2 / 9
2
しおりを挟む「お嬢様、おはようございます」
扉の向こうから声がする。それに彼女は、入室を促す返事をした。
「おはよう、昨日はありがとう。またよろしくね」
「お役にたてたようでなによりです。それよりお嬢様、今日はどうなさいますか?」
「そうね……昨日の今日だから、あまり気乗りしないのだけれど、仕方ないでしょうね」
ため息まじりで言うと、彼女は簡易なドレスを選んだ。
「今日は出来るだけ執務室から出ないようにするわ」
心配そうに見る侍女に「痛みはないから大丈夫よ」と言って、緩く笑った。
「ライラ、大丈夫?」
「はい。ありがとう、お母様」
「何かあったら、必ず言うのよ?」
「はい」
ライラは小さく笑みを浮かべたまま、執務室へ足を向ける。
小さいが領地をもつプラント家の爵位は伯爵。上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となる。よって、ちょうど真ん中の地位になる。
「今日はこのまま執務室で過ごすわ。ある書類は全部持ってきて」
ライラが執務室に入ったと同時にやってきた青年に向かって、彼女は言う。それに彼は少しだけ気遣うような色を瞳に乗せたが、何も言わずに「わかりました」と頭を下げて執務室を出て行った。
彼はこの屋敷に来て、10年になる。ライラの父が、たまたま城に来ていた彼をスカウトしたらしい。
名前は、ライナス・ジェフリーズ。伯爵家の次男で、癖のない銀の髪に緑の瞳。変わることのない表情が、冷たい印象を与える。
「お嬢様、あまり体調がよろしくないのでは?」
「そう見える?」
ライナスが抱えて持ってきた書類を書斎机に置きながら、少し声を潜めて問いかけてくる。表情は変わらないが、目や声で感情の起伏を感じることができる彼を、ライラは好きだった。
「そういえば、昨夜は外出なさっていたのですね」
「こればかりは仕方ないわ。……そうしなさいと、お父様から言われているもの。バレたときが面倒だし」
ライラが両肩を軽く竦めれば、彼は少し考えるそぶりを見せたが、すぐにいつもの表情に戻して「休憩時間には少し甘いものでもご用意しましょう」と気遣う声で言った。
「そうね……お願いできる?」
「はい、承知いたしました」
一礼すると、彼は静かに扉を開けて、侍女へ準備の指示をするべく消えていった。
ライラの父は、王宮で勤めている。城のある王都からこの土地まで、馬で丸一日かかる。そのため、領地の管理は母が行なっていた。母に教えてもらいながらライラも領地の管理を行うようになり、昨年、母よりライラ一人で管理をやってみなさいと言われ、現在に至っている。
比較的穏やかな人々のため、争い事はないに等しい。
ノックの音に入室の許可を出すと、執事のライナスが入ってきた。
「お嬢様、昨日の今日で根を詰め過ぎでは?」
「そんなつもりはないのだけれど」
書類にサインをする手を止め時計を見る。
「こんな時間だったのね」
執務室に入ってから、2時間が経過していた。
明日は王宮で夜会があり、それに父が参加する。そのパートナーとして母が同行するため、今日の午後から王都に向かうことになっていた。その間、ライラ一人でこの家で過ごすことになる。
「もうすぐお昼ですから、軽めのものを用意しました」
紅茶が主流だが、執務室で好んで飲むのはコーヒー。このコーヒーの美味しさを教えたのは、ライナスだ。
「ありがとう。いい香りね」
ソファへ腰をおろしたライラの前に、二粒のチョコレートとコーヒーが置かれた。
紅茶を飲む際は侍女のアイリーンに頼むが、コーヒーは執事のライナスがいれる。
ゆっくりとカップを傾ける彼女を見つめて、ライナスは瞳を細めた。
「お母様はもう出かけた?」
「はい、私にくれぐれもよろしく、と」
「貴方に? 普通は娘に言うものよね」
でも、お母様らしいわ。
ふふ、と笑ってチョコレートを1粒口に入れた。
0
お気に入りに追加
25
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる