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ダグラスの求婚

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「俺が王城にいるときいつも使っている部屋だから大丈夫。結界も張るから誰にも聞こえないし邪魔されない。二人きりだ、アイ」

急いで立ち上がろうとするが、ダグラスがひじ掛けを両手で持ってそれを防いだ。愛はじっと顔を見据えてくるダグラスから顔を背けて叫ぶ。

「ダ、ダグラスっ! いきなり何するの。トーマスさんやガイルさんたちも変に思ったに違いないわ。新しい仕事が駄目になったらどうしてくれるのよ」

「それだ! そんな大事なことを俺に相談しないでトーマスにするんだ? それに仕事だなんて探す必要はない。ずっと俺の家で暮らせばいいじゃないか」

「どうして?」

愛は視線を戻してきょとんとした顔でダグラスを見た。本当になぜだかわからないといった表情。

戸惑ったダグラスが少し体を引いたので、愛はずいっと体を寄せた。

「どうして私があなたの家で暮らすの? 私たち、親戚でも何でもない赤の他人よね。ただ森でダグラスに助けてもらっただけ。私がトーマスさんに仕事を紹介してもらって何が悪いの?」

「そ、それは……」

冷静に反論されると思ってもみなかったのか、ダグラスはたじたじとなる。彼は一度ゆっくり息を吸うと、これまでないほどに慎重に自信のなさそうな声を出した。

「待て、アイはこれから俺と結婚したいとかそう思ってはいないのか?」

「えっ! けっ、結婚ーっ! ど、どうしていきなりそういうことになるの?! い……痛ぁっ!」

思わず立ち上がろうとして、ダグラスの顔にぶつかる。ちょうど鼻がダグラスの顎に当たったのでかなり痛い。愛は座ったままかがんで唸り声をあげる。

「おい、大丈夫か?! アイ!」

「うーー。は、鼻が曲がっちゃったかも……いたぁい」

「おい、見せてみろ。仕事柄そういう怪我には慣れてるからな」

涙目でいうと、ダグラスが心配そうに愛の顔をじっと見る。鼻の状態を見てくれているのだろう。見つめ合うような体勢になって、なぜだか自然に心が引き寄せられる。

(瞳は青い色だって知ってたけど光彩は緑色なんだわ。なんて綺麗なんだろう)

ダグラスの顔に見とれていると急に唇を寄せられる。突然のことに驚いた愛はダグラスの胸を突き飛ばしてしまう。

「ちょっ! いきなり何するの?」

「すまん、すまん。アイの顔を見てたら我慢できなくなった」

動揺した愛は顔を真っ赤にして自分の両腕で顔を隠す。いままでキスなど何度もしてきたのに、なぜか恥ずかしくて仕方がない。

「キ、キスするんだったらそう言ってくれないと、びっくりするじゃない!」

「……するって予告したらいいのか? じゃあ、今からすごいキスをするぞ、アイ。腰が抜けて立てなくなるような特上のキスだ。覚悟しろ」

「え、なにっ! ……んっ!」

愛が返事をする前に首に手を当てられて、噛まれるように唇を貪られる。腕を動かそうとしてもダグラスに体を押しつけられているので動けない。

温かい唇の感触に、徐々に体の力が奪われていく。なんだか今までより少し激しい気がする深い深い口づけ。

「ん……んんっ!」

ダグラスは愛の口内を味わいつくした後、少し唇を離して愛の下唇を舐めると、またすぐに舌をねじ込ませた。ぴちゃぴちゃと淫猥な音がして腰が揺れる。

心臓が炎に包まれたかのように熱くなったかと思ったら、ゆっくりとその熱が消えていった。

どのくらいの時間二人は口づけていたのだろう。抵抗するのを諦めた愛の意識がトロンとなってきたとき、いきなり女性の声が響いて正気に引き戻される。

「ダグラス様、王城内で結界を張るのは禁止だとご存じですわよね。本当に、騎士団長のあなたが禁を破ってまでご一緒にいたいと思った方はどなたですの? 初めて見るお方ですけれど」

肘掛椅子に押しつけられキスされているのだ。ダグラスの頬越しに、銀色の髪をしたとても美しい女性の姿が見える。しかも彼女の後ろには多分おつきの人であろう数人の侍女が立っていた。

でもダグラスはそんなことお構いなしにキスをし続けている。

(誰かいっぱい人が見てる見てるってばーー! ダグラスの馬鹿っ!)

「んんんんーーーーーー!」

愛は全身で抵抗するがダグラスの体はびくともしない。愛はむなしく足をバタバタとさせるだけ。数分後にようやく唇を離したダグラスは、悪びれもせずにこういった。

「アナイスか、思ったより早かったな。俺の張った結界を解けるのはお前くらいだからな。アイ、彼女はアナイス・ギルア。帝王の妹にして神巫女だ」

キスしているところを見られたにも関わらず冷静なダグラスに心底呆れるが、アナイスの手前それほど怒るわけにはいかない。

しかも帝王の妹と聞いて愛はすぐに椅子から立ち上がった。深々と頭を下げて挨拶する。

「気にしないでください、アイ。悪いのはダグラスですから。よほどあなたを逃したくないようですわね」

「アナイス。俺はアイと大事な話をしているんだ。邪魔しないでほしい。禁を破った罰は後で受けるから頼む」

愛に優しく微笑むアナイスに、ダグラスが厳しい声を出した。仮にも帝王様の妹に何を言うのかと思った瞬間、愛はある矛盾に気が付いた。

目の前のこの美しい女性がおそらく二十歳前半だろう。どう見ても十代前半の帝王様の妹というのは間違いではないだろうか。愛が不思議な顔をしたのに気が付いたのか、アナイスが微笑みながら答えてくれた。

「兄はああ見えて三十九歳なのですわ。ギリア帝国の王は金の瞳とともに特別な能力を持って生まれます。次の王が誕生しない限り、その成長は驚くほどにゆっくりとなるのです」

(そうなんだ。本当に全然違う世界なんだわ。常識が全然通じやしない)

「それよりもダグラス様。緊急にお話がありますの。ナーデン神国が召喚したらしい聖女のことについてです。よくない情報が入ってきました」

「聖女?! あいつらまさかそんなものを召喚していたのか?! もしかしてこのまま攻めてくるつもりなのかもしれないな」

(聖女だなんて……そんなものが本当に存在するのね。だったら魔王や勇者もいるのかしら? もう何があっても驚かないつもりだけど)

ダグラスは真剣な顔に戻ると、残念そうに愛を見た。

「すまん、アイ。すぐ戻るからここで待っててくれ」

「はい、ダグラス様!」

「あぁ、もうそれはいい加減やめてくれ。そういう時のお前は本音を話さんからな。お前が女だってことはアナイスにばれてしまってるんだからいつものように話してくれ」

そんなことを言われてもダグラスは帝国の騎士団長。そうそう他人の前でいつものような口を聞くわけにはいかない。大体、ダグラスだってみんなの前で愛の胸など揉まないだろう。

「わ、分かった……です」

「くすっ……あら、ごめんなさい」

愛の奇妙な返答にアナイスが微笑む。そんなとき、部屋にエヴァン副団長が駆け込んできた。相当慌てているらしくその顔はいつもより増して青白い。

アナイスに気が付いて略式的に挨拶をすると、いつも落ち着いた彼から考えられないような大声で叫んだ。

「ダグラス様! ローレン地方辺境にナーデン神兵が攻め込んできました! 聖女を名乗る女性が軍隊の先頭に立っていてとんでもない魔法を使うようです!」

彼の言葉にアナイスまでが小さな悲鳴をこぼした。彼女のおつきの侍女たちが不安そうにざわつく中、ダグラスが厳しい顔で叫ぶ。

「エヴァン! 緊急会議を開くぞ! とにかく王城にいる大臣を集めるだけ集めろ! 遠征隊の騎士達も王城に待機! 先鋒隊を出せっ!」 

ダグラスは男性に命令すると、愛に向きなおった。いつものダグラスとは違う、触れたら切れそうなほど彼の周囲の空気が張り詰めている。これが本当の騎士団長の姿なのだと、愛はぞくっと身を震わせた。

「アイ、すまんがここで待っててくれ。緊急事態だ」

「わかってる。私は大丈夫だから気を付けて、ダグラス」
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