令和百物語2

みるみる

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お先にどうぞ

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  ゴールデンウィーク明け、数日程度の休みでは体の疲れもろくに取れてない状態だったが、休む事などもちろん選択肢にはない。

 そもそもそんな甘い考えでは会社員はつとまらないのだ。

 そう納得しながら出勤したのだったが、俺は出勤するなり予定以上に滞ってしまっていた業務の遂行に奔走する事となった。

 勤続5年目、新人の部下を2人抱えたものの…そのうちの1人がゴールデンウィーク明け早々に無断欠勤し連絡もつかないのだ。

 そいつの担当の仕事もこなしつつ、自分の担当の業務も予定通りに進めていかないといけないのだからとにかく大変だ。

 「高須先輩、お昼どうしますか?」

 新人の部下の宮下真由が心配そうに声をかけてきた。彼女の背後で数人の男女が集まって話している様子を見るに、

 彼女はランチタイムを同僚達とすでに済ませてきたようだ。

 時刻は13時半。忙しさのあまりお昼ご飯をとり忘れてしまった。

 「…お昼時間を過ぎてしまったな。外回りに行く時に適当にとる事にするよ。」

 「外回り、高木君の担当先まわりですか?私も彼の担当先のどこかを引き継いだ方がいいなら、今日の外回りについて行った方が良いのでしょうか。」
 
  「うーん、今日はいいや。あっ、その代わりにこの書類だけ頼まれてくれないかな。」

 「…高須先輩は何時に帰ってきますか。」

 「今日は出先から直帰するよ。だから、出来上がった書類はデスクに置いておいて。」

 「あっ…はい。」

 「そうそう、七時までに帰れなかったらエスカレーターやエレベーターはとまってしまうから会社を出る際は階段を使うといいよ。」

 「……。」

 彼女からは何の返事も返ってこなかったが、気にせずそのまま会社を出て取引先まわりへ向かった。

 午後七時過ぎ、スマホが鳴った。新人の宮下からだった。

 「宮下さん?遅くまでありがとうな。何かあった?」

 「…。」

 通話状態になってはいるが、彼女からは一切返事はない。

 てっきり終業の挨拶の電話なのかと思ったが、…何か問題があったのだろうか?

 「宮下、どうした?何かあったのか。」

 プツン、ツーツー。

 通話が切れてしまった。

 「…はぁ、これだから今時の若者は扱いづらいんだよ。残業を頼んだからってなにも無言電話をかけてくるほど怒ることないじゃないか!大体毎日定時で帰らせてもらってること自体が、本来ならあり得ないことなんだからな!むしろほぼ毎日定時で帰らせてくれてる俺に感謝しろっていうんだよ!ったく!」

  そう独り言を言いながらスマホをしまった。

   この時は新人の彼女が残業になったことに怒ったからこんな無言電話をよこしたのかと思っていたが…

 事態は思ったよりも深刻だった。

 翌朝彼女が出社してこなかったのだ。

 しかも連絡まで取れない状況になっていた。

 「くそ!俺が全部悪いのかよ!」

 そう言ってロッカーの扉を叩いた時、上司が警察と一緒にやってきた。

 「高須君、ちょっと聞きたい事があるそうだ。」

 そう言って上司は2人の警察に俺を引き渡すとさっさと業務に戻っていった。

 「高須さんですね」

 「あっ、はい。」

 「昨日は夜七時頃どこにいました?」
 
 「その時間は外にいました。」
 
 それを証明できる方っていますか?

 「あっ、部下の宮下さんと通話しました。履歴もありますよ。」

 そう言って着信履歴を表示して見せると警察の2人がざわついた。

 「失礼ですけど、宮下さんご本人からの着信で間違いないですか。」

 「はい、そうです。それよりもこれは何の質問なんですか?会社内で何か事件でもあったんですか。」

 「…あのですね、おたくの部下の高木さんと宮下さんの遺体が今朝会社裏の公園で見つかったんですよ。」

 「公園で?遺体で?えっ、ちょっと待ってください。なら2人は亡くなってるんですか。…あっ、だからパワハラによる自殺じゃないかって俺を疑ってるんですね!」

 「…他殺の可能性もあるので、おたくにうかがってるんです。改めて聞きますが、昨日の夜七時頃はどこでなにをしていましたか?」

 「…!」

 警察は俺を殺人の容疑者のように思っていると知りぞっとした。

 とりあえず七時直前まで商談をしていた取引先に連絡をとり、帰りの電車の切符を見せると、俺のアリバイは証明できたようだが…

 今日からもう1人分の業務量が自分に課されるのかと思うと、部下達の死をゆっくりと悼む気持ちもなくなっていた。

 とりあえず死因がはっきりわかるまでは死体を動かせないからといって、お通夜などはさきのばしにされた。

 さて、いまのうちに仕事をこなしていかないと!

 デスクに急ぎ、部下2人の担当の書類も探して持ってくるなり俺は仕事に集中した。

 午後七時。建物内にある商業施設の閉店時間になった同時にエスカレーターとエレベーターの電源が落とされた。

 エレベーターは非常時には警備員か管理会社に連絡すれば動かしてもらえるようになっているとはいえ、なんてケチな会社なのだろう。

 エレベーターやエスカレーターと共に消された室内の半分の電灯を見て思った。

 ここは俗にいうブラック企業なんだろうな…と。

 思えば社内で自殺者や行方不明者か出るのはこれが初めてではない。

 過去にも何人かいた事を俺は知っていた。

 何人かの遺体は…そう、さっき警察が話していた例の公園で見つかっていた。死因は飛び降りによる自殺。会社の建物の屋上で遺書も見つかっていたと聞く。

 だからこそ新人の2人には極力定時で帰れるように気を配ってやったのに!

 そんな事を思いながら、亡くなった部下2人の顔を頭に思いえがいた途端…  

 室内の残りの電灯が一斉に切れた。どうやら就業時刻に見回りをしていた警備員に、俺の部署がある部屋には誰も残っていないと勘違いされてしまったようだ。

 「おい!まだ室内に人が残ってるんだぞ!!」

 そう叫ぶと、鞄をつかみ微かに電灯の灯った廊下に走りでた。

 「くそ!こんな会社やめてやる!」

 そう言って俺はさっさと階段に向かった。

 廊下から横目で他の部署の社員達が暗い部屋で残業をしている姿が見えた。

 皆んなも早くこんな会社を辞めちゃえばいいんだ!

  そんな事を思いながら、急足で階段の扉の前まできたが…

 なぜだか扉を開けるのを一瞬躊躇してしまった。なんとなくざわざわするような嫌な予感がしてしまったのだ。

 扉を思い切って開けてみたが、いつもの通りの景色が広がっているだけだった。

 「なんだ、びっくりした。さっきの変な感じはなんだったんだよ。」

 七階から階段を降りていき、五階まで来たあたりで後方から足音がもう一つすることに気づいた。

 そいつはかなりの早足の持ち主のようで、三階あたりで俺のすぐ後ろまで来ていた。

 よっぽど急いでいるのだろうか?

 狭い階段を俺が塞いではいけないと思い、振り返って

 「お先にどうぞ…」

 と言った瞬間、真っ黒な影に俺はいきなり突き飛ばされてしまった。

 後ろ向きのまま強く押された為、俺は体制を整える間もなく全身を強打し、首を折って頭部を損傷して死んでしまったようだ。

  あの黒い影は察するに会社で自殺した者達の霊だろう。

 もしかすると、部下の宮下さんが残業に色良い返事をしなかったのも、こうした幽霊の存在を同僚から聞いて知っていたのかもしれない。

 いまとなって、あの日の無言電話も、彼女からのSOSだったのではないかと気付かされた。

 彼女達が公園で遺体となって発見されたのは…

 きっとこの階段の幽霊の話を聞いて知っていた為、外付けの階段を利用したからだと思われた。

 つまりはどこの階段かは関係なく黒い影の幽霊はあらわれるという事か。

 それにしても…

 「お先にどうぞ」

 と言った後に、その黒い影が言い放った一言がどうしても忘れられない。

 「いいえ、一緒に逝きましょう。」



end









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