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二話 憑き人
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「い、いえ……。それで、スカウトっていうのは? 俺のこと、どうやって見つけたんですか」
「うん。哲くんにはぼくの助手をしてほしいんだよね。君の体質、ぼくの仕事には持ってこいだから。あと、哲くんはぼくたちアングラ人間の界隈じゃ知名度高いよお。誰が先に声をかけるかで競争になってたくらいだし。ぼくが最初に見つけて迎えに行けてほんとラッキーだった。そうそう、お給料は月ごとにちゃんと出すから」
サツキさんは月給の額面を口に出す。クビになった清掃業の三ヶ月分を優に超えていて、俺は反射的に目を剥いた。
つまり、目の前にいる祓い屋だという青年はそれだけの価値を俺に見出だしているということだ。
――こんな、何の取り柄もない、人ならぬものを視る目があるだけの、気持ちの悪い男に。
「助手って……除霊の手伝いってこと、ですか? でも俺、霊が視えること以外に何もできませんよ。残念ですけどお役に立てないと思います」
俺は俯き、握り合わせた指先を所在なくもぞもぞと絡ませる。
サツキさんの言葉は、俺以外の誰かに向けられたもののように響いた。だって俺は何の才能もない、ゴミ屑みたいな人間なのだから。いや、食べ物も要らないし排泄もしないという点で、ゴミの方が俺より上等だ。
「うーん」サツキさんが唸りながら頬を掻く。
「哲くん。君いま、たくさん憑かれてるの自覚してる?」
「え? ああ……疲れてはいますよ。なにせ住むところも職も失ったばかりなんで。途方に暮れてます」
急速に肋骨の内側あたりにもやもやと黒い感情が広がっていく。俺を雇う気のある責任者の前だというのに、捨て鉢な気持ちとぶっきらぼうな口調になるのをとめられない。せっかく期待されたのに、俺には応えられそうもない。自分への失望がとまらず、無性に悲しかった。
「そっかあ……どうしようかな」サツキさんは真面目な顔になって思案げに顎を撫でている。「それなら先に実地で効能を確かめた方がいいかなあ? 相性もあるし……」
テーブルを挟んだ向こうで、何やら一人でぶつぶつと呟いてから、祓い屋だという青年は出し抜けに席を立った。そのまますたすたと机を迂回してきて、俺の隣に腰かける。腿がぴっちり密着するくらいの至近距離で。
のろのろと面を上げると、そこにはまっすぐにこちらを見つめるサツキさんの強い眼差しがあった。
「哲くん、お願いがあります。ぼくの助手になるかどうか、これからやることで判断してほしいんだ」
「は、はい……?」
どういうことだ、とまたも混乱の坩堝に突き落とされる。何やら、不穏な気配が忍び寄ってくるようだった。無言のままでいると、サツキさんの右手が音もなく伸びてくる。節が目立つ骨っぽい手の向かう先は、俺の下半身で。
「体、触ってもいい?」
「え、あ、あの……?」
湿度が増したサツキさんの囁きが、耳のすぐ近くから聞こえる。彼の指先が、俺の内腿にするりと侵入してきた。
「嫌なら言ってね。すぐやめるから」
「サツキ、さん……! ッあ」
脚の付け根のそば、際どいところを触られて全身がぴくりと跳ねる。初めての感覚が、ぞわぞわと肌を粟立たせる。それが、不思議と嫌ではなくて。
いつしか心臓の拍動がものすごく早まっていた。
「え、えっと、一体何を……」
相手は、セックスだよ、と湿り気を帯びた声で端的に答えた。
セックス。セックスって、なんだっけ。
「……は、え!? せっ、なに、だだ誰が、どうして」
赤面するのを感じながら焦って身を引く。サツキさんは逆に身を乗り出して、距離を稼ぐのを許してくれない。自分とは別の肉体の気配、別の身体の熱が急に輪郭を持つ。彼の顔から、胡散臭い笑みはすっかり消えている。
「セックス、性行為、まぐわい、性交渉。色んな言い方があるね。ぼくと哲くんがこれからすることだよ。霊体って生の象徴であるセックスを嫌うと言われててね、君にいっぱい良くないものが憑いてるから、今から除霊をします。心配しないで、優しくするからね」
サツキさんの冷静な説明は冗談とは思えない。何の感情による涙なのか、視界がじわりと潤む。じりじりと後退し続け、ソファの肘掛けまで到達してしまった。これ以上は、いけない。
「あの、俺、男です……」
「ふふ、ぼくだって男だよお。守備範囲広いんだ、ぼく」
サツキさんが胸元に顔を埋めてきて、何か熱くて濡れたものがぞろりと首筋に触れる。今のは舌だ、と思い当たって脳髄のあたりがじんと痺れた。彼は、本気だ。
「哲くん可愛いから、モテるでしょう?」
「えっ、い、いや……そんな」
「安心して、無理にしようとは思ってないから。良いことしかしないし、本当に嫌なら止めたっていい。そうだな、途中でやめてほしくなったら自分の名前をフルネームで言って」
「え? あ、はい……?」
それがいわゆるセーフワードという取り決めだったと、俺は後で知ることになる。
どうしてかそのとき、サツキさんを拒む気にはならなかった。会って数時間も経っていない同性と、これから事務所のソファで性的な交わりをしようとしている。明らかに常軌を逸しているのに、俺の中には確かに好奇心と期待のかけらが生まれていた。なぜだろう。サツキさんが俺のことを、ちゃんと見てくれている気がした、からだろうか。
「じゃあ、始めるね」
サツキさんが宣言するように言葉にする。
覚悟を固める間もなく、器用そうな手にベルトをかちゃかちゃと弄くられ、外される。指先が躊躇なく下着の中まで伸ばされ、緊張が極限まで高まった。そのまま間髪入れず、サツキさんは俺の陰茎をそっと外気へと導く。明るいところへ局部を曝した羞恥が、俺の体をかあっと熱くさせる。
「やっ、そんなとこ、汚い……っ」
「汚くないよお。ついさっき洗ったばかりでしょう?」
サツキさんの声は宥めるような、いたわるような優しい響きになっている。彼の目は俺の顔色をじっとうかがっていた。胡散臭いほどにこやかだった表情とうってかわって、冷徹と言っていいほどの鋭さを孕みながら。
俺の局部を包んだ掌がリズムを持って反復運動を始める。変な声が迸りそうになり、間一髪のところで唇をぎゅっと噛む。なんだ、これは。頭の中が真っ白になりそうだった。
少し触られただけなのに、信じられないほど気持ちいい。
自慰なら体が疼いたときにいくらかした経験があるけれど、そんなものとは比べものにならない。サツキさんの掌は熱く、少し強めに扱かれると呼気が驚くほど熱くなった。俺のはサツキさんの手解きで硬度を得て、先走りを滴らせ、水音を立てながら解放されたように悦んでいる。
「良かった、固くなってるね。気持ちいい?」
「は、うっ、あ、んんっ」
こらえきれずに口の端から漏れる声は、己のものと思えないほど甘く溶け、上ずっていた。
こんなの、知らない。気持ちよすぎる。怖い。もっと欲しい。おかしくなる。たくさん教えてほしい。相反する気持ちが、脳内の熱情でぐずぐずに蕩けて混ぜ合っていく。
「哲くん。体、力入ってるよお。リラックス、リラックス」
そうしているあいだにも、サツキさんは穏やかに俺を導いてくれる。眼光は鋭く、抜け目ないままで。
「サツキさっ……、だめ、もう無理、ぃ……」
「うん、イッていいよ。思いっきり出しちゃおっか」
「ああ、ぁ……」
他人の手の中で、自分の昂りがびくんびくんと痙攣して白濁を吐き出すのが分かる。意図的な射精なんていつぶりだろう。量が多いそれは、むわりとした性の匂いを応接室に立ち上らせた。
サツキさんの指が俺の髪をさらさらと梳くのを、ぼんやりと知覚する。
「よしよし。気持ちよくなれて偉いね」
「す、すみません……手汚しちゃって」
「気にしなくていいよお、こんなの。これからもっとすごいことするんだから」
何気ない一言に思わず目を剥く。
「へ? ま、まだ続けるんですかっ」
「そりゃあ、今のはまだセックスじゃないからねえ。序の口だよ、全然」
頬のあたりをほのかに上気させた青年が目を細める。その双眸の奥にちらつく熱を見て、俺は悟った。サツキさんはいま、肉食獣の目をしていると。
サツキさんは流れるような動作で、俺の下半身の衣服を剥ぎ取った。下だけ裸というなんとも情けない格好で、相手の動向を阿呆みたいに眺めていることしかできない。彼はテーブルの上に置かれていた薄手の手袋をぴちっと手に嵌めてから、化粧品のものに似たボトルから粘度のある液体をとろりと掌に出す。ああ、あれがローションというものか――と俺の頭の冷静な部分が理解する。
サツキさんはローションを掌全体になじませるように、両手を重ねて念入りに揉む。その濡れた音を、無意識に淫靡に感じてしまう。
「哲くん、そこに俯せになれるかな?」
にこやかに言われ、おずおずと彼に背を向けて、身をソファに横たえる。
「うん。哲くんにはぼくの助手をしてほしいんだよね。君の体質、ぼくの仕事には持ってこいだから。あと、哲くんはぼくたちアングラ人間の界隈じゃ知名度高いよお。誰が先に声をかけるかで競争になってたくらいだし。ぼくが最初に見つけて迎えに行けてほんとラッキーだった。そうそう、お給料は月ごとにちゃんと出すから」
サツキさんは月給の額面を口に出す。クビになった清掃業の三ヶ月分を優に超えていて、俺は反射的に目を剥いた。
つまり、目の前にいる祓い屋だという青年はそれだけの価値を俺に見出だしているということだ。
――こんな、何の取り柄もない、人ならぬものを視る目があるだけの、気持ちの悪い男に。
「助手って……除霊の手伝いってこと、ですか? でも俺、霊が視えること以外に何もできませんよ。残念ですけどお役に立てないと思います」
俺は俯き、握り合わせた指先を所在なくもぞもぞと絡ませる。
サツキさんの言葉は、俺以外の誰かに向けられたもののように響いた。だって俺は何の才能もない、ゴミ屑みたいな人間なのだから。いや、食べ物も要らないし排泄もしないという点で、ゴミの方が俺より上等だ。
「うーん」サツキさんが唸りながら頬を掻く。
「哲くん。君いま、たくさん憑かれてるの自覚してる?」
「え? ああ……疲れてはいますよ。なにせ住むところも職も失ったばかりなんで。途方に暮れてます」
急速に肋骨の内側あたりにもやもやと黒い感情が広がっていく。俺を雇う気のある責任者の前だというのに、捨て鉢な気持ちとぶっきらぼうな口調になるのをとめられない。せっかく期待されたのに、俺には応えられそうもない。自分への失望がとまらず、無性に悲しかった。
「そっかあ……どうしようかな」サツキさんは真面目な顔になって思案げに顎を撫でている。「それなら先に実地で効能を確かめた方がいいかなあ? 相性もあるし……」
テーブルを挟んだ向こうで、何やら一人でぶつぶつと呟いてから、祓い屋だという青年は出し抜けに席を立った。そのまますたすたと机を迂回してきて、俺の隣に腰かける。腿がぴっちり密着するくらいの至近距離で。
のろのろと面を上げると、そこにはまっすぐにこちらを見つめるサツキさんの強い眼差しがあった。
「哲くん、お願いがあります。ぼくの助手になるかどうか、これからやることで判断してほしいんだ」
「は、はい……?」
どういうことだ、とまたも混乱の坩堝に突き落とされる。何やら、不穏な気配が忍び寄ってくるようだった。無言のままでいると、サツキさんの右手が音もなく伸びてくる。節が目立つ骨っぽい手の向かう先は、俺の下半身で。
「体、触ってもいい?」
「え、あ、あの……?」
湿度が増したサツキさんの囁きが、耳のすぐ近くから聞こえる。彼の指先が、俺の内腿にするりと侵入してきた。
「嫌なら言ってね。すぐやめるから」
「サツキ、さん……! ッあ」
脚の付け根のそば、際どいところを触られて全身がぴくりと跳ねる。初めての感覚が、ぞわぞわと肌を粟立たせる。それが、不思議と嫌ではなくて。
いつしか心臓の拍動がものすごく早まっていた。
「え、えっと、一体何を……」
相手は、セックスだよ、と湿り気を帯びた声で端的に答えた。
セックス。セックスって、なんだっけ。
「……は、え!? せっ、なに、だだ誰が、どうして」
赤面するのを感じながら焦って身を引く。サツキさんは逆に身を乗り出して、距離を稼ぐのを許してくれない。自分とは別の肉体の気配、別の身体の熱が急に輪郭を持つ。彼の顔から、胡散臭い笑みはすっかり消えている。
「セックス、性行為、まぐわい、性交渉。色んな言い方があるね。ぼくと哲くんがこれからすることだよ。霊体って生の象徴であるセックスを嫌うと言われててね、君にいっぱい良くないものが憑いてるから、今から除霊をします。心配しないで、優しくするからね」
サツキさんの冷静な説明は冗談とは思えない。何の感情による涙なのか、視界がじわりと潤む。じりじりと後退し続け、ソファの肘掛けまで到達してしまった。これ以上は、いけない。
「あの、俺、男です……」
「ふふ、ぼくだって男だよお。守備範囲広いんだ、ぼく」
サツキさんが胸元に顔を埋めてきて、何か熱くて濡れたものがぞろりと首筋に触れる。今のは舌だ、と思い当たって脳髄のあたりがじんと痺れた。彼は、本気だ。
「哲くん可愛いから、モテるでしょう?」
「えっ、い、いや……そんな」
「安心して、無理にしようとは思ってないから。良いことしかしないし、本当に嫌なら止めたっていい。そうだな、途中でやめてほしくなったら自分の名前をフルネームで言って」
「え? あ、はい……?」
それがいわゆるセーフワードという取り決めだったと、俺は後で知ることになる。
どうしてかそのとき、サツキさんを拒む気にはならなかった。会って数時間も経っていない同性と、これから事務所のソファで性的な交わりをしようとしている。明らかに常軌を逸しているのに、俺の中には確かに好奇心と期待のかけらが生まれていた。なぜだろう。サツキさんが俺のことを、ちゃんと見てくれている気がした、からだろうか。
「じゃあ、始めるね」
サツキさんが宣言するように言葉にする。
覚悟を固める間もなく、器用そうな手にベルトをかちゃかちゃと弄くられ、外される。指先が躊躇なく下着の中まで伸ばされ、緊張が極限まで高まった。そのまま間髪入れず、サツキさんは俺の陰茎をそっと外気へと導く。明るいところへ局部を曝した羞恥が、俺の体をかあっと熱くさせる。
「やっ、そんなとこ、汚い……っ」
「汚くないよお。ついさっき洗ったばかりでしょう?」
サツキさんの声は宥めるような、いたわるような優しい響きになっている。彼の目は俺の顔色をじっとうかがっていた。胡散臭いほどにこやかだった表情とうってかわって、冷徹と言っていいほどの鋭さを孕みながら。
俺の局部を包んだ掌がリズムを持って反復運動を始める。変な声が迸りそうになり、間一髪のところで唇をぎゅっと噛む。なんだ、これは。頭の中が真っ白になりそうだった。
少し触られただけなのに、信じられないほど気持ちいい。
自慰なら体が疼いたときにいくらかした経験があるけれど、そんなものとは比べものにならない。サツキさんの掌は熱く、少し強めに扱かれると呼気が驚くほど熱くなった。俺のはサツキさんの手解きで硬度を得て、先走りを滴らせ、水音を立てながら解放されたように悦んでいる。
「良かった、固くなってるね。気持ちいい?」
「は、うっ、あ、んんっ」
こらえきれずに口の端から漏れる声は、己のものと思えないほど甘く溶け、上ずっていた。
こんなの、知らない。気持ちよすぎる。怖い。もっと欲しい。おかしくなる。たくさん教えてほしい。相反する気持ちが、脳内の熱情でぐずぐずに蕩けて混ぜ合っていく。
「哲くん。体、力入ってるよお。リラックス、リラックス」
そうしているあいだにも、サツキさんは穏やかに俺を導いてくれる。眼光は鋭く、抜け目ないままで。
「サツキさっ……、だめ、もう無理、ぃ……」
「うん、イッていいよ。思いっきり出しちゃおっか」
「ああ、ぁ……」
他人の手の中で、自分の昂りがびくんびくんと痙攣して白濁を吐き出すのが分かる。意図的な射精なんていつぶりだろう。量が多いそれは、むわりとした性の匂いを応接室に立ち上らせた。
サツキさんの指が俺の髪をさらさらと梳くのを、ぼんやりと知覚する。
「よしよし。気持ちよくなれて偉いね」
「す、すみません……手汚しちゃって」
「気にしなくていいよお、こんなの。これからもっとすごいことするんだから」
何気ない一言に思わず目を剥く。
「へ? ま、まだ続けるんですかっ」
「そりゃあ、今のはまだセックスじゃないからねえ。序の口だよ、全然」
頬のあたりをほのかに上気させた青年が目を細める。その双眸の奥にちらつく熱を見て、俺は悟った。サツキさんはいま、肉食獣の目をしていると。
サツキさんは流れるような動作で、俺の下半身の衣服を剥ぎ取った。下だけ裸というなんとも情けない格好で、相手の動向を阿呆みたいに眺めていることしかできない。彼はテーブルの上に置かれていた薄手の手袋をぴちっと手に嵌めてから、化粧品のものに似たボトルから粘度のある液体をとろりと掌に出す。ああ、あれがローションというものか――と俺の頭の冷静な部分が理解する。
サツキさんはローションを掌全体になじませるように、両手を重ねて念入りに揉む。その濡れた音を、無意識に淫靡に感じてしまう。
「哲くん、そこに俯せになれるかな?」
にこやかに言われ、おずおずと彼に背を向けて、身をソファに横たえる。
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