38 / 43
11
しおりを挟む
美魔女軍団の激怒りの顔は、まるでミュージカル西の魔女や、オペラの魔笛のお母様のようだ。綺麗だからこそ、とんでもなく恐ろしいほどの怒りの美がそこにはあった。
でも、全然怖くない。これでも護身術を習っていた。ひとりめの手を流して関節を決めようとした時、彼女たちは静かに地に倒れた。
「あらら。皆倒れちゃった。なんで?」
「ここで争うなど、愚かですね。王宮では、例外を除いて、システムによって全ての攻撃は無効化されますから」
獣人同士の喧嘩やトラブルは神様の意思に背く。例外として、職務の範疇や、番への侮辱や暴力を退けるためのものが許されるグレーぎりぎりの行為なのだという。王宮のセキュリティシステムが働き、体の力を奪う無味無臭のガスが彼女たちに向かって発射されたらしい。人体に悪影響はなく、至近距離の私たちがそのガスを体内に取り入れることはない。全然気づかなかった。
「だから、ふたりとも、払いのけることができるはずなのに、大人しかったんだね。彼女たちを無理にどうにかしようとして下手をすると、ふたりにガスが発射されるってわけね」
かかってこいやーと、勢いよく迎え撃つ気ではいた。だけど、やはりある程度のストレスがかかっていたのか、彼女たちがもう向かってこないと知ってホッと胸をなでおろす。そんな私の手を、左右からふたりが優しく握ってきた。
「俺たちにとって、大切な人はあなただけです。キタ以外は受け入れるはずがありません。相手がオスなら強引な手も出しましたが、メスは、メスという存在というだけで貴重なんです。彼女たちは、ある程度の無礼は許されますからね。ただ、何をしてもいいというわけでもないんです。彼女たちは、キタに対しては明らかにその範疇を越えていました」
「私が、そうなるように煽ったんだけどな。余裕で反撃できるし」
私は力こぶを作って、万が一危害を加えられそうになっても、護身術を習っていたから大丈夫だとふたりに説明した。だけど、ふたりの反応は微妙だった。この世界には護身術やそれに類似したものはないのかもしれないと、護身術について説明しようとしたが止められた。
「キタ、護身術というものがなんなのかはわからないが、あんな風にこの世界のメスたちを挑発するのはよくない。彼女たちは、単なる貴族のご婦人たちではないんだ。本性になれば、人間という非力な種であるあなたは、彼女たちに一瞬でやられる。万が一生き延びることができたとしても、彼女たちの夫たちが、自分のメスを傷つけたあなたを許しはしないだろう。そうなれば、ハレム同士の戦いになりかねない。負けはしないが」
「え? そうなの?」
どこからどうみても、お上品な女性たちだ。そんな彼女たちが、私よりも強いだなんて信じられない。しかも、女同士の争いにとどまらず、大規模な戦いになるとかとんでもないことになるところだったと震えた。
「とはいっても、この世界では神様が戦いを禁止されているから、戦いになる前にシステムが働いて、双方ともに頭が冷えるまで特別な空間に移動させられる。そこで、反省することになるんだ。この世界の獣人たちは、本来の気質が強いとはいえ、神様のルールには逆らわないから反省がすめば何事もなかったかのようになる。さっきのメスたちの中にも、相当いがみあった経緯のあるハレム同士のものもいるからな」
「喧嘩両成敗、あと腐れなしって感じなのかな?」
「そんな感じですね。どうしても好戦的で修復不可能だとシステムが判断すれば、トラブルのもとになるオスもメスも、遠い地で過ごすことになります」
「流刑はあるんだ」
「刑罰というよりも、ハレムを引き離すというものだな。住み慣れた土地から遠く離れても、住みやすい場所になるから」
ふんふんと、また知らない異世界の常識に触れたことに関心していると、ふたりから、握られた手にキスをされた。
「ひゃぁ。ななな、なに?」
突然のそれに、私は顔を真っ赤にして叫んだ。こんなこと、産まれて初めてでどうしていいかわからずドギマギする。
「他のメスを、俺たちにあれ以上近づけさせないように、追い払ってくれてありがとうございます」
「それは、ふたりが困っていたから……。それに、あの人たちの態度にムカついたのもあるし」
そう、ふたりとも嫌がって困っていた。だから、なんとかしてあげようと思っていただけ。ムカついたのも、彼女たちが上から目線の何様だったから。
「私たちのために、自らの危険を顧みなかったんだろう? メスがオスのために矢面に立つなどないから、とても嬉しかった」
「いや、だから。あの時は勝てるって思ってたし……余計なことだったみたいだけど」
マジ困った。気の強い女はごめんだと日本ではフラれそうなシチュなのに、ますますふたりは私に夢中になったかのように、はにかんで潤んだ瞳を向けてくる。しかも、映画のように手にチュッ付きで。
どうしようと困惑しつつも、胸が苦しいほどにドキドキする。とにかく、ふたりとも無事だったし、今日のところはこれでいいかと、彼らの笑みに、私も微笑み返した。
でも、全然怖くない。これでも護身術を習っていた。ひとりめの手を流して関節を決めようとした時、彼女たちは静かに地に倒れた。
「あらら。皆倒れちゃった。なんで?」
「ここで争うなど、愚かですね。王宮では、例外を除いて、システムによって全ての攻撃は無効化されますから」
獣人同士の喧嘩やトラブルは神様の意思に背く。例外として、職務の範疇や、番への侮辱や暴力を退けるためのものが許されるグレーぎりぎりの行為なのだという。王宮のセキュリティシステムが働き、体の力を奪う無味無臭のガスが彼女たちに向かって発射されたらしい。人体に悪影響はなく、至近距離の私たちがそのガスを体内に取り入れることはない。全然気づかなかった。
「だから、ふたりとも、払いのけることができるはずなのに、大人しかったんだね。彼女たちを無理にどうにかしようとして下手をすると、ふたりにガスが発射されるってわけね」
かかってこいやーと、勢いよく迎え撃つ気ではいた。だけど、やはりある程度のストレスがかかっていたのか、彼女たちがもう向かってこないと知ってホッと胸をなでおろす。そんな私の手を、左右からふたりが優しく握ってきた。
「俺たちにとって、大切な人はあなただけです。キタ以外は受け入れるはずがありません。相手がオスなら強引な手も出しましたが、メスは、メスという存在というだけで貴重なんです。彼女たちは、ある程度の無礼は許されますからね。ただ、何をしてもいいというわけでもないんです。彼女たちは、キタに対しては明らかにその範疇を越えていました」
「私が、そうなるように煽ったんだけどな。余裕で反撃できるし」
私は力こぶを作って、万が一危害を加えられそうになっても、護身術を習っていたから大丈夫だとふたりに説明した。だけど、ふたりの反応は微妙だった。この世界には護身術やそれに類似したものはないのかもしれないと、護身術について説明しようとしたが止められた。
「キタ、護身術というものがなんなのかはわからないが、あんな風にこの世界のメスたちを挑発するのはよくない。彼女たちは、単なる貴族のご婦人たちではないんだ。本性になれば、人間という非力な種であるあなたは、彼女たちに一瞬でやられる。万が一生き延びることができたとしても、彼女たちの夫たちが、自分のメスを傷つけたあなたを許しはしないだろう。そうなれば、ハレム同士の戦いになりかねない。負けはしないが」
「え? そうなの?」
どこからどうみても、お上品な女性たちだ。そんな彼女たちが、私よりも強いだなんて信じられない。しかも、女同士の争いにとどまらず、大規模な戦いになるとかとんでもないことになるところだったと震えた。
「とはいっても、この世界では神様が戦いを禁止されているから、戦いになる前にシステムが働いて、双方ともに頭が冷えるまで特別な空間に移動させられる。そこで、反省することになるんだ。この世界の獣人たちは、本来の気質が強いとはいえ、神様のルールには逆らわないから反省がすめば何事もなかったかのようになる。さっきのメスたちの中にも、相当いがみあった経緯のあるハレム同士のものもいるからな」
「喧嘩両成敗、あと腐れなしって感じなのかな?」
「そんな感じですね。どうしても好戦的で修復不可能だとシステムが判断すれば、トラブルのもとになるオスもメスも、遠い地で過ごすことになります」
「流刑はあるんだ」
「刑罰というよりも、ハレムを引き離すというものだな。住み慣れた土地から遠く離れても、住みやすい場所になるから」
ふんふんと、また知らない異世界の常識に触れたことに関心していると、ふたりから、握られた手にキスをされた。
「ひゃぁ。ななな、なに?」
突然のそれに、私は顔を真っ赤にして叫んだ。こんなこと、産まれて初めてでどうしていいかわからずドギマギする。
「他のメスを、俺たちにあれ以上近づけさせないように、追い払ってくれてありがとうございます」
「それは、ふたりが困っていたから……。それに、あの人たちの態度にムカついたのもあるし」
そう、ふたりとも嫌がって困っていた。だから、なんとかしてあげようと思っていただけ。ムカついたのも、彼女たちが上から目線の何様だったから。
「私たちのために、自らの危険を顧みなかったんだろう? メスがオスのために矢面に立つなどないから、とても嬉しかった」
「いや、だから。あの時は勝てるって思ってたし……余計なことだったみたいだけど」
マジ困った。気の強い女はごめんだと日本ではフラれそうなシチュなのに、ますますふたりは私に夢中になったかのように、はにかんで潤んだ瞳を向けてくる。しかも、映画のように手にチュッ付きで。
どうしようと困惑しつつも、胸が苦しいほどにドキドキする。とにかく、ふたりとも無事だったし、今日のところはこれでいいかと、彼らの笑みに、私も微笑み返した。
73
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される
こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!?
※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください
※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる
一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。
そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる