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第六十九夜 爺ちゃんの鼻くそ
しおりを挟む僕の家に今日から爺ちゃんが住む事になった。
爺ちゃんは、いつも鼻をほじったり耳をかいたり、頭をかいていた。爺ちゃんのいたテーブルの上には、いつもフケやら鼻くそが落ちていて汚かった。
「爺ちゃん、汚いからやめてくれって!」
「昌彦だって、こういう事するだろ。」
「やらねーよ。もう小学生だし!鼻とかほらないし!」
爺ちゃんは、そうやって僕をおちょくると、意地悪そうな笑顔をみせてきた。
僕は爺ちゃんが大嫌いだった。だから、爺ちゃんの事はよく警戒して見ていた。
ある時爺ちゃんは、小さな器を持ってテーブルに座っていた。僕の姿を見ると、テーブルの上で頭をカリカリ掻いて、フケを落とし始めた。そしてそれを手で集めて、白い筒の中に入れていた。
ウゲッ。
「昌彦、この筒の中にはな、じいじのフケやら鼻くそがいーっぱい入ってるんだ。ワハハハハ。」
本当に爺ちゃんは、汚くて最悪だった。まじでありえなかった。
夜になると爺ちゃんは、おしっこがトイレまで我慢できない病気の為、いつも枕元に尿瓶を置いていた。
そして僕が朝起きてトイレに行こうとすると、いつも尿瓶を持った爺ちゃんと重なるのだった。
爺ちゃんは、僕の顔を見てニヤリとすると、尿の入った尿瓶を持って、わざとフラフラと危なっかしい歩き方をして見せるのだ。
「やめろって!おしっこが溢れるだろ!わっ、汚ねー!」
「ほーら、昌彦かかっちゃうぞ!逃げろー、ワハハハハ。」
本当に爺ちゃんは、僕に嫌がらせばかりしてまじで最悪だった。
僕は爺ちゃんが大嫌いだった。
僕が爺ちゃんの事をお父さんやお母さんに愚痴ると、二人は決まってこう言うのだった。
「今時の子は潔癖だからねぇ。それぐらい可愛い悪戯じゃないの、お爺ちゃんは昌彦が可愛いから構いたくて仕方がないのよ。」
いやいやいや、あれは可愛い悪戯なんてものじゃないだろ、完全に嫌がらせだ。
僕は家の中で誰も理解者がいないまま、ストレスを抱えて過ごしていた。
そんな日々を過ごしていたが、夏休みに爺ちゃんとお父さん、お母さんと泊まりがけで旅行に行く事になった。
お父さんの仕事が忙しいから、泊まりがけの旅行なんて行った事がない僕はとても嬉しかった。
僕はわくわくして眠れなかったせいか、初めての長距離ドライブで酔ってしまったのか、車内で嘔吐してしまった。
隣にいた爺ちゃんにも嘔吐物がかかってしまった。
「昌彦、しんどいなあ、ほら、ここに吐いて良いぞ。」
爺ちゃんは、自分が着てた服を脱いで広げると、そこに思う存分吐けというのだ。
僕は吐けるだけ吐くと、スッキリして気分も良くなった。背もたれにもたれて、まだぼーっとしてる僕の横では、爺ちゃんが履いてたズボンやステテコまで脱いで、僕の嘔吐物を一生懸命に拭いてくれていた。
「爺ちゃん、汚くてごめん。臭くてごめん。‥‥片付けてくれてありがとう。」
「なーに、昌彦のならゲロでも糞でも可愛いもんだ。爺ちゃんはちっとも気にならんぞ。ワハハハハ。」
僕はこの時爺ちゃんを、とても尊敬した。それに爺ちゃんの事を汚いだなんて、ちっとも思わなくなった。
この旅行の後、爺ちゃんはおしっこの病気が前立腺癌だと分かり治療を始めたが、骨や他の内臓まで転移していた為、余命一年と宣告された。
それから爺ちゃんは、めっきり元気をなくしてしまった。
勿論鼻くそをほったり、フケを落とす事もなくなり、それどころか自分の部屋に篭って掃除や片付けばかりをしていた。
笑わなくなった爺ちゃんはつまらなかった。悪戯をしてきた頃の爺ちゃんよりも最悪だった。
僕は爺ちゃんの部屋の扉を開けて、爺ちゃんの前で鼻くそをほって、指についた鼻くそを爺ちゃんに見せた。
すると爺ちゃんは、痩せ細った顔でこちらを見ると
「爺ちゃんは小さい頃、鼻くそを食べた事があったぞ。あれはしょっぱかったなぁ。ワハハハハ。」
そう言って、久しぶりの笑顔を見せてくれた。
それからしばらくして、爺ちゃんは脳梗塞と肺炎を併発して入院したまま亡くなってしまった。
僕は、お葬式で爺ちゃんの棺に花を入れながら、爺ちゃんに言いました。
「爺ちゃんは、僕の最高の爺ちゃんだったよ。」
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