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20、犯人は誰?

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次の日も、取り立てて何かがあったわけでもなく事件の真相が明らかになったわけではなかった。

私は器用にキティさんと二人きりになるのを避けながら、かつ絶対に一人にならないよう心掛けていた。というのもこの屋敷は本当に恐ろしいからだ。

一階の窓はすべて締め切られて開かない造りのはずなのに、奇妙なことに時々廊下を風が通り抜ける。

ご主人様に何度か泣きついたが、優しいそぶりを見せるだけで実際には何もしようとしない。

そればかりか時々私を一人にして怖がるのを見て遊んでいるのだ。さっきもダイニングルームの暖炉の前でしばらく考えていたかと思ったら、なるほどねとつぶやいてまたどこかにふらりと歩いていく。

そうしていまも私はご主人様と一緒に来たはずの場所で一人佇んでいる。ご主人様はおそらく隙を見てどこかに行ってしまったのだろう。

ここは屋敷の玄関の反対側に位置する部屋で、いつもひっそりとしているうえに屋敷の中でも一番暗い場所。しかも窓が開けられないので湿気がこもっていて普段は誰も近づかない。

壁の後ろを見ても部屋には誰もいないようだ。静まり返った部屋は自分の足音だけが響いていて気味が悪い。

「ご主人様が何か解決されるのかと思ってついてきたのに、ただの嫌がらせだったなんてあんまりです!」

一人で戻ろうと決意したその時、冷ややかな風と共に泣き声が聞こえてきた。私は声にならない悲鳴を上げてその場に立ちすくむ。

それは廊下を挟んで向かいの部屋から聞こえてくるようだ。けれどもそこを通らなければみんながいるだろう大広間には戻れない。

(ひぃぃぃ、マーシア様の幽霊が泣いているのでしょうかぁ! 私は関係ありませんので見逃してくださいぃ!)

しばらく指を絡めて祈っていたが、泣き声はやまないばかりか激しくなるばかり。そんな中で一人暗い部屋に居る自分が恐ろしくなってくる。

(目、目をつぶって廊下を走り抜けたらきっと大丈夫!)

そろっと廊下に足を踏み出すと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。開いた扉の隙間から覗き込むと、それは侍女のキティさんとシャーロット様だった。

込み入った話をしているようで、シャーロット様がさめざめと泣いているのをキティさんが慰めている。

私に対する厳しい態度とは打って変わって、シャーロット様には優しいようだ。けれども相変わらず顔は怖いまま。

「お嬢様、大丈夫です。私が何とか致しますので、どうかお泣きにならないでくださいませ」

「ぐすっ、キティ。ありがとう、でももう彼は私から離れるつもりなのかもしれないわ。そうなったら私はこの先どうやって生きていけばいいの、うぅっ」

(あぁ、ハーブリット伯爵様のことですね。さすがに伯爵様のお母様の反対はお辛いですよね)

そこでふと思う。昨夜話していたように、私とご主人様が結婚することになったら誰が反対するだろうかと。そうして結論が出てため息をつく。

(多分みんなですね。エマーソン家は貴族の中でも名門貴族。しかも財産を桁違いに増やして貴族界でも名を挙げられたご主人様は、期待を一身に背負っていらっしゃいます。きっとそれなりの女性と結婚されることでしょう。そんなことになる前にさっさと屋敷から出ておかなければ大変なことになります)

胸の奥がズキンと痛んで手を当てる。これがなんの痛みなのか分らなくて思わず手で押さえた。

「えっと、どうしてここが痛むのでしょうか? 今朝、何か妙なものでも食べちゃいましたっけ」

考えてもわからないので私は忘れることにする。

経験上、ご主人様に関することはすぐ忘れたほうが心の安寧のためだ。そうして私はいつもそうしてきた。そうでないといままでご主人様の傍で生きていけなかった。

廊下を這うようにして大広間に戻ると、やっぱりご主人様はカウチで優雅に紅茶を飲んでおられた。せめて文句を言おうと勇んで足を進めると、私よりも先にヒッグス様がご主人様に駆け寄った。

「何か新しい手掛かりでも見つかったか? リチャード!」

乗り出すように聞いているが、ご主人様は頭を横に振った。ということは幽霊の可能性が高まったということ。私は背筋を凍らせる。

「わかりませんね。この屋敷は広いですが広大な一つの密室のようなものです。一階は玄関からしか出入りできませんからね。犯人がどうやって出入りしたのか見当もつきません」

「困ったな、リチャード。あまり時間がないんだ」

「どういうことですか? ヒッグス」

「あぁ、なんでもない。気にしないでくれ。とにかくお前はもっと屋敷を調べてくれ」

「ええ、そのつもりですよ。エマ、次はシャーロット様の寝室でも調べましょうか」

部屋の観葉植物に隠れて私の姿が見えないはずなのに、ご主人様が私に声をかけた。

そんな風にご主人様は、思い立ったように様々な場所に私を連れて行っては放置した。時には裏庭に、ある時にはシャーロット様の寝室へ。

「うーん。わかりませんね」

腕を組んで悩む振りをしているが、ご主人様は絶対に何か手掛かりをつかんでいるはず。

なのに彼はいつものようににっこりと笑って、このおどろおどろしい雰囲気の屋敷でゆったりと過ごされている。

この屋敷に来てもう五日が経っていて、もう私のノミの心臓は限界に近くなっていた。

このお屋敷の雰囲気が怖くて怖くて、ほんの小さな物音にも絶えず悲鳴を上げ続けているのだ。ヒッグス様などはなかなか進まない探索に焦っているようで、何度も様子をうかがいに来られるがご主人様は何も答えない。

我慢の限界が来たらしい彼は、ティールームで優雅にお茶をいただいているご主人様に向かって大声を出した。

「リチャード、もうどうでもいいから幽霊の呪いじゃなかったって公表してくれないか。君がそういえば社交界の誰もがそれを信じる。君の評判は特に年上の淑女たちにすこぶるいいんだから」

(あーそうでしょうね。確かにご主人様の外面はお年を召された女性たちには一番効果的ですから……)

私はその隣に立って、心の中でヒッグス様の同意をするのだ。するとご主人様はティーカップを戻して、物憂げな顔でヒッグス様を見た。

「ヒッグス、その場合は誰か人間の犯人が必要でしょう。僕は想像だけで誰かを貶めることはしたくない。絶対に動かぬ証拠でもないとそんな無責任なことは言えないよ。まあそれが誰かは見当はついていますがね」

確かに正論だ。シャーロット様がご主人様を尊敬の目で見る。

「ええ、ええ。その通りですわ。リチャード様」

そんな彼女の反応を見て、ヒッグス様が肩をすくめた。人格者らしき言葉だが、本当はただ私に嫌がらせしているだけなのだ。

(あぁ、早く誰が犯人なのか教えてください!)

「シャーロット様」

その時、リアムさんがティールームに現れてシャーロット様の座る椅子の横で腰をかがめる。彼の彼女を見る目はいつも愛情にあふれている。

「お嬢様、これをお飲みください。先ほど咳をされていましたよね。喉に良い薬草のお茶です。きっと気分も良くなられますよ」

「あ……リアム。ありがとう」

するとシャーロット様は本当に嬉しそうに微笑んで、彼から紅茶を受け取るのだ。その笑顔は恋人のハーブリス伯爵を見る目よりも優しくて穏やか。

(もう十二年間もお二人は一緒なんですよね。しかもあんなに儚げで頼りなげなお嬢様ならお仕えのしがいがあるというものです。その延長でうっかり好きになってしまっても仕方ありません。リアムさんの気持ちがよくわかります)

こんな風にリアムさんはシャーロット様の面倒をほとんどつきっきりで見ている。

しかもこの数か月は夜まで一緒なのだ。いつ休む時間があるのだろうと不思議に思って、二人きりの時にリアムさんに尋ねてみた。

「そうですね。そういわれれば休みの日というのは特に決めていません。私には連絡を取るような家族もいませんので、帰省する必要もありませんから。雇われてから毎日シャーロット様と一緒です」

さらりと答えれれて私はすごく驚いた。というのもエマーソン伯爵家では週に一日。それと年末には必ずお暇をいただけたから。

(私の場合はお父様がお屋敷に住んでいますから、帰省とはいってもずっとエマーソンのお屋敷にいたんですよね。それに休暇の日だってどうしてだかいつもご主人様が傍にいましたし……)

「私は少しでも長くお嬢様の傍に居られたら幸せなのです。でも、もうそれもシャーロット様が伯爵とご結婚されたら叶いませんが。でも私はお嬢様が幸せであればいいのです」

お慕いするシャーロット様との別れを憂い、悲しさを堪えている笑顔を見て、胸が絞られるように痛んだ。

(こんなにシャーロット様を愛している人物が、万が一にも彼女を危ない目に合わせる犯行を行うはずがありません! 犯人は絶対にキティさんです!)

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