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20、あれから‥
しおりを挟む男爵夫妻が外国へ移住してから、十数年が経ちました。
キャロルは多くの若き芸術家を育てあげ、この国の一大芸術文化を築きあげました。
一方ガナンも、男爵夫妻の銀行業を引き継ぎ、他国の王族や教皇をも顧客に持つ程になりました。
ですが、二人はどんなにお金を手にしても決して贅沢な暮らしをする事はせず、その資産で若い芸術家を育てる為の基金を作りアカデミーも設立し、国の芸術文化の発展に生涯貢献していったのでした。
そしてこの国のこの時代の芸術文化は、ガナンとキャロルの住む地にちなんで『ヴィンセント芸術』として世界中に愛されることとなりました。
ヴィンセント芸術時代の代表的な画家として活躍したのが、ガナンとキャロルの長女で女流画家のミザリー・ヴィンセントでした。
ミザリーはこの国の王様の息子ミカエルと結婚し、ガナンとキャロルは王室の親戚となりました。
ガナンはこの国の土地の多くを統治していたので、ミザリーが結婚するまでは国からの独立も考えていましたが‥ミザリーが結婚し、その子が王位につくと、その考えを改め、その資産をその子の為に惜しげもなく使い、国の維持発展にその生涯を捧げる事にしました。
やがてガナンとキャロルが年老いて、息子の子供のギャバンが跡取りとして成長した頃‥キャロルは病気でベッドに寝たきりとなってしまいました。
「旦那様、今日こそは‥私を早く楽にして下さい。旦那様の方が私よりも歳上なのに‥お世話をかけてしまうのが申し訳ないのです。」
「何を言うんだ、キャロル‥。弱気になるな!君は体は弱っているが、口はまだ達者じゃないか。死のうとしないで、その口で俺をいつまでも楽しませておくれ。」
「‥体が本当にもう限界なのよ。でも‥しょうがないわね。‥では‥旦那様を楽しませる話でもしましょうか。旦那様はこのお屋敷の使用人達の間で流行ってる「屋敷の七不思議」をご存知ですか?」
「‥いや、聞いたことがない。」
「‥私はまだ五つしか知らないのですけど、その五つめが旦那様にまつわるお話ですの。旦那様がお髭をはやしてお顔を隠してるのは、実は旦那様が人間を超越した存在のお方で、人としてお年をとらないのを隠す為だというの。‥だってお母様といい、旦那様といい、私と出会った頃から外見が全く外見が変わらないんですもの‥。使用人達がそう噂するのも無理ないと思いますわ。」
「ハハハ、そうか。‥まあ、俺の母方の家系は、ちょっとばかり他人よりも長寿なんだよ。それに髭も‥一時君の気を引きたくて剃ったけど、結局ずっと伸ばしっぱなしになってしまったな。君も俺の髭を気に入ってるようだったし、まぁいいかなと思ってここまで来てしまった。」
「‥ええ、私は旦那様のお髭が好きでしたよ‥。」
キャロルは、だんだんと自分の意識が遠のいていくのを感じていました。
「‥旦那様、私の上体を少しだけ起こして抱きしめて下さいませんか。」
ガナンは年老いて痩せ細ったキャロルの体を少しだけ起こすと、そっと抱きしめてやりました。
「‥私を愛してると言って下さいませんか。」
「キャロル、愛してるよ。」
「‥私が眠るまで抱きしめていて下さい。」
「‥ああ、君の言う通りにするよ。」
「‥フフフ、旦那様はいつでも私の言う事を聞いて下さるのですね。」
「‥ああ、君に対してはもう後悔はしたくないんだ。‥君への愛を、もう二度と惜しまないと決めたんだ。」
「‥‥キャロル‥?」
キャロルはガナンに抱かれながら静かに息を引き取りました。うっすら笑みを浮かべた幸せそうな死顔でした。
ガナンは冷たくなっていくキャロルをそっとベッドに横にすると、心の中でキャロルの冥福を祈りました。
その後、キャロルの葬儀は国をあげて行われる事になりました。
キャロルに育てられた芸術家達が、キャロルの肖像画を各々描いて祭壇に掲げ、何曲ものレクイエムがキャロルの為に捧げられました。そしてこれらの優れた芸術品は、後世までその題材や題名にキャロルの名を残し、語り継がれていきました。
そして、貧乏貴族の令嬢だったキャロルが、王族の親戚となり、優れた芸術家の保護者として後世にその名を残すまでになったこの出世物語は、作家ガナン・ヴィンセントの手により執筆され、後世まで語り継がれていったのでした。
end.
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