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エミリー困惑する

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ルーク様と二人きりで部屋に残された私は、自らの身の所在の無さに息が詰まりそうになる。体中至るところに何度もダニエルにキスをされていたので、あちこちが少し湿っていて風があたるとヒンヤリと冷たい。

ルーク様は私の斜め前の椅子に腰かけているのにも関わらず、黒くて長い艶のある髪の隙間から見える切れ長の目は、不自然なほどに私の顔を決して捉えようとはしなかった。

彼は私とダニエルの間にあったことを夜会の夜から全部知っているのだ。あんなことや・・・こんなことまで・・・。それはさぞ気まずいに違いない。さすがの私も視線を落とした。

恐らく今日の出来事も全て、その鍵のかかっていなかった扉の向こうで聞いていたに違いない。もしかしたらいま私のドレスの下が剥き身のままだという事さえも???・・そ・それは・・・最高に気まずいわ・・うぅ・・・。

重苦しい空気が空間を埋め尽くし、大きく開かれた窓から入ってくる風と共に流れて込んでくる騎士たちの楽しそうな話し声が、更に私を追い詰める。そうしていてもたってもいられなくなった私は、我慢できなくなって顔を上げて先に口を開いた。

「あの・・・ルーク様はダニエルとは長いお付き合いですの?」

するとルーク様は初めて私を見て少し微笑んだかと思うと、静かな声で嬉しそうに話し始めた。

「あ・・・ええ、私が今のダニエル様と同じ年の頃からですから、もう十年程になりますでしょうか」

「そんなに長く・・ではルーク様は九歳の頃のダニエルをご存じなのですね。その頃のダニエルは、ほんの少しくらいは子供らしくて可愛らしかったのでしょうか?」

「いいえ・・ダニエル様はあの頃から相変わらず完璧な容姿に最高の頭脳をお持ちで、私の最も崇拝して敬愛するお方です」

まあそんな所だと思ったわ。あのダニエルに子供らしい時期があっただなんて考えられないもの。

話を聞くとルーク様はダニエルとは彼が九才の時に世話係に任命されて以来の関係で、彼が騎士になるからと自らも騎士になった変わり者らしい。

ルーク様は元々男爵家の三男だったらしく、武の才にも長けていたのでダニエルに遅れて半年ほどかかったが騎士の称号を異例の速さで拝受した。今はダニエルの隊の副長にまで昇りつめて、公私ともに彼の腹心の部下というわけだ。

「ダニエル様は十一歳の時から七か国語をマスターしてすでに王国の政治に介入していました。それに最近ではここ何年も干害にあっているムルソレイ地域について堰堤を建設する計画と設計図をお書きになったり、小麦市場の王権介入案を議会に提出されたりしております」

「・・・そうなのですね。聞いているだけで大変そうですわ」

今月はダニエルの騎士隊の訓練期間なので、一日のほとんどを騎士団で拘束されているはずだ。しかもその合間を縫って私へのストーーカー行為を続けている。その他に仕事をする時間など無いに等しいに違いない。

「でも騎士団の訓練の片手間に出来る仕事なのですか?」

「そうですね、ですからダニエル様はエミリー様に会う時間を作る為に、最近では短い睡眠時間を更に削っておられます。ダニエル様のエミリー様への執着は私の想像の範囲を遥かに超えていらっしゃいます。よほどエミリー様が大切なのですね」

そういってダニエルの事を語っていた時と同じような表情で私を見る。そんな風に時間を無理やり作ってまでダニエルが私に会いに来ているだなんて思ってもみなかった。いつも余裕ぶって微笑んでいるダニエルの裏の姿に、胸がきゅんと締め付けられる。

あれっ?なに・・・このきゅんって・・・・?!??!

このほのかな胸の高鳴り・・・・ダニエルの事を考えるだけで落ち着かなくなる心臓の鼓動・・何なのこれ?!

彼の整った顔を見て素敵だと思い、不覚にもきゅんとしたことはあっても・・・ダニエルを想ってだなんて、初めてだわ!!

「ま・・まさか・・・」

「エミリー、お待たせ。ようやくまた君に会えた」

その時タイミングよくダニエルが騎士団長との話を終えて扉を開けて戻ってきた。そうして私の姿を見た瞬間、嬉しそうに一気に微笑んだ彼の顔から目が離せなくなる。黄金色に輝く空気を含んだ艶やかな髪に・・・宝石よりも美しい光を反射するエメラルドの瞳・・・・整った顔立ちに浮かぶ物静かな微笑み・・・。

「・・どうかしたの?」

「うっ・・・・!」

ダニエルは私の態度がおかしい事に気が付いたようで、ソファーに座ったままダニエルの方を見て動かない私の顔を覗き込んだ。

途端に息が苦しくなるほどに心臓が更に激しく音を立て始める。私は痛む胸を押さえて、息も絶え絶えにダニエルの顔を見上げた。

「ダニエル・・・これって何なのかしら。貴方の存在があまりにも脅威だから体が警戒しろってサインを出しているの?私、なんだかおかしくなっちゃったみたいで、貴方を見ると息苦しくて酸欠で死んでしまいそうになるわ」

まるで高熱を出した時のように体中が熱くなって苦しい。ダニエルはそんな私の前に立ち腰をかがめて両頬をそうっと優しく両手で包んで感極まったような表情でこういった。

「それってエミリーが僕を好きになったってことじゃないかな?嬉しいよ、やっと僕の気持ちが通じたんだね」

「そんな訳ないわ!きっと貴方が傍にいると下着を取られたり床で寝かされたり、ろくな目に合わないから心だけじゃなくて体が拒否しているのよ!」

「・・・・本当にそう思っているの?エミリー」

ダニエルは自分の両手を私の頬に当てたまま引き寄せ、私の額に自分の額をくっつけた。肌が触れ合った瞬間・・・ダニエルの吐息が頬を撫でていってズクンと背中が震えるのを感じた。

「僕はエミリーを愛しているから、君の事を考えるだけでいつだって胸が苦しくなって滅茶苦茶にして永遠に閉じ込めたくなる。それと同じだよ」

「・・・そうなの?私・・・貴方が好きなの?でも私は貴方を無茶苦茶にして閉じ込めたくはならないわ。そのまま剝製にして私の隣に飾っておきたい程度よ」

「愛情の表現の相違だね・・・。君は僕を愛しているんだ。認めた方がいいよ」

そういわれても全く腑に落ちない。というか絶対に認めたくない気持ちの方が強い。

私はダニエルを涙目のまま睨み返した。そんな私の様子を見て、ダニエルは大きくため息をついて触れ合っていた額を離した。その両手はいまだに私の頬を覆ったまま、私とダニエルは互いに見つめ合っていた。

「まだ自分の気持ちが分からないようだったら、これから一週間。僕に会わずにいたらどうかな?そうしたら君が僕を好きなのか理解できると思うよ」

「じゃあもし私が貴方を好きになったのじゃなくて細胞レベルで拒絶しているってわかったら、もう二度と私の前に現れないって約束してくれるかしら?」

「それは絶対に永久に無理だね。その時は僕の下着を君にあげるよ。好きなだけハンカチにでもテーブルクロスにでもしたらいいよ。それでイーブンでしょう?」

どこがイーブンなのかさっぱり理解できない。というかダニエルってば私の下着をそういう目的でに使うつもりなのかしら。そっちの方がそら恐ろしくてうっかり涙が出そうになる。

「貴方の下着はどうでもいいけど、一週間ダニエルと会わなくて済むのなら悪くない話だわ」

「君は絶対に僕に会いたくなって、三日も経たないうちに自分から会いに来るよ。僕の計算は外れたことがないんだ」

「ダニエルこそ私の腰が抜けるようなキスが欲しくて堪らなくなって、会いに来たりしないでね。そうしたら貴方の下着を貰って雑巾にした上で小さく切って燃やしてしまうわよ」

そういって私は目の前にあるダニエルの唇にちゅっと音を立てて軽くキスをした。するととても嬉しそうに微笑んだダニエルは、約束を交わしたという返事のつもりか同じように唇を寄せて私にキスをした。

「約束だよ、僕の可愛いエミリー」

そうして話はついた。騎士団本部から馬車までの道筋で、私が万が一転んで剥き身の下半身を露出する事態になったら困るといってダニエルは私を横抱きに抱き上げた。

馬車にたどり着くまで、騎士団本部の廊下を抜け、階段を降り・・緑に包まれた回廊を渡っていく私たちの隣を通りすぎていく騎士様の顔を平気で見られるほど、私は羞恥心を失ってはいない。顔を両手で隠しながら何度もダニエルに下ろしてほしいと頼み込んだが、優しく微笑むばかりで絶対に下ろしてくれようとはしなかった。

しかもその様子がお歳を召した騎士様方には初々しくうつったらしく、何度も騎士様達にからかわれ温かい言葉をいただいて更に恥ずかしさが増す。

ルーク様も同乗しているというのに、結局馬車の中でもダニエルの膝の上に抱っこされたままでミルドレイル伯爵家に戻った。

さすがに伯爵家では恥ずかしいので、ダニエルの足を思いきりヒールで踏みしめて彼が痛みに悶えている間に、馬車からさっさと自分の足で降りた。しばらく玄関先で使用人に見守られながらの長い抱擁を済ませた後、ダニエルは寂しそうな顔をして去っていった。

そうしてダニエルが好きなのかもしれないという恐ろしい疑惑を私が抱き始めたその日を最後に、ダニエルは私の前から忽然とその姿を消した。

王国の武器と頭脳とまで言われたダニエル・オルグレン伯爵は、その晩何者かに誘拐された。

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