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愛の決断
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「…………」
愛は彼女の言葉に反応せずに腰に下げた手錠を手に取ると、形式ばった口調で語る。
「いいえ、私はあなたを殺したりはしません。刑法百十七条。激発物破裂罪および爆発物取締罰則にて、新宮 塔子。あなたを逮捕します!」
そうして愛は塔子の両手に手錠をかける。愛の行動に、塔子本人もだがダグラスも驚いて目を見張った。
「アイ、こいつがお前に何をいったか分からんが、どうして殺さない! トーコがいままでしてきたことを知っているだろう!」
(あれっ? そうか。塔子が話してたのは日本語だったからダグラスにはわからなかったんだ。なのに同じ日本語で話してたはずの私の言葉は理解できてたなんてなんだかおかしい)
愛は奇妙に思う。異世界で使われている言葉が違う言語だとわかるのに、理解できるし話せるのだ。これも聖女の能力なのだろうか。
「ダグラス、私は刑事だもの。刑事の仕事は犯人の逮捕であって裁くことじゃない。彼女は聖女じゃなかった。ここは異世界なんだから、ここの刑事法に従って彼女を裁けばいい。それと、あなたに効くかどうかわからないけど……」
愛は自分の手についた血を彼女の指にぬり付けた。
「私と同じ世界から来たあなたに効くかわからないけど。これを口にするかどうかは自由よ。あなたはボストンの病院で末期の脳腫瘍だと診断を受けたんでしょう。日本の警察は優秀なの」
愛は白昼夢で見たホワイトボードに書いてあった情報を思い出す。
「あなた……変わってるのね」
塔子は自分の両手の手錠を見てにこやかに微笑んだ。愛はその姿を見て驚く。
(新宮 塔子の笑顔を初めて見たような気がする。資料写真でもいつも彼女の表情は笑っててもなんだかおかしかったもの)
愛は奇妙な感情を覚えたが、すぐに振り払って言い返す。
「あなたには言われたくありません!」
ダグラスが愛の腹の傷口を確認してから、ほっとした顔をする。そうして彼は腰に両手を当てて、居並ぶナーデン神兵と神官を見た。
「どうするんだ、アイ。こいつらはもう闘う気はなさそうだぞ」
彼らは愛の後ろに控える魔獣たちに気おされて全身を脱力させている。聖女に剣を向けたことを悔いて、聖書を唱えているものもいた。
(そういえばアナイス様が言ってた。飛びぬけた絶大な力は平和をもたらすって。いま私に求められているものは正にそれなんだ。でも私にできるかしら)
愛は大きく息を吸うと一気に言い切った。
「ナーデン神国の方はここを速やかに去って自分の国に帰ってください。あなたたちの神を否定する気はありませんが、今度また他の国を侵略しようとしたら聖女の私が許しません!」
愛の宣言に、ナーデン神兵と神官たちは揃って頭を垂れる。そのまま彼らに背を向けた愛に、テレンス大司教が追いすがるように手を伸ばした。
「お待ちください聖女様、あなたを召喚したのはこの私です。私は偽物の聖女にたぶらかされていただけで、本当は帝国を侵略など考えてはおりませんでした。どうか私と一緒にナーデンの神殿へおいでくださいませんか」
何という言い草だろう。ナーデン神国の王である彼に決定権が無かったわけがない。愛はテレンス大司教に冷たい視線をぶつける。
「テレンス大司教。あなたは自分の弟が……自分の部下たちが無事なのか気にならないんですか?」
「エヴァンなら神国の犠牲になることに誇りを持っていることでしょう。そんなことよりも聖女様……」
「その申し出はお断りします」
愛はきっぱりというと、塔子に向きなおった。テレンス大司教とはもう話もしたくない。
「あなたが作った液体爆弾をすべて出してください! それと製造方法もすべて破棄してください!」
液体爆弾にはどんな結界も防御魔法も効かない。そんな恐ろしいものをこの世界に広めるわけにはいかないのだ。
「爆弾は使役魔獣が持っているのと、私から取り上げたもので全部よ。他の爆弾と製造方法を知っている神官はすべて処理したわ。どうせ今夜自殺するはずだったし、私が存在した証を欠片でも残すのが嫌だったから」
「……え?」
さらっと述べられた言葉に愛は真っ青になる。詳しく考えたくはないが、処理とは恐らくそういうことなのだろう。
そうして塔子はなぜだか自分自身の存在を忌み嫌っていて、それを消してしまうのがすべての動機だったといっている。その言葉に嘘はないのだと、刑事の勘が教えてくれる。
(塔子はきっと嘘をついてはいない。だったらもう爆弾の脅威はないのね。もちろん後で調べてもらった方がいいだろうけど)
愛が複雑な気持ちを抱いたとき、守護魔獣の後ろから見覚えのある人が出てきた。金色の瞳に金色の髪、小さい身長。眩しいほどに光を放っている彼は、腕組みをして豪快に笑った。
「ははは、アイ。お前は面白いな。自分は命が狙われたというのに、偽の聖女もテレンスも殺さないというのか。本当におかしな女だ。まさかお前が私を殺せる唯一の存在だとはな」
「て、帝王様! どうしてここに!」
ダグラスも騎士達も帝王に気が付いて、腰を折って敬意を見せる。続いて愛も頭を下げようとすると帝王に止められた。金色の獣の瞳が愛を見据える。
「お前は聖女だ。私に敬意を見せる必要は全くない。自分の立場を見誤るな。お前はこの世界の歴史を動かすことのできる力を持っているんだぞ」
確かにそうだ。愛が聖女だということはすぐにこの世界で広がってしまうはず。様々な人がどんな手を使ってでも愛の力を手に入れようとするだろう。弱みを見せるわけにはいかない。
愛は跪きかけた足を延ばしてまっすぐ立った。そうして胸を張る。すると帝王が満足そうにうなずいた。
「カルラが姿を見せたころには私もここにいた。自分の体一つくらいなら転移魔法でどこでも行けるからな。お前に呼ばれて強制的に来させられたというのが正しいだろう」
(そのころから帝王様がいたんだ。全然気が付かなかった)
帝王はまるで物を掴むように右手の指を曲げると、関節の節々に力を籠める。にやりと笑った口からは尖った牙が姿を現した。帝王の金色の目がキラリと光って、秘められた野生の衝動が奥底に垣間見える。
「私の中にもカルラや他の魔獣と同じく魔獣の血が流れている。道理でお前を見た時、妙な気持ちになったものだ。アイを傷つけようとする者がいれば、そいつを食い殺したくなる欲望が我慢できん――あぁ、だがエヴァンを食ったのは私ではないからな」
エヴァンの姿が見当たらないと思っていたら、まさかそんなことになっていたとは思ってもみなかった。愛は背筋を凍らせる。帝王は先を続けた。
「帝王を倒すことのできるのは聖女のみという理由がよく分かった。聖女はすべての魔物を統べることができるからだ。なるほどな。アイになら一瞬で私を殺せるだろう。私に息をするなと命令するだけで指一つ動かす必要はない」
「そ、そんなことしません! でもいままでだっていろいろあったけど、魔獣が反応したりはしなかった」
愛は遠征中の経験を思い出す。考えると魔獣に直接襲われたことはないが、特に護ってもらった覚えもない。
「アイに対する衝動は魔獣の力に比例するのだろう。だから超大型魔獣や私などは一番影響を受ける。私はいまでもナーデン兵を皆殺ししたい本能を抑えてるんだ」
帝王がいままでとは比べ物にならない殺気を放ったので、愛は慌てて彼をなだめた。帝王は残念そうな顔をすると、金の獣の瞳を鋭く輝かせた。
「それにあの時は、アイが強く願ったからだろう。私にははっきり聞こえた『許せない』というお前の憤怒の声をな。恐らくお前の心に生じた負の感情が、魔物たちを呼び寄せるんだ。そうしてそいつらを絶対的に服従させる。理屈じゃない。私はアイが私に何か命令しようものなら今でも無条件できくぞ」
その言葉に寒気がする。目の前の帝王はその見かけによらず、内部に恐ろしい獣を飼っているのだ。そんな人を言いなりにできる力が自分にあると思うだけで怖くなる。
帝王の申し出を丁重に断ると、愛は魔獣たちに礼を言って帰ってもらった。
「ありがとう、私のために来てくれたのね。でももういいわ。皆の力は必要ないみたいだから」
言葉が通じるか不安だったが、彼らは分かってくれていたようで自分たちの居場所へとそれぞれ戻っていく。
「アイ……」
ダグラスの声に、愛は振り向いた。彼の顔を見たとたんに肩の力が抜けて緊張が解けてしまう。
「ダグラス……」
戦いは随分激しいものだったらしく、騎士団長の隊服もボロボロだ。しかもあちこちに血が滲んでいる。いままでずっと一緒にいたが、超大型魔獣を倒したすぐあとですらここまでなってなかった。
彼は愛に弾の入っていない拳銃と、ボロボロに破れた上着を手渡した。
「もう使えないかもしれんが、お前の大事なものなんだろう」
「ええ……そう。ありがとうダグラス」
愛はそれらを手に取ると、彼の思いやりに感謝する。これは愛の唯一のアイデンティティなのだ。ダグラスは愛のことを十分に理解してくれている。彼はにやりと笑うと、親指で背後に並んでいる騎士達を指さした。
「アイ、お前のおかげで騎士団はみんな無事だ。血をもらった奴らなんか来る時よりも元気になっているぞ」
「あぁ、良かった……」
愛は騎士団のみんなの元気な顔を見て安心する。そうしたら急に全身の力が抜けてきた。倒れそうになる体をダグラスに支える。
「ごめ、ダグラス。でももうなんだか力が入らなくて……どうしたのかな……急に眠くなってきちゃった……」
ぼやけてくる思考の中で、聖女の力を使いすぎたからだという帝王の声がかすかに聞こえた。
(あぁ、そうか。体液で怪我を治すのも魔物を呼び寄せるのも、聖女の力を使わないといけないんだ。そうしてそれには限界がある……)
そんなことを思いながら、愛はダグラスの腕の中で意識を遠ざけた。
愛は彼女の言葉に反応せずに腰に下げた手錠を手に取ると、形式ばった口調で語る。
「いいえ、私はあなたを殺したりはしません。刑法百十七条。激発物破裂罪および爆発物取締罰則にて、新宮 塔子。あなたを逮捕します!」
そうして愛は塔子の両手に手錠をかける。愛の行動に、塔子本人もだがダグラスも驚いて目を見張った。
「アイ、こいつがお前に何をいったか分からんが、どうして殺さない! トーコがいままでしてきたことを知っているだろう!」
(あれっ? そうか。塔子が話してたのは日本語だったからダグラスにはわからなかったんだ。なのに同じ日本語で話してたはずの私の言葉は理解できてたなんてなんだかおかしい)
愛は奇妙に思う。異世界で使われている言葉が違う言語だとわかるのに、理解できるし話せるのだ。これも聖女の能力なのだろうか。
「ダグラス、私は刑事だもの。刑事の仕事は犯人の逮捕であって裁くことじゃない。彼女は聖女じゃなかった。ここは異世界なんだから、ここの刑事法に従って彼女を裁けばいい。それと、あなたに効くかどうかわからないけど……」
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「どうするんだ、アイ。こいつらはもう闘う気はなさそうだぞ」
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愛の宣言に、ナーデン神兵と神官たちは揃って頭を垂れる。そのまま彼らに背を向けた愛に、テレンス大司教が追いすがるように手を伸ばした。
「お待ちください聖女様、あなたを召喚したのはこの私です。私は偽物の聖女にたぶらかされていただけで、本当は帝国を侵略など考えてはおりませんでした。どうか私と一緒にナーデンの神殿へおいでくださいませんか」
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「テレンス大司教。あなたは自分の弟が……自分の部下たちが無事なのか気にならないんですか?」
「エヴァンなら神国の犠牲になることに誇りを持っていることでしょう。そんなことよりも聖女様……」
「その申し出はお断りします」
愛はきっぱりというと、塔子に向きなおった。テレンス大司教とはもう話もしたくない。
「あなたが作った液体爆弾をすべて出してください! それと製造方法もすべて破棄してください!」
液体爆弾にはどんな結界も防御魔法も効かない。そんな恐ろしいものをこの世界に広めるわけにはいかないのだ。
「爆弾は使役魔獣が持っているのと、私から取り上げたもので全部よ。他の爆弾と製造方法を知っている神官はすべて処理したわ。どうせ今夜自殺するはずだったし、私が存在した証を欠片でも残すのが嫌だったから」
「……え?」
さらっと述べられた言葉に愛は真っ青になる。詳しく考えたくはないが、処理とは恐らくそういうことなのだろう。
そうして塔子はなぜだか自分自身の存在を忌み嫌っていて、それを消してしまうのがすべての動機だったといっている。その言葉に嘘はないのだと、刑事の勘が教えてくれる。
(塔子はきっと嘘をついてはいない。だったらもう爆弾の脅威はないのね。もちろん後で調べてもらった方がいいだろうけど)
愛が複雑な気持ちを抱いたとき、守護魔獣の後ろから見覚えのある人が出てきた。金色の瞳に金色の髪、小さい身長。眩しいほどに光を放っている彼は、腕組みをして豪快に笑った。
「ははは、アイ。お前は面白いな。自分は命が狙われたというのに、偽の聖女もテレンスも殺さないというのか。本当におかしな女だ。まさかお前が私を殺せる唯一の存在だとはな」
「て、帝王様! どうしてここに!」
ダグラスも騎士達も帝王に気が付いて、腰を折って敬意を見せる。続いて愛も頭を下げようとすると帝王に止められた。金色の獣の瞳が愛を見据える。
「お前は聖女だ。私に敬意を見せる必要は全くない。自分の立場を見誤るな。お前はこの世界の歴史を動かすことのできる力を持っているんだぞ」
確かにそうだ。愛が聖女だということはすぐにこの世界で広がってしまうはず。様々な人がどんな手を使ってでも愛の力を手に入れようとするだろう。弱みを見せるわけにはいかない。
愛は跪きかけた足を延ばしてまっすぐ立った。そうして胸を張る。すると帝王が満足そうにうなずいた。
「カルラが姿を見せたころには私もここにいた。自分の体一つくらいなら転移魔法でどこでも行けるからな。お前に呼ばれて強制的に来させられたというのが正しいだろう」
(そのころから帝王様がいたんだ。全然気が付かなかった)
帝王はまるで物を掴むように右手の指を曲げると、関節の節々に力を籠める。にやりと笑った口からは尖った牙が姿を現した。帝王の金色の目がキラリと光って、秘められた野生の衝動が奥底に垣間見える。
「私の中にもカルラや他の魔獣と同じく魔獣の血が流れている。道理でお前を見た時、妙な気持ちになったものだ。アイを傷つけようとする者がいれば、そいつを食い殺したくなる欲望が我慢できん――あぁ、だがエヴァンを食ったのは私ではないからな」
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「そ、そんなことしません! でもいままでだっていろいろあったけど、魔獣が反応したりはしなかった」
愛は遠征中の経験を思い出す。考えると魔獣に直接襲われたことはないが、特に護ってもらった覚えもない。
「アイに対する衝動は魔獣の力に比例するのだろう。だから超大型魔獣や私などは一番影響を受ける。私はいまでもナーデン兵を皆殺ししたい本能を抑えてるんだ」
帝王がいままでとは比べ物にならない殺気を放ったので、愛は慌てて彼をなだめた。帝王は残念そうな顔をすると、金の獣の瞳を鋭く輝かせた。
「それにあの時は、アイが強く願ったからだろう。私にははっきり聞こえた『許せない』というお前の憤怒の声をな。恐らくお前の心に生じた負の感情が、魔物たちを呼び寄せるんだ。そうしてそいつらを絶対的に服従させる。理屈じゃない。私はアイが私に何か命令しようものなら今でも無条件できくぞ」
その言葉に寒気がする。目の前の帝王はその見かけによらず、内部に恐ろしい獣を飼っているのだ。そんな人を言いなりにできる力が自分にあると思うだけで怖くなる。
帝王の申し出を丁重に断ると、愛は魔獣たちに礼を言って帰ってもらった。
「ありがとう、私のために来てくれたのね。でももういいわ。皆の力は必要ないみたいだから」
言葉が通じるか不安だったが、彼らは分かってくれていたようで自分たちの居場所へとそれぞれ戻っていく。
「アイ……」
ダグラスの声に、愛は振り向いた。彼の顔を見たとたんに肩の力が抜けて緊張が解けてしまう。
「ダグラス……」
戦いは随分激しいものだったらしく、騎士団長の隊服もボロボロだ。しかもあちこちに血が滲んでいる。いままでずっと一緒にいたが、超大型魔獣を倒したすぐあとですらここまでなってなかった。
彼は愛に弾の入っていない拳銃と、ボロボロに破れた上着を手渡した。
「もう使えないかもしれんが、お前の大事なものなんだろう」
「ええ……そう。ありがとうダグラス」
愛はそれらを手に取ると、彼の思いやりに感謝する。これは愛の唯一のアイデンティティなのだ。ダグラスは愛のことを十分に理解してくれている。彼はにやりと笑うと、親指で背後に並んでいる騎士達を指さした。
「アイ、お前のおかげで騎士団はみんな無事だ。血をもらった奴らなんか来る時よりも元気になっているぞ」
「あぁ、良かった……」
愛は騎士団のみんなの元気な顔を見て安心する。そうしたら急に全身の力が抜けてきた。倒れそうになる体をダグラスに支える。
「ごめ、ダグラス。でももうなんだか力が入らなくて……どうしたのかな……急に眠くなってきちゃった……」
ぼやけてくる思考の中で、聖女の力を使いすぎたからだという帝王の声がかすかに聞こえた。
(あぁ、そうか。体液で怪我を治すのも魔物を呼び寄せるのも、聖女の力を使わないといけないんだ。そうしてそれには限界がある……)
そんなことを思いながら、愛はダグラスの腕の中で意識を遠ざけた。
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