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「行こうか」
来実を促し、レジへ向かう。
「自分の分は自分で払います」
「誘ったのは僕だから、今日は奢られてくれないかな?」
「おれからも頼むよ」
2人のやりとりに入ってきた維に、昶が小さく舌打ちをする。
「余計なこと言うな」
「だって、はじめてじゃないか、兄貴に『払います』なんて言った女性は」
「自分が飲みたくて頼んだものを、どうして自分が払わないんですか? おかしいですよね?」
はぁぁぁ、と昶は大きく息を吐き出す。それに維はニヤリと笑って。
「兄貴はこんな見た目だから、甲斐甲斐しく世話して欲しがるんだ。そういう女性しかおれも見てなかったから、ちょっと新鮮でさ」
「おまえ、黙ってろ」
「今更だろ」
兄弟の掛け合いに、来実は驚きに目を丸くしたあと、ふふっ、と笑い出す。
「そっちが素なんですね」
くすくすと笑いながら、「今日はご馳走になります」と来実は財布を鞄にしまう。
「もう笑わないでくれる?」
店を出て駅へ歩きながら昶が言えば、来実は口元をほころばせたまま、自分の歩調に合わせて隣を歩く彼を見上げた。
「あれって、お兄さんへの応援ですよね。もしかしたら、弟さんも今までの彼女さんたちに苦労したんじゃないのかなって思って」
他人事とは思えなかったのかなと思ったんです。
来実の予想は正解で、昶と同じように維も苦労しているのだ。
冷たい印象の『できる男』だが、実際の維は自分が満足するまで甘やかして、自分以外を見るなと言い張る独占欲の塊だ。
「そうだね、あいつも僕と同じように苦労してるよ。でも、僕は見つけたから、君をね」
「わたし?」
駅のホームで電車を待ちながら、昶は隣に立つ彼女を見下ろす。
「僕が素を出しても槙原さんは笑って許してくれる、そんな気がするんだ」
「買いかぶりすぎです。そんないい人じゃない」
「それでも、僕がこうやって殆ど素で喋っててもちゃんと聞いてくれてる」
「あれ? 今も素で喋ってたんですね」
来実の言葉に昶は喉の奥で笑う。そんな笑い方ははじめてで、彼女は目を見張る。今日は驚いてばかりだ。
電車に乗り込み、扉の近くの隙間へ来実を促して、昶は背の低い彼女が紛れ込んでしまわないよう、自分の体で庇うように立つ。
「ありがとうございます」
「ん? どうしたの?」
「背が低いと息苦しくなったりするんです。でも今は、佐藤さんが前に立っててくれるから、楽です」
――あぁ! もう!
昶は彼女の可愛さに抱きしめたくなる。こんな場所でなければ、我慢できなかったかもしれない。
「無意識? 無意識だよな? おれ、煽られっぱなしなんだけど」
「なんですか?」
早口で言った昶の台詞は彼女には届かなかったようだ。
「いや……気にしないで」
――おれ、耐えられるかな。
「もうすぐ駅に着きますけど、本当にいいんですか?」
「もちろん。……というかさ、僕は君が嫌じゃなかったら、もっと一緒にいたい。仕事の帰りにこうやって送ることが出来るのは役得だと思ってるし、この先だって、君が許してくれるなら一緒にいたい。でも、今日は送り狼にならないって約束したから」
はっきりと自分の思いを口にする彼に、来実は尊敬の念すら感じてしまう。
こんなにはっきり自分の意見を言えるのは、自分に自信があるからだろうか。それとも、性格なのだろうか。
「ありがとうございます。今日はお言葉に甘えます」
胸は少しドキドキするけれど、これが『好き』っていうこと?
わからないけれど、この人はわたしを――わたしの本質を見てくれている。……そんな気がした。
来実を促し、レジへ向かう。
「自分の分は自分で払います」
「誘ったのは僕だから、今日は奢られてくれないかな?」
「おれからも頼むよ」
2人のやりとりに入ってきた維に、昶が小さく舌打ちをする。
「余計なこと言うな」
「だって、はじめてじゃないか、兄貴に『払います』なんて言った女性は」
「自分が飲みたくて頼んだものを、どうして自分が払わないんですか? おかしいですよね?」
はぁぁぁ、と昶は大きく息を吐き出す。それに維はニヤリと笑って。
「兄貴はこんな見た目だから、甲斐甲斐しく世話して欲しがるんだ。そういう女性しかおれも見てなかったから、ちょっと新鮮でさ」
「おまえ、黙ってろ」
「今更だろ」
兄弟の掛け合いに、来実は驚きに目を丸くしたあと、ふふっ、と笑い出す。
「そっちが素なんですね」
くすくすと笑いながら、「今日はご馳走になります」と来実は財布を鞄にしまう。
「もう笑わないでくれる?」
店を出て駅へ歩きながら昶が言えば、来実は口元をほころばせたまま、自分の歩調に合わせて隣を歩く彼を見上げた。
「あれって、お兄さんへの応援ですよね。もしかしたら、弟さんも今までの彼女さんたちに苦労したんじゃないのかなって思って」
他人事とは思えなかったのかなと思ったんです。
来実の予想は正解で、昶と同じように維も苦労しているのだ。
冷たい印象の『できる男』だが、実際の維は自分が満足するまで甘やかして、自分以外を見るなと言い張る独占欲の塊だ。
「そうだね、あいつも僕と同じように苦労してるよ。でも、僕は見つけたから、君をね」
「わたし?」
駅のホームで電車を待ちながら、昶は隣に立つ彼女を見下ろす。
「僕が素を出しても槙原さんは笑って許してくれる、そんな気がするんだ」
「買いかぶりすぎです。そんないい人じゃない」
「それでも、僕がこうやって殆ど素で喋っててもちゃんと聞いてくれてる」
「あれ? 今も素で喋ってたんですね」
来実の言葉に昶は喉の奥で笑う。そんな笑い方ははじめてで、彼女は目を見張る。今日は驚いてばかりだ。
電車に乗り込み、扉の近くの隙間へ来実を促して、昶は背の低い彼女が紛れ込んでしまわないよう、自分の体で庇うように立つ。
「ありがとうございます」
「ん? どうしたの?」
「背が低いと息苦しくなったりするんです。でも今は、佐藤さんが前に立っててくれるから、楽です」
――あぁ! もう!
昶は彼女の可愛さに抱きしめたくなる。こんな場所でなければ、我慢できなかったかもしれない。
「無意識? 無意識だよな? おれ、煽られっぱなしなんだけど」
「なんですか?」
早口で言った昶の台詞は彼女には届かなかったようだ。
「いや……気にしないで」
――おれ、耐えられるかな。
「もうすぐ駅に着きますけど、本当にいいんですか?」
「もちろん。……というかさ、僕は君が嫌じゃなかったら、もっと一緒にいたい。仕事の帰りにこうやって送ることが出来るのは役得だと思ってるし、この先だって、君が許してくれるなら一緒にいたい。でも、今日は送り狼にならないって約束したから」
はっきりと自分の思いを口にする彼に、来実は尊敬の念すら感じてしまう。
こんなにはっきり自分の意見を言えるのは、自分に自信があるからだろうか。それとも、性格なのだろうか。
「ありがとうございます。今日はお言葉に甘えます」
胸は少しドキドキするけれど、これが『好き』っていうこと?
わからないけれど、この人はわたしを――わたしの本質を見てくれている。……そんな気がした。
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