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ミザリーが研究所に来た理由
しおりを挟む包帯の女性がカピエラの海岸に打ち上げられたのは、一ヶ月ほど前の事でした。
もともとカピエラの海岸には、以前からもよく外国からのゴミや海上で壊れた船の残骸や乗組員の死体が流れつく事があったのですが、外国の令嬢が流れてきたのは初めての事でした。
遺体を発見した海岸警備隊が、早速遺体を引き上げて見ると、ラクタス王国の衣服や装飾品を身につけていたのでラクタス王国の貴族の令嬢だと思われました。
それに、最初は海へ身投げしたのかと思われた冷たい遺体でしたが、彼女は警備隊の目の前で時折目を開ける事がありました。
その為助かる見込みのある急患として、病院へ連れて行かれる事になりました。
ところが病院に着いてみても、彼女は相変わらず体は冷たく硬直して遺体のままでした。
ですが数時間後‥警備隊の言ったように、確かに死んでいるはずの彼女が目を開く事がありました。とはいえ、体は冷たく硬直していましたし脈拍もありませんでした。つまり彼女が生存しているとはとても考えられない状態でしたのです。
そこで、この彼女に対してどんな処置をすれば良いのか‥病院側が途方に暮れていたところに名乗りを挙げたのが植物科学研究所でした。
植物科学研究所は、「ファントム」の毒を飲んで亡くなった遺体の今の状態に興味を持ち、あくまで研究対象として彼女を預かる事にしたのでした。
研究所は彼女を連れ帰ると、早速遺体が腐らないように低温設定された個室のベッドに寝かせて、観察をする事から始めました。
研究所に彼女が来てから2日目のこと、警備隊や病院が言った通り、彼女は目を開けました。今度は目を開けるだけでなくて、眼球も少し動かしました。
この事はすぐに上に報告され、研究所の所長であるゼウス王子の耳にも入りました。
ゼウス王子がやってきて、彼女の脈をとり眼球の動きを確認すると‥彼女はやはり生きているという事が分かりました。
「‥‥生きているぞ!不思議な事に脈も打ってるし、体温も戻ってきている。これは‥生き返ったのか?いや、これまでの状態が仮死状態だったと言うべきか?」
ゼウス王子は、彼女が遺体ではなく生きた女性であると分かると‥彼女に女性のアンを世話係兼担当者として付ける事にしました。
そして早速アンに、彼女に与える温かい布団とスープを用意するように指示を出しました。
「「ファントム」の毒から何日もかけて蘇った人間か‥彼女の事がますます気になるな。‥これからは彼女を生かしながら観察を進めよう。‥‥良い被験者が手に入った!
‥それにしても、まだ若い女性が何故こんな目に‥。」
ゼウス王子は、少し前まで遺体だった彼女を改めてよく観察してみました。元の素顔が分からないほどにボロボロの肌に、ボサボサの頭‥。今は研究所の簡易な衣服を身につけていますが、元々着ていた衣服は相当高価なものだったと聞いていました。
「‥婚約者がいてもおかしくない年頃の女性だったろうに‥こんな姿になってしまって‥可哀想に。」
ゼウス王子は痛々しい彼女の斑点だらけの頬をそっとなでてみました。すると、ゼウス王子の手にはべたりとした膿や皮膚の破片がついてしまいました。
「‥‥看護師を呼んで、彼女の肌に薬を塗って包帯を巻いてくれ。」
「‥‥あっ、はい。」
ゼウス王子の指示を聞いた研究所の職員達は驚いた様子で、すぐには返答が返せませんでした。
ゼウス王子は、根っからの研究馬鹿で研究の為なら生きた人間にも遺体にも冷酷な人物だった為、研究対象の彼女に優しく接する姿を見て、心底驚いていたのです。
「‥‥彼女は外国の貴族の令嬢かもしれないから、丁重にお世話して国へお返ししなきゃならんだろ。‥無碍に扱ったら、外交問題になりかねん。」
ゼウス王子は自分の出した指示に対して、皆んなが驚いている事を察してそう言いました。
「‥あっ、そうですよね。」
ゼウス王子のその言葉を聞いた職員達は、皆安心したかのように笑顔になりました。
「‥それに皆には誤解されているが、俺だって本当はそれほど非情な人間ではないんだ。‥彼女にはそれなりに同情ぐらいするよ。」
ゼウス王子は誰にも聞こえないようにそう呟きました。
そして彼女に同情したゼウス王子は、その日以降頻繁に彼女の部屋を訪れて声を掛けるようになりました。
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