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ドリトルの正体

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「初めまして、だね。夫人、遅れたけど結婚おめでとう。ボルゾイの事を宜しく頼むよ。」

「…あっ、あっ…!」

 私が約束のお店に着くなり案内されたのは、有名なドレスショップのVIPルームでした。しかもドリトルというのは、女性ではなく男性でした。しかも、単なる男性ではなく、その人は…

「皇太子様!ご挨拶申し上げます……私は…。」

「あっ、そういう堅苦しい挨拶は今日は要らないから。今日はドリトルとしてここに来てるんだ、皇太子ではなくてね。」

 ドリトルと名乗るこの男は、この国の皇太子であられるヴァロン様でした。その中性的な美しさで国民を魅了するばかりでなく、知能、身体能力も高い事で有名な方でした。

 長いストレートの金髪を一本に束ねて眼鏡をかけているあたりは、彼なりの変装?でしょうか。服装も地味で目立たない色味のものを召していました。

 どうやら今日は本当にお忍びで私と会いに来たようです。

 それにしても皇太子がいったいなぜ私と会いに?大切な話というのは…?

 訝しがる私の表情を読んだのか、皇太子が私を手招きし、気さくに話しかけてきました。

「まあまあ、ほら緊張しないでこっちへおいで。何も君をとって食おうとしてるわけでもないし。それに…早く聞きたいだろ?おそらく君の夫に関連してるであろう大切な話とやらを…」

 にこやかに話しかけてくる皇太子でしたが、なぜか私はゾッとするものを感じました。

 彼の陽気で気さくな雰囲気の端々にどこか毒々しさや狂気に似た何かを本能的に察し、体全体が小刻みに震え出しました。

「ぶはっ!ボルゾイから聞いた通りだ!君は相当勘がいい女性だね。僕のことが怖いのかい?」

 皇太子はそう言うととても愉快そうに笑い続けました。

 しばらくして笑い止むと、

「そうそう大切な話というのは…、実はねボルゾイは君に隠し事をしてるようなんだ。でもほら、夫婦の間に隠し事があるなんて変だろ、健全じゃないだろ?だから友人である僕が下世話にもこうして君に話してあげようとしてるんだ。」

 …言い方にどこか私に対して刺々しいものを感じましたが、黙って頷き話の先を促す事にしました。

「…あれ?この話にもっと興奮して食いついて来るかと思ったのに、相変わらず君は冷静だね。…でもどこまで冷静でいられるかなぁ~。」

 皇太子は私の反応を見て楽しむのが目的だったのか、私が彼の望む反応を示さないと先の話に進んではくれないようでした。

「…気になってはいます。どうかお願いです。教えて下さい。」

「うーん、、もっと違う反応を楽しみにしてたんだけど…まあいいか。で、ボルゾイが君という立派な奥様に隠してる事というのは…彼が僕と両想いの仲だっていう事なんだ。なんか、ごめんね?」

「…えっ!?」

 私は皇太子から発せられた予想外の言葉に思わず驚きの声を発してしまいました。

「ぶはっ、驚いただろ?あー、これこれ、これだって。その顔が見たかったんだ。」

 皇太子の馬鹿笑いが頭の中にこだまします。

 夫と皇太子が両想い…つまり恋人同士という事なの?だとしたら、彼の恋愛対象は男性なの?でも私とは何回もベッドで一緒に…

「アッハハ、君の考えてる事が手に取るようにわかるよ。君と何回も寝たからって、彼が君を愛してる訳ではないんだからね。期待しない方がいいよ、君も無駄に傷つきたくないだろ?それに彼が僕を愛する気持ちは君に対するちっぽけな義務感のようなおざなりなものではなくて、もっと至高で尊い穢れなき純粋なものなんだ。」

「…!」

 私は皇太子の言葉に顔中が真っ赤になっているのを感じました。

 恥ずかしい!悔しい!許せない!!夫も皇太子も私の事を馬鹿にして!!二人が両思いであることを知らずに夫にはそれなりに愛されているはずと思い込んでいた自分が許せない!

 そして、あんなにも善良そうなふりをして…こんなにも自分の事を傷付けている夫の事が憎い!

 俯いたまま顔を真っ赤にして泣きながら体を震わせる私を見て、皇太子はとても満足気に笑いました。

「…僕だよ。君と結婚するようにボルゾイに勧めたのは。ボルゾイは僕の言う事はなんでもきくからね。君との結婚の話もすんなりと応じてくれたよ。」

「…うっ、う。」

 どうして?と言いたいのに、嗚咽で言葉が出ません。

「アッハハ!どうして君を彼にすすめたのかを知りたいんだろ。簡単だよ。君は目立たない令嬢だし、野心もない。それに僕は時々君が彼の事をこっそり目で追っているのを知っていたんだ。君は好きな男と一緒になれて、僕たちは君という隠れ蓑を得て堂々と人目を忍んで愛し合う事ができるんだ。お互い様じゃないか。」

「うっ、う…」

 嗚咽で肩まで痙攣してしまい恥ずかしい思いでいると…

 皇太子が私のもとに来て、私の震える肩を両手で掴み、怖い顔を近づけてきました。

「君さぁ、早く妊娠してくれないかなぁ?男の子2人と女の子1人産んでくれたらいいんだよ。それから今後もファテン公爵家の夫人として、公爵家を守っていってくれよ。あっ、そうそう生まれた女の子は将来皇室に嫁いでもらう事にするよ。…そう、君はこれから一生ファテン公爵夫人として役割を果たすんだよ。

そうしてくれたら僕たちは安心して君を隠れ蓑にしながら愛を育めるだろ?頼むよ。」

 そこまで一気に話し続けた後、皇太子は悪びれる様子もなく笑顔で私にウインクをして去っていきました。

 ひどい!なんて…残酷で無神経な皇太子なの!美しくて高貴なら、何をしても許されるとでも思っているの?

 それに…夫もひどい!許せない!私の事を初めから利用するつもりで結婚してたなんて!しかも皇太子との愛を育むための隠れ蓑としてだなんて!

 怒りや悲しみでぐちゃぐちゃになった私の心のうちを見透かしたように、部屋の扉の外からは皇太子の笑い声が聞こえてきました。

 部屋に1人残された私ですが、皇太子が夫を私の迎えに寄越したようで…

 私を迎えに来た夫に手を引かれて部屋を出る事になりました。

 泣き崩れる私を見てすぐに何かを察した夫でしたが、何も言わずに屋敷まで帰ると、そのままその夜は食事も寝室も夫婦別々でとることになりました。

 そしてその日以降夫は終始私の顔色を伺うようになりました。

 

 


 

 
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