今世ではのんびりしたいのですが…無理ですか…

第二章

《条件》

「セイラ様。」
「……。」
「セイラ様。」
「……。」
「セイラさまー。」
「………ふぅ。」

　何度も呼びかけるレラの声と、無言で訴えてくる二対の瞳にセイラは思わず溜息を零してしまった。

「もう…。」

　レラは心配そうにセイラを見つめ。
　残る二対の瞳も彼女を伺っている。

「ミラ、カルム。」
「はい。」
「ああ。」

　名を呼べば忠犬のように二人はセイラの元にやってくる。

「二人とも、今回私が怒っていた理由分かる？」
「……。」
「……。」

　黙り込む二人にセイラは溜息を再び零す。

「あなた達は朝同じような事が起こったのに、また起こしていたのよ。」
「それは…。」
「悪い。」
「その時もあなた達は謝っていたけど、反省はないの？」
「……。」
「……。」

　黙り込む二人にセイラはジッと彼らを見る。

「二人の相性がそんなに良くないのはよーく分かった。」
「……。」
「……。」
「でもね、私は二人に喧嘩してほしくない。」

　セイラはその願いが難しい事をカルムとミラの表情を見て理解した。

「難しいんだね。」

　そう呟くセイラはどこか悲しそうだった。

「セイラ様。」
「セイラ。」
「我儘なのは分かった、一つだけ約束してくれる？」
「……。」
「……。」

　すぐに了承しない二人にセイラはどこか安心したような顔をする。
　カルムもミラもちゃんとセイラの条件を聞いてくれようとしている。
　だから、彼女がそう言った瞬間にすぐに是と言いたかったのを二人はぐっと堪えた。

「手を出す喧嘩はしないで。」
「えっ？」
「はぁ？」

　意外な条件に二人は呆気に取られる。

「カルムは男の子だし、お父様に色々教えてもらっているから、ミラに手を出したら不味いと分かっているでしょ。」
「まあ。」
「ミラは自分が弱いと分かっているからそう簡単に彼に手を出す事はない。」
「はい。」
「でも、二人とも血が上ったらそんなストッパーは簡単に崩壊すると思うの。」
「……。」
「……。」

　セイラの言葉に二人は気まずそうに目を背ける。

「だから、私からの条件、口喧嘩は許すけど、けっして手を出さないで。」
「分かった。」
「分かりました。」
「あっ、勿論、喧嘩として手を出すのはなしだから、もし、護身術として何かカルムがミラに教えるのならそれは別だからね。」
「もし、護身術を覚えるとしても、この人からは絶対教わりません。」
「……。」
「ミラ…。」

　流石にいい方がよくないと思ったセイラは窘めるように彼女の名を呼ぶ。

「……ミラ。」
「………申し訳ありません。」

　シュンとするミラにセイラはごめんと、思いを込めながらカルムを見れば、彼は気にしていないのか、表情は変えていなかった。

「もし、二人とも手が出たんなら、一週間口きかないから。」
「「――っ！」」

　セイラの言葉に二人は青ざめる。

「……。」

　セイラは二人の反応に思わず顔を引きつらせる。
　彼女としてはそんなに罰にならないだろうな、という半分冗談で言ったのだが、二人にしたら効果抜群過ぎた。

「ぜ、絶対いたしませんっ！」
「絶対に手は出さない、だからっ！」

　今にも縋り付きそうな二人にセイラは思わずレラに縋り付く。

「二人とも、セイラ様が困っているよ。」
「う…。」
「……。」

　レラの言葉に二人はぐっと押さえるが、もし、何か変な事を言えば間違いなく二人はセイラに縋り付いてくるだろう。

「セイラちゃん、終わったわよ。」
「あっ。」

　セイラにしたら掬いのような声が聞こえ、彼女はその場から逃げるようにカウンターに向かった。
　それを見た三人は視線を交わし、そして、それぞれの胸にセイラを怒らせない事を誓うのだった。