上 下
76 / 784
王女のまかない⑤

第4話『チョコレートショートケーキ』③

しおりを挟む
 少し遅めのお茶会。

 けど、通達を頼めば……ネルヴィスは来てくれた。

 私の部屋で、サフィア達には控え室にいないようにさせて。

 ただし、イツキだけはそちらに待機させているわ。それぞれの事情を知っている人間として……私のワガママではあるけれど、少しでも支えになってくれる人がいて欲しかった。

 ネルは完全な正装ではないけど、近衛騎士団の隊長らしい出立ちで……私達王族に次ぐ血筋が体現されている輝かしい金髪は今日も美しい。顔も眩しいくらいに美しいわ……。


(この人が本当に私を……?)


 今更に思うけど、まだ信じられじないわ。告白がされたけど、私はあの時逃げてしまった。記憶が戻る前なら当然の反応。

 大人じゃなくったって、信じられるわけがない。お城でトップクラスのスターが王女とは言え、子供の事を女として見ているだなんて。

 少し……いや、だいぶ異常だわ。この人の頭のネジが一本どっかいったんじゃないかと思う。でも、今のネルは私が座るように言うと、いつも通りの微笑みを浮かべてくれていた。その美しさに今までとは違って、ドキドキしないわけがない。


「お茶会へのお誘い、ありがとうございます。殿下」


 いつも通りの微笑み。

 いつも通りの耳通りの良い、イケメンに許された声音。

 ほんと、子供の今であっても絆されてしまいそうだわ。けど、ただ絆されていけないわと私は先にサフィアに淹れておいてもらった紅茶を口にする。

 今日作ったチョコレートのショートケーキには合いそうな渋みだわ。まだこの年齢だとコーヒーが口に合わないもの。


「今日はお詫びも兼ねて呼んだの」

「詫び? ですか?」

「……この前の夜のことよ」

「……なるほど」


 少し寂しそうな顔になったけど、そんな顔をさせたくない。だから、きちんと言うことにしたわ。


「迷惑だなんて思ってないわ、ネル!」

「……え?」

「びっくり……はしたわ。けど、嫌とは思っていない」

「……え」


 あら、ネルヴィス?

 あなた、そんな間抜け面出来たのね!?

 ちょっとおかしいけど、いつもの完璧甘いマスクよりも断然人間らしく見えるわ!!


「そう思っているからこそ、お詫びのお菓子を用意したの。……今テーブルにあるのはイツキと一緒に作ったケーキよ」

「!? これを……殿下が、ですか!?」

「チョコレートを使ったショートケーキですって」

「その……口にしていいんでしょうか?」

「もちろんよ」


 そのために作ったんだから、食べてもらわなきゃ困るわ!!

 ケーキはイツキに頼んで1ピースずつお皿に載せてあるので、私とかが切り分ける必要はない。断面も心配してたけど、美しいチョコレートクリームとイチゴ、スポンジの層になっていた。

 スポンジも、表面をきれいにした時の端切れを味見したから、味は問題ない。むしろ、イツキの指導のお陰で子供でもよく出来たと思ったわ。前世の家事スキルはペーぺーだったけど……イツキはやっぱり凄い。

 教え方もとっても上手だもの。たしか、生産ギルドに登録して、レシピを売ったらちょっとどころではない小金持ちになったって言っていた。


「……口にするのがもったいないくらいに美しいですね?」

「そ、そう?」

「しかし、せっかくの殿下お手製ですしね? 頂かせていただきます」


 と言って、綺麗な作法でケーキをなんのためらいもなく口に入れてくれた。

 もぐっと口が動くと、綺麗過ぎる白い肌がピンクに染まっていく。


「ど、どうかしら??」


 味見はほぼした。

 けどそれは、日本人感覚としてだ。

 そうじゃない、イツキの料理をある意味食べ慣れているネルヴィスの口に合うかどうか。

 ドキドキしながら待っていると、ネルはフォークをお皿の上に置いて……最上級の微笑みを私に向けてきた。


「このようなケーキ、初めてです! とても美味しいですよ!!」

「イツキと一緒に作ったからだもの」

「ですが、殿下はほとんど調理をなされたことはないはずです。それを踏まえても、美味しいですよ」

「ありがとう……」


 喜んでもらえて良かったわ。

 けど、今日の最難関はもうひとつある。

 私の気持ちと、私の秘密を打ち明けることだ。

 ネルヴィスが紅茶を飲み終わってから、私は両手の拳を膝の上に置いた。

 その表情がすごかったのか、ネルには不思議そうな顔を向けられた。


「? 殿下?」

「あのね、ネル!」

「はい?」

「ネルの気持ち、すっごく嬉しかったの! けど、私には……あの時あなたが告げてくれた後に……大変な事に気づいたの!!」

「!? 殿下のお身体が、でしょうか?」

「いいえ。私……多分イツキと同じ世界から来た転生者なのよ!!」

「……………………え」


 理解してもらえたかどうかはわからないが、ネルヴィスはまた間抜け面になってしまった。

 けど、言わなくちゃ、と私は言葉を続けた。


「前世の記憶を思い出したから……ただの子供じゃないの。記憶の年齢を足すとネルよりもおばさんだし、レディっぽくないわ! それでも、私に寄り添ってくれるの!?」


 わがまま。

 物凄いわがままだ。

 けど、言わずにはいられない。知った上で、私に求婚してほしい。

 じっとネルヴィスを見ながら待っていると……彼は席から立って、私の前にこの前のようにひざまずいてきた。


「もちろんです。私の本心は変わりません。むしろ」

「むしろ?」

「そのような愛らしい一面を知れて、感無量ですよ?」


 と言って、私に左手を取り、この前のように手の甲に口付けられた。


(…………ああ!)


 まだ困難な事は多いだろうけど。

 ずっと一緒にいてくれた男の人と想いを交わす事が出来るだなんて!!

 嬉し過ぎて、私は淑女らしくないくらいの勢いで彼に抱きつき、彼は力強く抱きしめてくれた。
しおりを挟む
感想 319

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

復讐はちゃんとしておりますから、安心してお休みください、陛下

七辻ゆゆ
ファンタジー
「フィオネよ、すまな……かった……」 死の床で陛下はわたくしに謝りました。 「陛下、お気が弱くなっておいでなのですね。今更になって、地獄に落とされるのが恐ろしくおなりかしら?」 でも、謝る必要なんてありません。陛下の死をもって復讐は完成するのですから。

1000歳の魔女の代わりに嫁に行きます ~王子様、私の運命の人を探してください~

菱沼あゆ
ファンタジー
異世界に迷い込んだ藤堂アキ。 老婆の魔女に、お前、私の代わりに嫁に行けと言われてしまう。 だが、現れた王子が理想的すぎてうさんくさいと感じたアキは王子に頼む。 「王子、私の結婚相手を探してくださいっ。  王子のコネで!」 「俺じゃなくてかっ!」 (小説家になろうにも掲載しています。)

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。