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聖女の降臨

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「ダグラスっ!」

それからは誰もが想像もできない奇跡が起こった。信じられないというガイルの声が耳に届いて、二人とも生きているのだとぼやけた脳に知らせてくれる。

「……何が起こったんだ……? アイ」

二方からの魔力の弾は愛の体に吸収されるように消えていった。それに、ガイルが失ったはずの腕で剣を持ち最後の弾を防いだのだ。

「これは……! どうして僕の腕が――アイっ! お前、僕に何をしたんだ?」

「わ……わからない……どうして。あっ!」

もう一発放たれた魔力の弾の前に愛は体を躍らせた。やはり弾は愛の中に消えていくだけで、体には何のダメージもないようだ。愛は確信する。

「私も塔子と同じように魔力が効かないんです! だとすればきっと結界も私が触れれば無効にできるはず! これなら戦えます! ガイルさん!」

「確かにそれもすごいけど、でもそれより僕の腕だ! アイ! トーマスの時もそうだった。僕の勘違いかと思ってたけど、あの時トーマスは内臓を半分失ってたんだ! どうやって無い細胞を作り出したんだ、アイ!」

「……細胞を作り出す? ――そういえばあの時、マーシャルさんも同じことを」

愛は自分の手が自分の血で汚れていることに気が付いた。トーマスへの人工呼吸。騎士の体の上を流れていった涙。恐らくはガイルの傷口に混ざってしまった愛の血。

愛はお腹の傷に手をやると、あることを思いついて倒れている騎士達に向かって走った。

「ガイルさんっ! きっとこれでみんな助かります!」

「うーん! よくわかんないけど、援護するよ! アイっ!」

「モリスさん! この血を飲んでください! あぁ、傷口に揉みこんだ方が早いかもしれません! くっ!」

塞ぎかけていた自分の傷口を押し広げて、愛はできるだけ血を絞り出した。気が遠くなるほどの痛みだが唇を噛みしめて耐える。そうして自分の血をモリスに与えた。

(どうしてだかわからないけど、私の体液がみんなを助けることができる! お願い、みんな助かって!)

「アイ……これはどんな魔法なんだ? 死にかけていた者まで治すなんて……」

モリスやエグバート。深い傷を負った騎士達が、愛から血を与えられて次々と癒されていく。

「しかも尽きかけていた魔力まで完全に回復したぞ。信じられん!」

その様子を見て、愛は安堵する。

「よ、よかったぁ。もうだめかと思いました」

敵の神官が、愛のしている行動に気が付いたらしい。驚いた顔で愛を見るが、もう彼女を殺す気はないのか攻撃はしてこない。騎士達も愛を取り囲むように彼女を護っている。

そんな時、地響きにも似たごぉぉぉぉッという音が辺りに響く。

「な、何だ。この音は……」

その時には、戦闘の場にいる誰もが変化を感じ取っていた。地面と空中を震わせる音。

初めはとても静かだったのがだんだん大きくなり、今では地震のように周囲を震わせる。まともに立ってはいられないほど。

まるで天地が震えだして人間たちの争いに怒りを表しているようだ。

「み、みんな空を見ろっ!」

一人の兵士が叫んだ時には、すでに天は真っ黒に覆われていた。満天の星がきらめいていた夜空が、一気に漆黒の闇に包まれる。

よく見るとそれらは闇ではなく、すべて森の中に生息している数えきれないほどの大量の魔獣たちだった。見える限りの天を覆ってしまうほどの数の魔獣。

そうしてその後ろにはまるで恐竜のような大きな生物が立っていた。その生物は大きく口を開くと、空に向かって火山が噴火するように炎を吐き出した。

炎の温かい空気が、愛の顔の隣を吹き抜けていく。これはどう見ても超大型魔獣だ。

「ま、まさか。使役されていない野生の魔獣が一か所に集まるだなんて、あり得ない。しかも伝説級の超大型魔獣までがこんなところにくるなんて……一体何が‥…」

「う、うわぁぁぁっ! 何だ、この煙はっ! どうしてこんなところに守護魔獣が?!」

一人の神官の叫び声で気が付くと、愛の周辺は様々な色の煙で包まれていた。それが徐々に個々の形を表していく。愛はその中の一体が見知ったものであると気が付いて叫んだ。

「カルラっ! どうしてここにっ!」

帝王といたはずのカルラが突然目の前に姿を現した。

(守護魔獣たちの本体は煙。だから主に呼ばれればどこにでも姿を現すことができると聞いてたけど、どうしてここに?!)

カルラだけでなく、鮮やかな色をした煙はどんどん姿を変えていく。ライオンに豹。大きな鳥に蛇までが愛を護るように囲んだ。四匹の守護魔獣たちが愛を傷つけようとする者たちを睨みつける。

「な、何だ?! どうして守護魔獣たちが契約者でもない彼女に……くっ! メーテル! あの娘を縊り殺してしまいなさい!」

テレンス大司教が彼の守護獣である一角獣に命令すると、大きく前足を上げていなないた。そうして愛に向かって駆けていくとその前で足を止め、まるで彼女に服従するようにその頭を垂れる。

「あなた……頭を撫でてほしいの……?」

すると一角獣はその通りだといわんばかりに膝を折って愛の隣に座り込んだ。愛はそっとその頭を撫でる。

天を占める魔獣に地上の魔獣。守護魔獣に超大型魔獣、そのすべてが愛に服従を誓っている。まるで愛が魔獣たちの王様かのように……。

「みんな……私を護ってくれてるの?」

愛はあたりを見回して魔獣たちに声をかけた。彼らはそれを肯定するように大きな口を開けて一度だけ咆哮する。天と地を覆いつくす魔獣の群れに、愛を取り囲む守護魔獣たち。

その光景は圧巻で、その中心に立つ愛はまるで魔獣たちの神のようだった。誰かがそう呟いた。

「……聖女様だ……彼女が本物の聖女様だ……あの女は偽物だったんだ」

それはナーデン神兵の一人だったが、彼は手に持った剣を取り落として愛に跪く。すると他の兵士や神官たちも彼に続いて武器を収めはじめた。そうして地面に伏して聖女の愛に敬意を表す。

騎士達までもが片膝をついた。その場にいるほとんどの人が跪いたので、テレンス大司教と塔子、ダグラスの姿がよく見える。

テレンス大司教が司教杖に寄り掛かりながら、おぼつかない足取りで愛に近づいてきた。彼は驚きのあまり目を見開いている。

「まさか本当に! あれが聖女様のお力……魔物を統べるお力を持つだなんて、古代文書には書かれていなかった。あぁ、私は本物の聖女様を殺そうとしていたのか……」

テレンス大司教は愛の前に跪くと、うやうやしく頭を下げた。

愛とテレンス大司教に皆の関心が集まっている。その隙を縫って塔子が何かをしようとしているのに愛が気が付く。そうして叫んだ。

「ダグラスっ! 塔子を止めてっ!」

愛の言葉に、ダグラスは服から何かを取り出そうとしている塔子の手を素早く捕まえた。彼女の手にはポーションが握られている。

爆破させるつもりだったのだろう。すぐにダグラスに奪われてしまうが、塔子は残念そうな顔もせずまるで他人事のようにつぶやいた。

「また、私の邪魔をするのね。日和佐 愛。なるほど、あなたが本当の聖女で、私は聖女召喚に巻き込まれただけ。そうだったのね」

(新宮 塔子。彼女のせいでどれだけの人が犠牲になったか……それに罪もない使役魔獣まで!)

愛は怒りに打ち震えながら、塔子に向かってずかずかと歩いて行った。愛を護る魔獣たちも彼女の後ろを続いて移動する。

そうして愛は塔子の目の前に立つと足を止めた。愛は沸き立つ感情を押さえながら話す。

「あなたは自分の造った爆弾でどれほどの人を死に追いやったか知っているんですか! それだけじゃない! 人の住む家や仕事をする森も奪ったんです! しかも契約に縛られた使役魔獣の命まで無駄にして……いくら戦争だからといっても許されません!」

「威勢がいいのね。それであなたは私を殺す気なのかしら。まぁ、即死刑でもおかしくないわ。どの魔獣に私を殺させるつもりなのかしら。できれば全部残さず食べてほしいのだけど」


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