつもの味じゃありません!」
「まぁ少し手は加えてある」
「やっぱり!  どうやるんですか?」
「ジュースを一度、沸騰しないように温めて水分を飛ばしているのだ。こうすることで氷を入れても薄まらない」
「なるほど!  だからこんなに濃くて美味しいんですね!」

「これは本日のチャームのティラミスだ」  
「え、私こんなの頼んでませんよ?」
「その店舗のルールにもよるが、バーではチャージと呼ばれる席料を頂く変わりに、このような無料のお菓子やおつまみを提供する風習があるのだ」
「そ、そうなんですね。なんだか大人の世界って感じがします」

「それで、解いて欲しい謎というのは?」
「そ、そうでした!  私は大学でミステリー研究会に所属しているんですが、その会長から出された問題がどうしても解けなくて困っているんです!」
「ミステリーが好きならば、自分で答えを見つけてこその楽しみではないのか?」
「もう1ヶ月も考えたけどダメで降参だと言っているのに、会長は絶対に答えを教えてくれないんです……。だからあなたの噂を聞いて、ここに来たんです!」

「まぁ、聞くだけ聞こう」
その問題とは暗号文の解読であった。氷見子が暗号の記されたスマホの画面を見せる。

――――――――――――

_p&AfbGib@Igcz

――――――――――――

「これなんです」
「ほう……」
「どうですか?  私にはさっぱりで……」
「その会長というのは男性か?」
「は、はい。そうです」
「なるほど。君はこれを私に見せるべきではなかった」
「どういうことですか?  まさか、もう解読できたんですか?」
「今の時代らしい暗号文だ」
「分かったなら教えて下さいよ!」
「いや、この問題は君が自力で解くべきだ」
「そんなこと言って、本当は解けないんですね?」
 
「その安っぽい挑発に乗って、ヒントを与えよう。君はその暗号文を何で受け取ったのだ」
「スマホにメールで届きました」
「それが最大級のヒントだ」
  それから30分ほど頭を抱えていた氷見子に教助が更にもう1つのヒントを追加する。

「1つの面だけに囚われるな。推理とはあらゆる事象を側面から見て、それを繋ぎ合わせる事にある」
それを聞いた氷見子がハッとする。
「そうか!  フリック入力ですね!」
そう言って彼女は日本語の状態で、この暗号文の通りフリック入力してみる。
 すると顔を赤くさせて下を向きながらこう呟いた。

「なんて回りくどいことを……」
この暗号文を解読するとこうなる。

――――――――――――

おまえがすきだつきあってくれ

――――――――――――


「この謎には、このカクテルが良いだろう」
そう言って教助はカウンターにカクテルを出した。
「これはなんですか?」
「これは『スクリュードライバー』。君が今飲んでいるオレンジジュースにウォッカを混ぜたもので、カクテル言葉は『あなたに心を奪われた』だ」

「やめて下さいよ!  恥ずかしいっ!」
氷見子が両手を頬に当てながら言う。
「返事はどうするんだ?」
教助がスクリュードライバーを飲みながら問う。
「会長のことは……尊敬はしていますが、恋愛対象としては違う気がするので断ろうと思います」
「残念だが、こればかりは仕方がないな」
「今日この謎が解けてよかったです。やっとスッキリしました。どうもありがとうございました」
「あぁ。これが会計だ」

  そこに書かれている金額を見た氷見子は、しばし凍る。そしてこう提案したのだ。
「ア、アルバイトとか、募集してません?」
「貴様、もしかして金が払えんのか」
「働いて必ず払います!  だからお願いしますぅ!」
こうして神谷氷見子はBar Loiterのスタッフとなったのだった――。
 

氷見子はこの1年を振り返る。
「私もまさかこのアルバイトがこんなに長続きするとは思っていませんでした。でももうお酒も飲めるようになりましたし、あの時よりも沢山知識も増えました!」
「あの時の君はまるで5歳児を相手にしているようだった」
「ちょっとそれは言い過ぎですよ社長!」

  教助はとあるカクテルを氷見子へ渡す。
「こ、これは何ですか?」
「『ケープコッダー』というカクテルだ。スクリュードライバーと同じくウォッカベースだが、オレンジジュースではなくクランベリージュースで割ったものだ。今ならば飲めるだろう?」
 
「あ!  でも、また給料から引いとくんじゃ……」
「いや、今回は特別にそれはしないでおこう」
「え?  珍しい!  じゃあ遠慮なくいただきまーす!」
そして2人はグラスを合わせる。

  教助はこの時、氷見子には言わなかったが、ケープコッダーのカクテル言葉は――
 
 『始まりはここから』

――ちょうど1年前に時が戻ったような気持ちでそのカクテルの味を楽しんだ。
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