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18、ハーブリット伯爵

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リアムさんに案内されたテラスでは、朝食の準備はすでにできていた。朝食は夕食の時のダイニングルームではなくてテラスでいただくようだ。

格子窓で三面を囲まれていてすごく明るい場所のはずなのに、なぜか薄暗くて重苦しい空気だ。

しばらくしたらヒッグス様とご主人様が揃って現れる。

「エマ、昨日はゆっくり眠れたかい?」

「は、はい。ご主人様」

ご主人様の爽やかな流し目が、暗い雰囲気の屋敷に全くそぐわない。さらさらの銀色の髪が光も当たっていないのにキラキラして眩しくなる。相変わらずの外面だ。

「エマちゃん、おはよう。君は今日もやっぱり綺麗だ。朝一番にエマちゃんの顔が見られるなんて最高だな」

ヒッグス様も変わらず調子よく私に声をかけてくださった。するとまたご主人様の微笑みが深くなる。これは私に怒っている時のサイン。

和やかに朝食を終え、私はリアムさんとキティさんと一緒に遅めの朝食をいただいた。キッチンの近くにある部屋でテーブルについているのだが、リアムさんもキティさんも互いに話をせず黙々と食事している。

静かな部屋にカチャカチャという音だけ響くのみ。さすがに耐えかねた私は、何か話そうと口を開いた。

「あ、あのっ! キティさんはこのお屋敷で働いてもう長いのですか? こんなに広い屋敷を掃除するのは大変そうですよね。ふふふ」

するとキティさんがぎろりと私を睨んだ。背筋が一瞬で凍る。

「もう十年になります。使う場所しか掃除をしませんので慣れれば平気です」

そうして再び沈黙が訪れる。

(や、やっぱり無理ですぅ。怖くて食欲もわきません!)

私は詰め込むようにパンをいただくと、ご主人様のお手伝いがあるからと早々に部屋に戻った。

「ご主人様、絶対にキティさんが犯人です!」

私は部屋に戻るやいなや、ご主人様に報告する。

「ということなんです! どう考えてもキティさんが犯人じゃないですか?! だって屋敷に出入りしている方だし鍵だって持っているんです! きっとマーシア様の元侍女だったとかそんな感じなんです!」

「――ふうん、面白い話だな。ということは今朝、俺専属のメイドは主人の世話もろくにせずに、他人の屋敷の台所をうろついてたというのか。立派な心掛けにこっちが驚くよ」

私は客人であるご主人様のメイド。屋敷の仕事を手伝う必要はない。痛いところをつつかれて私はご主人様から目を逸らす。

「あ……それは――ですね」

ご主人様があんな嫌がらせをするから、とても同じ部屋には居られなかったんです――とは言えない。

あの深いキス。今でもなんだか口の中に舌が入っているような気がするのだ。

あの時の感触や熱を思い出すとやっぱり顔が熱くなる。

「まあいい。このままこの屋敷にとどまるぞ。どうせお前のことだ、さっさとこの屋敷を出たいと思っているんだろう。屋敷には呪いがかかっているんだからな。だったら俺はもっとこの屋敷に滞在してお前の面白い姿をもっと見ていたい」

「そ、そんなぁ! ご主人様!」

悲痛な声を出すが、ご主人様は楽しそうな顔をするばかり。

「お前が俺にこんな面倒なことを引き受けさせたんだ。そのくらい当たり前だろう」

でもご主人様の余裕のある態度に、問題は解決したのではと推測する。

「あっ、じゃあもう謎は解かれたのですか? これはやっぱり呪いなのでしょうか、それともキティさんの犯行なのでしょうか?」

ドキドキしながら質問する私を見て、ご主人様はすごく呆れた表情でため息をついた。

「エマは本当に飲み込みが悪いな。屋敷にくる前から大体の予想はついていたが昨日のことで確信した。とはいえヒッグスの考えに乗らされるのも好きじゃない。面白いから様子を見ようと思う。特にエマ、お前の反応がすごく良くて期待以上だ。まさか大声で歌いながら着替えるなんて面白すぎる。くくく」

(なんて酷い! ご主人様は私を怖がらせてその反応を見て愉しんでいるのです! 最低ですっ!)

そんな時、玄関に誰か客が来た様子があった。誰なのだろうと思ったが、なんだか玄関の方で騒いでいるよう。不穏な様子に、慌ててご主人様と玄関に向かった。

「シャーロット! 聞きましたよ、窓ガラスが割られたって。大丈夫なのですか?! あぁ、私と結婚してこんな恐ろしい屋敷は早く出ればいい。伯爵家に来れば私が君を守ってあげられるのに!」

玄関ホールには、慌てた様子でシャーロット様に詰め寄る気品のある男性。上品な三つ揃えに白い手袋。ステッキを持つ手つきは優雅でいかにもな紳士だ。

上着の端からとてもお洒落な懐中時計がのぞいている。

彼はシャーロット様の両肩を掴んで、必死で訴えている。

リアムさんがシャーロット様の後ろでじっと見守っているが、何かあればすぐにでもとびかかりそうな感じだ。

(えっと、オールバックの金髪に青い目。左目の下にほくろが一つ。間違いありません、ハーブリス伯爵ですね。貴族名鑑に乗っていましたから、えっと確かお年は三十四歳‥‥‥うわぉ。シャーロット様よりかなり年上ですね!)

シャーロット様は小さな声で答えた。

「アルフレッド様……私は大丈夫です。それに今はリチャード様とヒッグス様もいらしてますので怖くはありませんわ」

ハーブリス伯爵は取り乱したことを恥じたのか少し顔を赤くした。そうしてご主人様が見ていることに気が付き、互いに挨拶を交わす。ちょうどその時、ヒッグス様も顔を見せられた。

「何かあったのか? あっ! ハーブリット伯爵様!」

ヒッグス様が頭を下げて挨拶をする。

するとリアムさんが彼らを別の部屋に案内した。なので私も紅茶とお菓子を出すお手伝いをする。

皆さんがソファーに腰かけると、ハーブリス伯爵が言いにくそうに話を切り出した。

「エマーソン教授、私を見ても驚いていないところを見ると私と彼女の関係を聞いたのですね」

「ええ、お二人の結婚が危うくなっていることも知っています。反対されているのはあなたのお母様なのですか?」

さすがはご主人様。年上のハーブリット伯爵様にたいしても堂々と対応している。

するとハーブリス伯爵は無言で目を伏せた。

「母はシャーロットとの結婚をもともとよく思ってはいなかった。母は年の離れた弟のキーステア公とは随分仲が悪かったらしいのです。私たちは本来いとこ同士なわけですから、それも気に入らないのでしょう。母は呪いを口実に結婚を反対しているだけなのです」

そういってハーブリット伯爵は隣に腰かけるシャーロット様の手を取った。

「シャーロット、でも私は絶対に君を諦めないからね」

「アルフレッド様……」

伯爵が彼女を見つめると、シャーロット様が恥ずかしそうに目を逸らす。恋人同士の仕草に、私はいたく感動する。

(純愛なのですね。ううーん。素敵です!)

でもその時、私は気が付いてしまったのだ。

その様子を見ているリアムさんの拳が硬く握られていることに。指にはよほど力が込められているらしく細かく震えている。

それは執事としての気持ちを超えているように見えた。

(も、もしかしてっ! リアムさんってシャーロット様のことがそういう意味でなく好きなのですか?!)

そう考えると合点がいく。

リアムさんはいつだってそうだった。いつも穏やかで落ち着きがあるのにシャーロット様の事となるとそれが崩れる。

彼はきっと彼女を執事としてではなく男として一番大切に思っているのだ。

(ちょっと待ってください。そうなれば話は違ってきます。リアムさんがシャーロット様をお好きなのであればこの結婚を邪魔したいはず。だったら幽霊騒動の犯人はリアムさんでもあり得るわけで……えぇぇぇぇ!)

ハーブリス伯爵はしばらくシャーロット様と時間を過ごした後、彼女の体を気にしながらも屋敷を後にした。



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