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番外編
第89話 食べたい料理
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うん。やはり、イツキ提案の料理はどれも素晴らしい。
魚を『カツ』にするのは驚きではあったが、ポンズや大根をすりおろしたもの。それに、ネギなどを散らした美しい逸品だったが……屋敷の料理長となったキルトに指示して作らせたとは言え、味は悪くない。
二人だけで住んでいた頃は、イツキの料理を独り占め出来てはいたが。今は身重の妻に無理難題を押し付けたくはない。とは言っても、じっとしているのが習慣となっていないイツキ自身は、寝る以外の時間は何かをしようとしているらしい。
メイド頭からは編み物を習っているそうだが、それでも一時でしかないようだ。
俺が武人であるように、彼女も料理人。体を動かす方が性に合っているからだろう。
(……しかし、美味かった)
魚を使った揚げ物ははじめてではない。
二人で暮らし始めたばかりの頃、市場に行きたいと言ったイツキの供でついて行った時に、仕入れたやつでも作ってくれた。
あれはふんわりとした仕上がりだったが、今回のはまるで肉を食べているような仕上がり。さっぱりしたソースとの相性も良過ぎた。是非もう一度食べたいくらいだったが……もうひとつの欲求も出てきてしまったのだ。
「……カツ丼ですか?」
「……頼みたい」
とある日の帰宅後のこと。
出迎えがまだ出来るイツキの前で、俺は頼み込んだのだ。
ずっと前にだが、肉のカツで作ってくれた……米と素晴らしく合う料理を。
肉違いなのに、マグロのカツを堪能してから……どうも頭に浮かんでしまうのだ。
「……ちなみに、煮カツとソースだとどちらに?」
「悩んだが……卵を使ったのが」
「煮カツですね。今日はもうキルトさんが用意してしまっているので、明日以降でいいですか?」
「! ああ、もちろん」
たしかに、せっかくキルトが仕込んでくれた料理を無駄にしてはいけない。その日の晩は、それでも俺の好きなオムライスではあったが……頭の中では、明日あたりにカツ丼が食べられると思ったら、わくわくしてしまう。
完全にイツキの手製ではないが、伝授された技術をなるべく再現出来るキルトもすごいからな。城だったら、ワルシュ料理長には劣ってもそれなりの位置にいそうだ。
そして俺は、その楽しみが嬉しくて……翌日の仕事が異様に捗ってしまったのだ。
「なんや、副隊長? えらく上機嫌やんなあ?」
「ええ、本当に」
レクサスや隊長が呆れるような表情を向けてくるので、今の俺はよっぽど腑抜けた表情をしているのだろう。
「まー、大方イツキはんに関係しとんのやろ?」
「八割……いいえ、九割そうでしょうね?」
「ほぼ確実やないですか」
「事実でしょう?」
二人にはわかりやすいくらい……まあ、俺はイツキにはベタ惚れではあるからな。
そして、二人もイツキから大恩を受けている。主に恋愛面について。彼女が間にいなかったら、レクサスは結婚できなかったし……隊長は殿下と婚約も出来なかったのだから。
無論、それ以外にも料理では大変世話になっている。
「なんや? イツキはんがまたうんまい飯作ってくれるんか? そろそろ臨月近いんちゃうんか?」
「しばらく会っていませんが、体は大丈夫ですか?」
「だいぶ膨らみが目立ってきたので、料理をするのは控えています。今は雇った料理人達が作ってくれていますが」
「……それは」
「イツキはんの弟子言うてもええなあ?」
「事実、その通りだ。レクサス」
完全再現ではないが、キルトらの料理も異世界のものに染まりつつあるのだから。
魚を『カツ』にするのは驚きではあったが、ポンズや大根をすりおろしたもの。それに、ネギなどを散らした美しい逸品だったが……屋敷の料理長となったキルトに指示して作らせたとは言え、味は悪くない。
二人だけで住んでいた頃は、イツキの料理を独り占め出来てはいたが。今は身重の妻に無理難題を押し付けたくはない。とは言っても、じっとしているのが習慣となっていないイツキ自身は、寝る以外の時間は何かをしようとしているらしい。
メイド頭からは編み物を習っているそうだが、それでも一時でしかないようだ。
俺が武人であるように、彼女も料理人。体を動かす方が性に合っているからだろう。
(……しかし、美味かった)
魚を使った揚げ物ははじめてではない。
二人で暮らし始めたばかりの頃、市場に行きたいと言ったイツキの供でついて行った時に、仕入れたやつでも作ってくれた。
あれはふんわりとした仕上がりだったが、今回のはまるで肉を食べているような仕上がり。さっぱりしたソースとの相性も良過ぎた。是非もう一度食べたいくらいだったが……もうひとつの欲求も出てきてしまったのだ。
「……カツ丼ですか?」
「……頼みたい」
とある日の帰宅後のこと。
出迎えがまだ出来るイツキの前で、俺は頼み込んだのだ。
ずっと前にだが、肉のカツで作ってくれた……米と素晴らしく合う料理を。
肉違いなのに、マグロのカツを堪能してから……どうも頭に浮かんでしまうのだ。
「……ちなみに、煮カツとソースだとどちらに?」
「悩んだが……卵を使ったのが」
「煮カツですね。今日はもうキルトさんが用意してしまっているので、明日以降でいいですか?」
「! ああ、もちろん」
たしかに、せっかくキルトが仕込んでくれた料理を無駄にしてはいけない。その日の晩は、それでも俺の好きなオムライスではあったが……頭の中では、明日あたりにカツ丼が食べられると思ったら、わくわくしてしまう。
完全にイツキの手製ではないが、伝授された技術をなるべく再現出来るキルトもすごいからな。城だったら、ワルシュ料理長には劣ってもそれなりの位置にいそうだ。
そして俺は、その楽しみが嬉しくて……翌日の仕事が異様に捗ってしまったのだ。
「なんや、副隊長? えらく上機嫌やんなあ?」
「ええ、本当に」
レクサスや隊長が呆れるような表情を向けてくるので、今の俺はよっぽど腑抜けた表情をしているのだろう。
「まー、大方イツキはんに関係しとんのやろ?」
「八割……いいえ、九割そうでしょうね?」
「ほぼ確実やないですか」
「事実でしょう?」
二人にはわかりやすいくらい……まあ、俺はイツキにはベタ惚れではあるからな。
そして、二人もイツキから大恩を受けている。主に恋愛面について。彼女が間にいなかったら、レクサスは結婚できなかったし……隊長は殿下と婚約も出来なかったのだから。
無論、それ以外にも料理では大変世話になっている。
「なんや? イツキはんがまたうんまい飯作ってくれるんか? そろそろ臨月近いんちゃうんか?」
「しばらく会っていませんが、体は大丈夫ですか?」
「だいぶ膨らみが目立ってきたので、料理をするのは控えています。今は雇った料理人達が作ってくれていますが」
「……それは」
「イツキはんの弟子言うてもええなあ?」
「事実、その通りだ。レクサス」
完全再現ではないが、キルトらの料理も異世界のものに染まりつつあるのだから。
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