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番外編

第62話 貴族じゃなかった夫人

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 お屋敷に就職して、私を含める使用人は奥様に最初は頼る事をせねばならなかった。

 どこに何が収納されているか、洗濯場の順番や掃除道具などなど……奥様がおひとりで切り盛りされていたのだから仕様がないけれど。奥様は、嫌なお顔ひとつせず、ニコニコとお教えくださった。そして、私は洗濯当番に決まったのだが。


「タオルはこう言うふうに振ると、干し上がりがふんわりしますよ」


 などと、こちらも一から順番に奥様よりお教えいただくことになった。びっくりしたけれど、雇い主様からのご指導に反論する勇気だなんて微塵もないわ。でも、教えていただいた通りに干してみると……少し仕上がりがふんわりしている気がしたわ。シャツなども、同じく。

 このような方法……奥様はどちらで学んだのかしら?


「わかりました、奥様」

「残りはお願いしますね? 私はおやつ作ってきますから」

「? え? おやつ?」


 厨房にも料理人はちゃんと常駐することになっているのに……奥様がそちらもお作りになられる? びっくりして変な声が出てしまったけれど、奥様は咎めもなくニコニコされていらっしゃるだけだった。


「私は、結婚前はお城のまかない料理番だったので……逆に料理をしないと落ち着かないんですよ」

「……料理人、ですか?」

「はい。だから貴族でもなんでもありません」


 だけど、今は……と告げても、似た返答をおっしゃられるだけだろう。それに、実は少し楽しみにもなってきた。お城にお勤めだったと言うことは、素晴らしいお菓子が出来上がるではないかと。

 なので、『お洗濯頑張ります!』と意気込むと、奥様はさらにニコニコとされてお屋敷の中に入られた。


「よーし! 丁寧に頑張るぞ!」


 タオルは単純に振ってシワを伸ばすだけじゃない方法を教わったから……それを忠実に守り。洗う時も丁寧に。それを幾度か繰り返すと……主人がおふたりなので量は多くなかったので、すぐに終わった。これを……今までは奥様おひとりでされていたことが凄い。でも、ご懐妊の時期が経つとそれもできなくなってくるから……私のような子どもでもお役に立てるのであれば、頑張ろうと思える。

 それに、初日でも奥様のおやつがいただける!

 まだそんなに経っていないし……せっかくだから、お手伝いに行こうかなあ? 場所は覚えているので、片付けをしてから私は厨房へと向かった。廊下を歩いていると、ふんわりと優しい香りがしてきたわ!


「……このように、ふくらむのですね?」

「お上手ですよ。二人で全員分焼いちゃいましょう」

「奥様……ご無理は」

「大丈夫ですよ。じっとしていられないので……」


 料理長に任命された男性と、どうやらお菓子を作っているらしい?

 クッキーとかの匂いでないのはわかるけど……何を作っているんだろう?

 ちょっと、声をかけにくかったが、ここに来た理由を忘れてはいけないと扉を軽くノックしたわ。


「エミリです。お洗濯が終わりましたので……こちらでお手伝いさせてください」

「もう終わったんですね? ありがとうございます」


 奥様がくるっと振り返られると……コンロでは、フライパンを使って、お料理をされていたのだけれど。お菓子……には見えないが、部屋いっぱいの甘い匂いはやっぱりはじめて嗅ぐものだった。
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