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ナーデン神国の聖女の正体

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普通なら十五分ほどの道のりを、時間をかけて歩いてようやく王城にたどり着く。騎士が団長に会いたいというとすぐに部屋に案内された。

そこは警察の捜査本部のようなところで、ダグラスだけでなく帝王や他の偉いだろう人が一堂に会していた。戦況は思わしくないようで、みんな一様に険しい顔をしている。

部屋の奥にはアイシスの姿もある。

部屋に入ったとたんダグラスはすぐに愛に気が付いたようで、視線を投げかけた。愛は色んな意味合いを込めて会釈を返す。

騎士の話に、帝王が難しい顔でつぶやいた。帝王の椅子の傍にはこの間見た使役魔獣が、彼を護るように横たわっている。

「そうか、やはり直接攻撃なら効くのか。ならば剣で倒すしか道はないということだがテレンス大司教が常に傍にいるとなるとかなり難しい。彼自身の戦闘能力も優れているからな」

「帝王様」

愛が声をかけると、一同から批判のこもった視線が浴びせられた。どうしてお前が口を開くんだという気持ちなのだろう。愛はそんな雰囲気にも呑まれずに頭を下げる。

「無礼を承知で申し上げますが、私は日和佐 愛といいます。私は恐らく彼らの聖女のことをよく知っています」

「なんだお前は。騎士が連れてきた救護員だろう。我々がそんなたわごとを信じるとでも思うのか。帝王様がそんな……うわっ!」

猜疑に満ちた言葉を吐いたその男は、愛の手の中にいるライラに威嚇されて身を引いた。愛がライラをなだめて落ち着かせる。

「大丈夫よ、ライラ。――信じられないかもしれませんが、私は聖女と同じ国から来ました。彼女の名前は新宮 塔子。彼女は爆弾魔で二種類の液体を混ぜて爆発物を製造していました。彼女は化学に精通しています。もしかしたらこの国でも同じ化合物をつくりだしたのかもしれません」

「待て、その言葉を信じるとなると、お前も異世界からきたということになる。それを証明できるのか?」

帝王の言葉に愛は言葉を詰まらせた。そこでダグラスが初めて口をはさむ。

「帝王様、アイの言うことは恐らく本当です」

そうしてダグラスは愛と出会ったときの様子を詳しく帝王に語って聞かせる。

「ほう、お前がそこまで女に肩入れするとはな。城にまで連れてくるとはよほど気に入ったらしい。だがそれとこれとは話が別だ。証明できないならただのおとぎ話と同じだろう」

そういわれて愛は唇を噛んだ。確かに帝王の言うことは正しい。国を統べる者として、愛のような不審な人物の荒唐無稽な話を信じるわけにもいかないのも理解できる。

(私は聖女召喚に巻き込まれてここに来たに過ぎない。私にはなんの能力もないのに証明なんてできないわ)

その時、愛の脳裏に殉職した父の顔が思い浮かんだ。

(そうだ、私にはこれしかない!)

愛は背筋を正すと、胸のポケットから警察手帳を出した。そうして警官の敬礼のポーズをとって大きく息を吸った。

「私は東京警察本部警視庁第一課所属の刑事です。この警察バッジと私の身以外に証明するものなどありません。けれども私の言葉は真実であるとここに証言します!」

「こらっ! お前、帝王様によその国の敬礼など無礼だぞ!」

先ほどの男性が、愛の敬礼した手を掴んで引っ張った。

「きゃっ!」

ダグラスが動くよりも先に、帝王を護って静かに座していたライオンの使役魔獣が男性に襲い掛かる。騎士の翼竜までもが愛を庇って同時に宙を飛んだ。

男はライオンに床に押し倒され、ライラまで男の足に噛みつく。悲鳴を上げる男性に向かってライオンは轟音で唸り始めた。ライラも破れた翼をバサバサと開いて威嚇する。

「うわぁぁっ! 何だっ?!」

「やめろっ! ハーペル宰相! 彼女に手を出すなっ!」

いままで落ち着いていた帝王が急に強い言葉で男を制する。帝王の凄まじい覇気に、部屋全体の重力が一瞬何倍にも増したように感じた。

そうしてその場の誰もが顔を青ざめさせて口をつぐむ。もしかして帝王がカルラを仕向けてくれたのだろうか。

「カルラ、もういいぞ。こっちに来い」

帝王の一言におとなしくなったカルラは、男性の上から降りて帝王の元で座り込んだ。帝王はこれだけの騒ぎがあったのに、落ち着いた様子に戻った。

そうして外見からは想像もできないほどの威厳を醸しながら帝王は語り始める。

「大した心構えだアイ。気に入った。契約者にしか懐かん翼竜や使役魔獣がお前を庇っているのも、お前が異世界から来たからかもしれんな。なんせ聖女なんか古代文献で読んだことしかない代物だ。異世界人にも何が起こるのか誰にもわからん」

「私の言葉を信じていただいてありがとうございます。帝王様」

愛は頭を下げたがこれで終わりではない。どうやら帝王もその点に気が付いていたようで、すぐに質問される。

「だがどうする、アイ。聖女でもないお前がどうやって聖女を倒す。召喚に巻き込まれただけのお前に何ができるんだ」

(さすがは帝王だわ。子供の見かけに騙されてはいけない。彼は私の案に乗ってくれるかしら?)

愛は気を引き締めながら慎重に答えた。

「それは、私に考えがあります。この武器です」

愛は胸のホルスターから銃を抜いた。見知らぬ武器に誰も関心を示さなかったが、これでダグラスの肩を打ち抜いたのだと愛が説明すると顔色を変えた。

安全装置をかけたまま、慎重に帝王に銃を見せる。帝王と他の人たちは感嘆の声をあげながら不思議だといわんばかりに拳銃を眺めていた。

「これは何という金属なんだ? 魔法で分析してみたが解析できない。この世界では存在しない元素でできてるみたいだ」

愛は一緒に来た騎士の方を向いて質問をする。

「騎士様は剣で聖女に直接攻撃をしようとされました。もしかしてこの国には魔法以外の飛び道具がないのではないのでしょうか? 拳銃の有効標的距離は十八メートル。そこまで私を連れて行ってくだされば、直接この銃で新宮 塔子を狙うことができます」

「これはお前以外の他の奴には扱うことはできんのか?」

愛は帝王に拳銃を撃つには特別な訓練が必要なこと。そうして残りの弾はあと三発しかないことを説明する。

「私が行くのが最適かと。それに塔子も私の顔を見知っています。私もこの世界にいるのだと知れば、少しの間だけでも隙を作り出せる。その瞬間を狙えば聖女を倒すことは可能です」

言い切る愛にダグラスが複雑な視線を向ける。彼の言いたいことはわかっている。ということは愛が前線に行くことに他ならないから。

優しい彼のことだからきっと心配しているのだろう。帝王はしばらく考えていたが、急に笑い声をあげた。

「ははは、いいぞ、アイ。明日の夜、ダグラスと遠征隊に属していた騎士達が急襲作戦をとることになっている。それにアイも参加しろ。ダグラス、お前がアイを聖女とテレンスのところに連れて行くんだ。失敗は許されない」

帝王の言葉に、その場にいたエヴァンが声を荒げた。

「帝王様! それは帝国の最高機密です! 彼女のことを信用するのですか?! もしかしてナーデン神国の手のもので情報を流出させるつもりかもしれません! 今から拘束してつもり厳重に調べるべきです!」

エヴァンの言葉に、いままで見ていただけの人たちも互いにひそひそ話をしている。おそらくエヴァンに賛成の人たちなのだろう。

ダグラスが何か言おうとしたとき、彼の前にアナイスが進み出た。そうして愛を見てにっこりと笑うとエヴァンに向きなおる。

「エヴァン様、でしたらダグラス様に彼女の監視をさせればよろしいじゃありませんか。帝国の騎士団長ならば信頼できるのではないのでしょうか。でも私はそんなに目立つ格好をしたスパイなど、いままで見たことがありませんけれども」

その場の空気が一変する。神巫女の言葉は強大らしく、他の人たちも納得したようだ。エヴァンもさっきまでの威勢を抑えて引き下がる。

「わ、わかりました。神巫女様のあなたがそうおっしゃるのならば……アナイス様」

帝王が満足そうに頷く。

「アイ、これで決まったな。お前は明日の急襲作戦に参加する。詳細はダグラスに聞くといい。そうして必ず聖女を倒すんだぞ」

「はいっ! 帝王様!」

愛は威勢よく返事をして部屋から退出する。もちろんダグラスも一緒だ。扉を閉めると愛はダグラスよりも先に口を開く。

「あ、あの。昨日の夜は部屋に戻れなくてごめんなさい。徹夜で医療テントで手伝ってたの。数時間しか寝てないから眠いわ。はははっ」

何を話していいかわからない。愛は早足でダグラスの前を歩く。素直に話をして謝ればいいのにそれができない。ダグラスに叱られるのが怖いのだ。

(ダグラス、絶対に怒っているよね。……違う世界から来た人間だなんてどうして今まで黙ってたんだって思ってるはず)

「アイ……」

「そ、そうだ! 明日の話を聞いたら今日はすぐ休むことにするね。寝不足だと銃の照準が狂ってしまいそうだから」

愛はすぐに会話をかぶせてダグラスの言葉を遮った。ダグラスが何かを言いたそうにするが、彼の言葉は聞きたくない。怖くて彼の顔を見られない。

すると不意にダグラスに腕を掴まれた。そうして無理やりダグラスの方を向かされて背中を廊下の壁に押しつけられた。愛はそれでもダグラスから視線を逸らした。

「アイ! お前、本当に聖女と同じ世界から来たのか!」

来るべき時が来たのだと愛は覚悟する。いづれは話をつけないといけない。愛は一呼吸置いてから覚悟を決める。
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