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19、男爵夫妻の旅立ち

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ガナンが戻って来てから数日後、男爵夫妻が戻って来ました。

男爵夫妻は、ガナンとキャロルにこの国の領地を任せて外国へ旅立つと言い出しました。

「ちょっと銀行業で儲け過ぎちゃったみたい。領土も広げ過ぎちゃったせいで、この国の王室に目をつけられてしまったし、問題が起こる前に外国へ行くわ。もう土地も屋敷も用意してあるし、手続きも済ませてあるの。‥詳しくは言えないのだけど、とある縁で向こうの皇帝からロレーヌ公の地位を頂いて、ロレーヌ地方を統治する事になったの。」

「‥すぐに行ってしまうのですか?」

「これでも大分待ったのよ。‥あなた達が本当の夫婦になるまではこの国にいようってね。」

男爵夫人はそう言うと、早速キャロルを連れて地下室への階段に向かいました。

ガナンの方も、男爵から色々と書類を渡されて、頭を抱えながら必死で何かを書き込んでいました。

男爵夫妻は、今帰宅したばかりだというのに休む間もなくすぐにガナンとキャロルに引き継ぎをしようとしていたのです。

夫人は地下へと向かう道中、キャロルに少しだけ夫人達の行く外国の話をしてくれました。

「外国は今ものすごい勢いで変動していってるのよ。私達がこれから行く国も、つい最近まで対立していた皇帝と教皇が、手を組んで作った新しい帝国なの。‥‥近隣の宗教戦争に対抗するためにね。どちらもうちの顧客だったから、それを私達が資金的に全面援助したのが縁で、私達も向こうへ行く事になったの。」

「‥この国の王もお母さん達にお金を借りてたりして‥。」

「‥‥そうね。でも返す気はなかったみたい。でもね、損はしてないわよ。だって、返さなくても良い代わりにこの国から出る事を許して貰えたのだから。」

夫人はそう言って、辿りついた地下室の前で大きな鉄の板の前に立ち、板の中央に手を当てました。‥すると大きな板は、まるで扉のように真ん中から両開きになって、勝手に開いてしまいました。

「これはね、掌のしわを認識して開く仕組みになっているのよ。‥まだこの国にはない外国の技術なの。だから内緒ね。」

夫人がそう言って、扉の中へキャロルを招き入れました。中に入ったキャロルは‥‥驚いてしまいました。

地下室には‥山積みになった金塊と大きな金庫、それに‥‥沢山の書類?が所狭しと入っていたのです。

「‥凄い!」

「‥キャロルさん、こんな事で驚いてたら駄目よ。こんなものじゃないのよ、うちの資産は‥。私達がこれから行くロレーヌ地方には、これよりもっと凄い資産が隠してあるんですから。」

驚いて固まってしまったキャロルの手を夫人がとり、不思議な板の上にのせました。そして、その板を入り口の扉にかざしました。

「これでよし。今からキャロルさんにこの地下室の管理を引き継いで貰うわ。」

夫人はキャロルを手招きして、キャロルに扉を開け閉めする方法を伝授しました。

「凄い!私の手かざしだけで扉が開いたわ。」

「キャロルさん、あとはこの書類なんだけど‥とても大切な顧客名簿だから、床に無造作に置いてあるのは偽物なの。中は白紙よ。本物はね‥‥金庫の中にあるの。また目を通しておいてね。」

「はい。」

こうして夫人とキャロルは地下の金庫室から出ました。キャロルが早速手をかざすと‥扉は閉まり、鉄の大きな板と化しました。

「フフ、私達以外の人間はこの鉄の板が金庫室の扉だとは知らないのよ。‥屋敷の使用人が何人もこの地下へと来たみたいだけど‥‥いまだに誰もこの扉の存在を知らないのよ。」

「‥‥屋敷の使用人が何故ここに?」

「私が地下へ行って戻るたびに沢山の金塊を持って出てくるから、地下に金塊が沢山あるだろうと考えたのね。‥でも地下へ行っても金塊はおろか、金庫らしきものもないからきっとがっかりしたわね。‥おかげで私の事もこの屋敷の七不思議になってるのよ。」

「‥七不思議?」

「ええ。私が実は錬金術師で、夜な夜な金を大量に作っているんだっていう話が使用人達の間でささやかれているの。‥あとは私自身の事も色々と言われているわ。私の外見が歳をとらないのは魔女だからだ‥とかね。」

「‥それらは真実なのですか?」

「さあて、どうでしょうね?ホホホ。」

夫人は楽しそうに笑いながら、キャロルを見つめました。

「‥キャロルさん、ガナンの事を愛してくれて本当にありがとう。‥そうそう、ダンテとメグは向こうに連れて行くわね。向こうで新しい芸術文化を築いていって貰いたいから‥。アカデミーも設立したいし。

だからキャロルさんも若手の芸術家の育成に励んでね。そうそう、彼らの仕事の斡旋や受注の際は手数料を忘れずにとるようにね。」

「‥お母様、私も芸術の勉強をした方が良いかしら?」

「駄目よ。勉強なんかしたら、絵を見るときに画家目線になってしまうでしょ。‥そのままの自分の感性を信じてちょうだい。」

「自分の感性ですか‥。」

「そうよ。要は自分の好みの画家を推せって事よ。自分が好きな絵なら自然と売り込みたくなるでしょ?自分がファンになりたいと思える画家を見つけるのよ。」

「お母様にとっては、それがダンテだったのですね。」

「そうよ。」

夫人とキャロルが話しながら歩いていると、いつの間にかガナンの部屋にたどりついていました。夫人とは夕食の時に会う約束をし、キャロルだけガナンの部屋に入りました。

「旦那様、書類仕事は終わりましたか?」

「キャロル、君の方こそもう引き継ぎは良いのかい?」

「ええ。」

「今晩のディナーが、家族四人で食べる最後の晩餐になるんだな‥。」

「寂しいですか?」

「‥いや、両親とは会おうと思ったらいつでも会えるだろうし平気だよ。ただ、庭仕事にかける時間がなくなりそうで残念だよ。」

「‥私でやれる事なら何でもお手伝いしますよ。」

「‥ありがとう。」

キャロルとガナンは、この日男爵夫妻の買い取った広大な土地と爵位を引き継いで、この国の重要な貴族の一員となってしまいました。

男爵夫妻との最後の晩餐の後、キャロルは夫人から小さな手帳を手渡されました。キャロルは寝る前にベッドでこっそりそれを読んでみることにしました。

中には、夫人が考えた『ガナンとキャロルをくっつける為の計画』が沢山書いてありました。

落とし穴を作ってキャロルとガナンを落とし、そこで一晩過ごさせる計画や、男爵が強盗に変装してキャロルを襲い、それをガナンが助ける計画‥

あの夫人が大真面目にこんな事を考えていたのかと思うと、キャロルは可笑しくなりました。しかも、あの男爵が強盗に変装した姿を想像して思わず笑ってしまいました。

「‥フフフ、アハハハ。」

「キャロル、何がそんなに面白いんだい?」

「‥うーん、内緒。お母さんが私だけに書いてくれた書き物だから。」

「そうか‥‥。」

キャロルの横で本を読んでいたガナンは、そう言うと‥ウトウトしはじめました。本を読んでいるうちに眠くなったのでしょう。

キャロルはガナンの頭の下に枕を入れて、手に持った本を取り上げて眠りの態勢を整えてやりました。

「旦那様、おやすみなさい。」

スースー‥。

キャロルはガナンの寝息を聞きながら、自身も灯りを消して眠りにつきました。

そしてその翌日、男爵夫妻はとうとう外国へと旅立って行ったのでした。
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