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26、ヒッグス様のお屋敷
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私はそのころ、ヒッグス様のお屋敷でルンルンと家事にいそしんでいた。これが本来のメイドのあるべき姿だ。いままで他の侍女がする仕事を見ながら、自分もいつかはやりたいと思っていた。
白鳥の羽の埃取りに麻のほうき。ここ数日は充実した生活を送っている。
それにヒッグス様は本当に私にお優しい。私の淹れたお茶をとても美味しいといって飲んでくれるし、片付けをしていてもいたずらに私の足を引っかけたりもしない。
空いた時間に本を写させられたり、高難易度のピアノ曲を無理やり弾かされたり、強引に詩を作らされたりもしないので快適だ。常に心が安定している生活はずいぶんと心地いい。
それにヒッグス様はいつもにこにこして私を見ている。なんて朗らかな方なのだろうか。
「お掃除が終わりました。ヒッグス様、ほかに何かご用事はありますか?」
するとカウチで新聞を読んでいらしたヒッグス様が新聞を下ろした。
「エマちゃん、掃除なんかしなくていい。ここには使用人がいるんだから。それよりまた服でも買いに行こうか。ここにずっといるんだったらもう何着かあってもいいだろう」
ここに来て数日が経つが、私は着のみ着のまま飛び出てきてしまった。いまはヒッグス様に買っていただいた洋服を身に着けている。それがあまりにも華美でエプロンをつけるにしても家事をするには気が引けるほど。
私が夢に見ていた柔らかなシフォン素材のドレスにレースのリボン。ご主人様が買ってくださる服はどれも地味なものだったから。
これまで私は自分でドレスを買うこともままならなかった。仕立て屋に行こうとしたらすぐにご主人様に嗅ぎつけられ、僕が買ってあげるよとご主人の外面の良さが発揮されるからだ。
そうしてなんやかんやで高価だが地味な色あいのドレスを注文される。
私はエプロンを外しながら、ヒッグス様に礼を言う。
「いいえ、こんな素晴らしい服を三着も買っていただいたのですから充分です。リボンや刺繍がとても可愛らしくて、着ているだけで嬉しくなってしまいます。ピンク色は私にはあまり似合いませんが、一度は着てみたかったんですよね。ふふふ、ヒッグス様、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、ヒッグス様はなぜか顔を赤くされた。
「そんなことはない。エマちゃんは何を着ても似合う。そうだ、今日は街でお祭りをやってるらしいから一緒に行こう」
「えっ? でも私はただのメイドですしそんなところにヒッグス様と行くわけにはいきません」
「うーん、じゃあ僕のメイドとして一緒に祭りに行こう。だったらいいよな」
ご主人様といた時も、たまに外出に同行していた。私はそれならとすぐにうなずいた。ヒッグス様はとても紳士的で、メイドの私をまるで淑女のように扱ってくださる。
(ご主人様は外面が発揮されている時だけは優しかったです。ヒッグス様とは随分違いますね。さすがは誰にでもお優しい方です)
「うわぁ、すごいです。こんなにいっぱいの人を見るのは初めてです!」
街に出ると、そこは子供から大人まで大勢の人であふれかえっていた。黒猫祭りと呼ばれる祭事は一年に一回行われ、普段は忌み嫌われる黒猫を崇めて奉るのが祭りの趣旨。
街のあちらこちらに黒猫を模したぬいぐるみや絵が飾られている。この日とばかりに数えきれないほどの出店もでていて街は活気にあふれていた。
「エマちゃん。はい、これ食べてみて」
黒猫の肉球の形をしたお菓子を買ってきてくださったようだ。串に刺されたそれは真っ黒で、肉球もピンク色をしていてかなり怪しい。
恐る恐る口に運んでみると、薬草の独特の味がして私は顔を歪めた。するとヒッグス様は大きな声で笑った。
「ははっ! 黒いのはリコリスの実で作った飴なんだ。喉にいいから隣国ではよく食べられている。慣れるとそんなにまずくない」
「そうなんですか? ヒッグス様はよく物をご存じなのですね。勉強になります」
「こ、こんなのみんな知っていることだ。大したことない。さぁ、次の通りを見てみようか。何か欲しいものがあったら買ってあげるからすぐに言ってくれ」
ヒッグス様は顔を赤くして照れたようだ。急に別の方向に体の向きを変えた。その時、走ってきた小さな子供と体がぶつかる。
「ヒッグス様!」
追いかけっこをしていたらしい子供は、ヒッグス様の足にぶつかって石畳の上に転がった。一瞬びっくりした顔をしてから、大声で泣き始める。私はすぐに子供に駆け寄って助け起こした。
「あぁ、大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
子供は五歳くらいの男の子で、ずっと泣き続けている。怪我は膝小僧を少し擦りむいた程度のよう。私はほっとして子供の頭を撫でた。
「このくらいの怪我なら大丈夫です。後で消毒すれば一週間もすれば治りますよ。お母さんはどこですか?」
尋ねるが子供は激しく泣くばかりで何も答えてくれない。大勢の人が行き交う雑踏の中で周囲を見回すが、なかなか彼のお母さんは見つかりそうもない。
(仕方ありませんね。時間が経ったらきっと落ち着くでしょう)
「あぁ、まいったなぁ」
ヒッグス様の困りきったという声が頭上で聞こえる。
「あっ! おい、君。ちょうどよかった! これをやるから彼の両親を探してやってくれ。この子が親とはぐれたらしい」
落ち着いた場所にでも移動しようと思ったとき、ヒッグス様が偶然通りすがったのだろう警官にお金を渡して子供のことを頼んでいる。
私が見ているのに気が付いたヒッグス様はにっこりと微笑んだ。
「エマちゃんは本当に優しいな。でもこれで大丈夫だ。きっとすぐに親が見つかるさ」
かなりのお金をもらったらしく、頼まれた警官はかなり有頂天になっている。そうして幾度かお礼を言いながら泣きじゃくる子供の手を引いてどこかへ行ってしまった。
「僕たちが探すより、プロに頼んだ方が早いからな。警官なら子供も安心するだろうし」
「で、でも……」
「ん? なに、エマちゃん。そういえばお腹が空いたな。エマちゃんは何が食べたい? イタリアンかフレンチどっちがいいかな?」
その笑顔には一点の曇りもない。ヒッグス様の行動は正しい。私たちが探すよりも警官の方がよほど役に立つはず。でも何かが引っかかってしまう。
(外面全開のご主人様なら、絶対に子供をあやしながらご両親が見つかるまで探してあげていました。こんな風に迷惑そうな顔はしません。たとえ私と二人きりだったとしても、文句を言いながらも子供の面倒を私に見させていたはずです)
忘れていたはずのご主人様のことが思い起こされて、胸の奥がつきんと痛む。
(どうしてあんな酷いことをしたご主人様の顔が出てくるのでしょうか。私はご主人様なんて嫌いなんですから!)
私は心の奥にもやもやを抱えたまま、ヒッグス様と一緒に街のリストランテで昼食までいただく。ヒッグス様と一緒に過ごすのはとても楽しいが、それでも彼の小さな行動までもついご主人様と比べてしまう。
窓際の席を強引にとってもらったり、よく来る店のはずなのに支配人の名前すら覚えていなかったり。
(ご主人様は支配人の方にこんな風に無理は言いませんでした。一度聞いたお名前は絶対に忘れませんでしたし、いつも身分は関係なく自分から挨拶しておられました)
「どうした、エマちゃん。僕といるのは楽しくない?」
「あっ、いいえっ! 私はただのメイドですのにこんなにしていただいて本当に感謝しています」
美味しいコース料理をいただいてデザートを食べ終えたところ。ヒッグス様は本当に嬉しそうに私が食べているさまを見ていた。
「メイドとかそんなことはどうでもいい。だってエマちゃんは元はソーントン子爵家の貴族だったんだから。さぁ、次は何がしたい? なんでも言って」
ヒッグス様は常に私が何をしたいのか何が食べたいのか尋ねてくる。ご主人様からは一度も聞かれたことがないものだ。
正直、自分が元貴族だと驕ったことは全くない。人に命令するよりも命令されるほうがどちらかというと性に合っている。自分で何かを決めたり、人に指図するのは苦手な分野だ。
(だからこんな風に自分のしたいことや食べたいものを聞かれると、正直困ってしまうんですよねぇ。でもヒッグス様は私が答えるのを待ってくださるし……お待たせするとすごく悪い気がします)
食事のメニューを決めるのにもすごく時間がかかってしまい、ウェイターの方まで迷惑をかけてしまって深く反省をしたばかりなのだ。
(ご主人様は私のものまで勝手に注文してしまいますけど、そういえば私の苦手なキノコが入っているメニューは頼まれたことがありませんでした。もしかして私が嫌いだと知っていたのでしょうか?)
「エマちゃんといると、君が綺麗だからみんなが見ているな」
ヒッグス様が周囲を見回してそわそわしている。相変わらずお世辞がうまい方だ。楽しく会話をしながら昼食を終えた。
「ヒッグス様。少し失礼いたします」
リストランテを出る前に化粧室によることにする。その時、廊下で奥の個室から出てきた男性にぶつかりそうになった。
「も、申し訳ありません」
私はすぐに頭を下げたが、男性は何も言わずに玄関から出て行ってしまった。けれどもふと思う。彼は帽子を目深にかぶっていたが、すれ違う瞬間に上着の隙間からちらりと特徴的な懐中時計が見えた。
(あれはハーブリット伯爵ですね。もしかしてシャーロット様がここにいらっしゃるのでしょうか)
気になって彼の出てきた扉をじっと見ていると、しばらくたってシャーロット様ではなく初老の男性が顔を出した。ほっとして胸をなでおろす。
(シャーロット様にご挨拶もせずにお屋敷を出てきてしまいました。荷物もそのままでしたし、ご主人様が持って帰ってくれたのでしょうか)
その日、私は一日中ヒッグス様と一緒に祭りを楽しんだ。
白鳥の羽の埃取りに麻のほうき。ここ数日は充実した生活を送っている。
それにヒッグス様は本当に私にお優しい。私の淹れたお茶をとても美味しいといって飲んでくれるし、片付けをしていてもいたずらに私の足を引っかけたりもしない。
空いた時間に本を写させられたり、高難易度のピアノ曲を無理やり弾かされたり、強引に詩を作らされたりもしないので快適だ。常に心が安定している生活はずいぶんと心地いい。
それにヒッグス様はいつもにこにこして私を見ている。なんて朗らかな方なのだろうか。
「お掃除が終わりました。ヒッグス様、ほかに何かご用事はありますか?」
するとカウチで新聞を読んでいらしたヒッグス様が新聞を下ろした。
「エマちゃん、掃除なんかしなくていい。ここには使用人がいるんだから。それよりまた服でも買いに行こうか。ここにずっといるんだったらもう何着かあってもいいだろう」
ここに来て数日が経つが、私は着のみ着のまま飛び出てきてしまった。いまはヒッグス様に買っていただいた洋服を身に着けている。それがあまりにも華美でエプロンをつけるにしても家事をするには気が引けるほど。
私が夢に見ていた柔らかなシフォン素材のドレスにレースのリボン。ご主人様が買ってくださる服はどれも地味なものだったから。
これまで私は自分でドレスを買うこともままならなかった。仕立て屋に行こうとしたらすぐにご主人様に嗅ぎつけられ、僕が買ってあげるよとご主人の外面の良さが発揮されるからだ。
そうしてなんやかんやで高価だが地味な色あいのドレスを注文される。
私はエプロンを外しながら、ヒッグス様に礼を言う。
「いいえ、こんな素晴らしい服を三着も買っていただいたのですから充分です。リボンや刺繍がとても可愛らしくて、着ているだけで嬉しくなってしまいます。ピンク色は私にはあまり似合いませんが、一度は着てみたかったんですよね。ふふふ、ヒッグス様、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、ヒッグス様はなぜか顔を赤くされた。
「そんなことはない。エマちゃんは何を着ても似合う。そうだ、今日は街でお祭りをやってるらしいから一緒に行こう」
「えっ? でも私はただのメイドですしそんなところにヒッグス様と行くわけにはいきません」
「うーん、じゃあ僕のメイドとして一緒に祭りに行こう。だったらいいよな」
ご主人様といた時も、たまに外出に同行していた。私はそれならとすぐにうなずいた。ヒッグス様はとても紳士的で、メイドの私をまるで淑女のように扱ってくださる。
(ご主人様は外面が発揮されている時だけは優しかったです。ヒッグス様とは随分違いますね。さすがは誰にでもお優しい方です)
「うわぁ、すごいです。こんなにいっぱいの人を見るのは初めてです!」
街に出ると、そこは子供から大人まで大勢の人であふれかえっていた。黒猫祭りと呼ばれる祭事は一年に一回行われ、普段は忌み嫌われる黒猫を崇めて奉るのが祭りの趣旨。
街のあちらこちらに黒猫を模したぬいぐるみや絵が飾られている。この日とばかりに数えきれないほどの出店もでていて街は活気にあふれていた。
「エマちゃん。はい、これ食べてみて」
黒猫の肉球の形をしたお菓子を買ってきてくださったようだ。串に刺されたそれは真っ黒で、肉球もピンク色をしていてかなり怪しい。
恐る恐る口に運んでみると、薬草の独特の味がして私は顔を歪めた。するとヒッグス様は大きな声で笑った。
「ははっ! 黒いのはリコリスの実で作った飴なんだ。喉にいいから隣国ではよく食べられている。慣れるとそんなにまずくない」
「そうなんですか? ヒッグス様はよく物をご存じなのですね。勉強になります」
「こ、こんなのみんな知っていることだ。大したことない。さぁ、次の通りを見てみようか。何か欲しいものがあったら買ってあげるからすぐに言ってくれ」
ヒッグス様は顔を赤くして照れたようだ。急に別の方向に体の向きを変えた。その時、走ってきた小さな子供と体がぶつかる。
「ヒッグス様!」
追いかけっこをしていたらしい子供は、ヒッグス様の足にぶつかって石畳の上に転がった。一瞬びっくりした顔をしてから、大声で泣き始める。私はすぐに子供に駆け寄って助け起こした。
「あぁ、大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
子供は五歳くらいの男の子で、ずっと泣き続けている。怪我は膝小僧を少し擦りむいた程度のよう。私はほっとして子供の頭を撫でた。
「このくらいの怪我なら大丈夫です。後で消毒すれば一週間もすれば治りますよ。お母さんはどこですか?」
尋ねるが子供は激しく泣くばかりで何も答えてくれない。大勢の人が行き交う雑踏の中で周囲を見回すが、なかなか彼のお母さんは見つかりそうもない。
(仕方ありませんね。時間が経ったらきっと落ち着くでしょう)
「あぁ、まいったなぁ」
ヒッグス様の困りきったという声が頭上で聞こえる。
「あっ! おい、君。ちょうどよかった! これをやるから彼の両親を探してやってくれ。この子が親とはぐれたらしい」
落ち着いた場所にでも移動しようと思ったとき、ヒッグス様が偶然通りすがったのだろう警官にお金を渡して子供のことを頼んでいる。
私が見ているのに気が付いたヒッグス様はにっこりと微笑んだ。
「エマちゃんは本当に優しいな。でもこれで大丈夫だ。きっとすぐに親が見つかるさ」
かなりのお金をもらったらしく、頼まれた警官はかなり有頂天になっている。そうして幾度かお礼を言いながら泣きじゃくる子供の手を引いてどこかへ行ってしまった。
「僕たちが探すより、プロに頼んだ方が早いからな。警官なら子供も安心するだろうし」
「で、でも……」
「ん? なに、エマちゃん。そういえばお腹が空いたな。エマちゃんは何が食べたい? イタリアンかフレンチどっちがいいかな?」
その笑顔には一点の曇りもない。ヒッグス様の行動は正しい。私たちが探すよりも警官の方がよほど役に立つはず。でも何かが引っかかってしまう。
(外面全開のご主人様なら、絶対に子供をあやしながらご両親が見つかるまで探してあげていました。こんな風に迷惑そうな顔はしません。たとえ私と二人きりだったとしても、文句を言いながらも子供の面倒を私に見させていたはずです)
忘れていたはずのご主人様のことが思い起こされて、胸の奥がつきんと痛む。
(どうしてあんな酷いことをしたご主人様の顔が出てくるのでしょうか。私はご主人様なんて嫌いなんですから!)
私は心の奥にもやもやを抱えたまま、ヒッグス様と一緒に街のリストランテで昼食までいただく。ヒッグス様と一緒に過ごすのはとても楽しいが、それでも彼の小さな行動までもついご主人様と比べてしまう。
窓際の席を強引にとってもらったり、よく来る店のはずなのに支配人の名前すら覚えていなかったり。
(ご主人様は支配人の方にこんな風に無理は言いませんでした。一度聞いたお名前は絶対に忘れませんでしたし、いつも身分は関係なく自分から挨拶しておられました)
「どうした、エマちゃん。僕といるのは楽しくない?」
「あっ、いいえっ! 私はただのメイドですのにこんなにしていただいて本当に感謝しています」
美味しいコース料理をいただいてデザートを食べ終えたところ。ヒッグス様は本当に嬉しそうに私が食べているさまを見ていた。
「メイドとかそんなことはどうでもいい。だってエマちゃんは元はソーントン子爵家の貴族だったんだから。さぁ、次は何がしたい? なんでも言って」
ヒッグス様は常に私が何をしたいのか何が食べたいのか尋ねてくる。ご主人様からは一度も聞かれたことがないものだ。
正直、自分が元貴族だと驕ったことは全くない。人に命令するよりも命令されるほうがどちらかというと性に合っている。自分で何かを決めたり、人に指図するのは苦手な分野だ。
(だからこんな風に自分のしたいことや食べたいものを聞かれると、正直困ってしまうんですよねぇ。でもヒッグス様は私が答えるのを待ってくださるし……お待たせするとすごく悪い気がします)
食事のメニューを決めるのにもすごく時間がかかってしまい、ウェイターの方まで迷惑をかけてしまって深く反省をしたばかりなのだ。
(ご主人様は私のものまで勝手に注文してしまいますけど、そういえば私の苦手なキノコが入っているメニューは頼まれたことがありませんでした。もしかして私が嫌いだと知っていたのでしょうか?)
「エマちゃんといると、君が綺麗だからみんなが見ているな」
ヒッグス様が周囲を見回してそわそわしている。相変わらずお世辞がうまい方だ。楽しく会話をしながら昼食を終えた。
「ヒッグス様。少し失礼いたします」
リストランテを出る前に化粧室によることにする。その時、廊下で奥の個室から出てきた男性にぶつかりそうになった。
「も、申し訳ありません」
私はすぐに頭を下げたが、男性は何も言わずに玄関から出て行ってしまった。けれどもふと思う。彼は帽子を目深にかぶっていたが、すれ違う瞬間に上着の隙間からちらりと特徴的な懐中時計が見えた。
(あれはハーブリット伯爵ですね。もしかしてシャーロット様がここにいらっしゃるのでしょうか)
気になって彼の出てきた扉をじっと見ていると、しばらくたってシャーロット様ではなく初老の男性が顔を出した。ほっとして胸をなでおろす。
(シャーロット様にご挨拶もせずにお屋敷を出てきてしまいました。荷物もそのままでしたし、ご主人様が持って帰ってくれたのでしょうか)
その日、私は一日中ヒッグス様と一緒に祭りを楽しんだ。
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