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10 近寄らないでくださる?

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 今回来たのは、王宮にある一角だ。この間のように、というよりも昨日の「いかにも」なバラではなく、クチナシが咲いている。夜でもないのに、その場所は甘くて強い香りに包まれていた。

「キタ!」

 その場所には、やはりというか当たり前というか。ちびっこ王子殿下がいた。私を見つけるやいなや、ぴょーんと飛びついてくる。

「まっておったぞー! あのな、予がツバメをみせてやると、みながよろこんでな。でな、カエルやドラゴンをみせると、いつも予にべんきょーしろだのうるさくいってくるじじぃどもが、まるで予よりも、ちいさなこどものようにはしゃいでのぉ……」
「殿下、それは楽しいひと時でしたね」
「キタのおかげじゃー。して、きょうは? はやくみせてくれー!」

 満面の笑顔で、昨日の様子を私に話す彼は、見た目年齢相応のやんちゃ坊主だ。これで、私よりも遥かに年上だとは到底思えない。
 私は、斜め上に飛ばすと宙がえりする紙飛行機を渡した。それを見て、目をキラキラ輝かせて喜ぶ彼はとてもかわいらしい。王様と王妃様は、公務でここには来られないが、この様子を見れば微笑んだことだろう。

「殿下、そろそろ」
「なんだ、おじうえ。まだよいではないか」

 だだっこのように、私にへばりついて離れない。そんな小さな王子様に、ペケさんは笑っているがその目はイライラして怒っている。甥っ子で王子様じゃなかったら、首根っこを掴まれてぴょーんと飛ばされるかもしれない。

「殿下、また来させていただきます。次の折り紙を楽しみに待っていてくださいませ」
「むぅ。キタがそういうのなら、しょうがない。このかみひこーきを、じじぃどもにみせびらかしてくるとするか」

 小さな嵐のような彼がこの場から去る。残っているのは、私とペケさんとホカイさんだけ。でも、不思議と心が和んでいた。彼のおかげで、リラックスできたのかもしれない。

「ペケさん、こちらが当店オリジナルのレモンパイといちごのパイでございます」
「そうか。ホカイ、手ごねスイーツは、義姉上たちがとても気に入っていてな。私も美味いと思うぞ」
「ありがとうございます」

 例のマナー講師の件は、ホカイさんが早々にペケさんに断ってくれた。それを聞き、ペケさんも私を無用なオスには合わせたくなかったと、笑って依頼の拒否を了承してくれた。

 三人で、円卓に座る。ホカイさん特性のパイを頬張っていると、最初は均等に備え付けられていた椅子ごと、彼らが私に近づいてきた。ほんの15分ほどで、右にペケさん、左にホカイさんに挟まれていた。

 両手に華だーなんて、気軽には喜べない。

「あの、ふたりとも……?」

 ふたりの想いを聞いた昨日の今日で、日本で元夫から離婚を言い渡されて追い出されてから、異世界にやってきて一年経っていないのだ。
 いくらタイプの違うイケメンたちであっても、あっちがダメなら、今度はこっち、しかもふたりとなんて切り替えができるだろうか。いや、日本にも若干名はいたのかもしれないけど、私には無理。こんなこと、日本では一生味わえないのだから、喜んだ方がお得なのかもしれないのだけれども。

 おずおず、察してよーと困った顔をすると、ふたりは、はっとして少し離れてくれた。彼らとしても、無理やり私とどうこうしようとするタイプではないことが救いだ。でも、無意識に私に近づいてきてしまうようだ。

 彼らのことは嫌いではない。かといって、スイッチをオンオフして、ボタン一つで再起動するように、即座に恋やら愛やらそういった好きという感情にもなれない。強制的にそんな気持ちになれるのなら、これほど苦労はしないだろう。

 途端に、微妙な空気になる。どうしたもんかなーと考えていると、ガヤガヤと黄色い声が聞こえだした。

「まあ、ジスペケ様じゃありませんこと?」
「ふふふ、ジスペケ様のご活躍はまだまだ人々が熱狂しておりますわね。うちの父たちも、あなたをわたくしのハレムに迎え入れなさいとうるさくて」
「まあ、抜け駆けは良くなくてよ? わたくしのハレムなら、今よりももっと大きな権限が与えられますわ。ぜひ、我が国にいらして?」

 きれいに着飾った、いかにも上流階級の美人たちが、ペケさんの周囲にやってきた。どうやら、ペケさんは思った以上にモテるらしい。綺麗に整えられた爪先が、ペケさんの服やマントにかかると、彼がとても迷惑そうにした。でも、部下の騎士たちと同じような対応は取れないらしく、やんわりとそれを避けるばかり。いくらペケさんがはっきり断らないにしても、図々しすぎて、ちょっとムカっときた。
 彼女たちがつけている薔薇の香りがきつすぎて、トイレの芳香剤を思い出す。庭に香るクチナシとの相性も最悪だと思った。

「ホカイもいるじゃない。あなた、どうしてここに?」
「……お久しぶりです」
「久しぶりね。あれからずいぶん経ったけど、いい男になったじゃない。あなた、とても有名なスイーツ職人になったそうね。今のあなたなら、私のハレムにふさわしいわ。そろそろ私のハレムに正式に入りなさいよ」

 もしかして、ホカイさんが前にいた群れの女性だろうか。ホカイさんははっきり言わないけれど、その時に、この人に酷いことをされたから、若いころに群れから離れてしなくていい苦労をしたんだと思う。彼が著名人になってお金と名声をたくさん得たから、こんな風に上目線で~でいいとか言うなんて。
 そもそも彼女はホカイさんよりも10は上じゃないかな。美魔女といえば美魔女で、年の差なんてあまり関係ない世界とはいえ、これはいくらなんでもおばちゃんと青年だ。ホカイさんが彼女に心酔しているのならともかく、普段穏やかな笑みを浮かべている彼が、物凄く嫌そうに顔をしかめている。

「あーら。あなた、今を時めく異世界の平民じゃありませんこと?」
「ほんと。デリバリーでしたか。女性が働くなんて、わたくしにはとてもとても」
「あーら、皆さま、失礼でしてよ。ふふふ。それにしても、キタと言ったかしら? おふたりとはどういったご関係なのかしら?」
「空気を読むこともなさらないのかしらねぇ。流石異世界の人間。ねぇ、おふたりには近づかないでくださる?」

 ペケさんとホカイさんが、あからさまに嫌そうにしているからか、彼女たちのプライドが傷ついたみたい。でも、彼らに攻撃の矛先を向けるには、ふたりの地位が高すぎる。ペケさんは言うまでもないけど、ホカイさんだって、その腕ひとつでのし上がった結果、世界各国の王族や貴族や大金持ちという彼のスイーツの根強いファンがいるのだから。

 しかも、ふたりの側には地味な日本人の私。古今東西、世界が違えど女の敵は女というものなのだろうか。矛先が私に向いた。

 さてさて、ここまでコケにされては、私個人だけでなく、私を雇っているホカイさんや、私を呼んだペケさんたちの顔に泥を塗るようなものだ。売られた喧嘩だ。買って三倍返しにしてやろうと立ち上がった。

「ふふ、皆さまご機嫌よう。私の自己紹介は、しなくてもよさそうですわね? ところで、あなたがたはどちらのどなたなのかしらぁ? 私、この世界に来てから、田舎とかに行ったことがなくて。皆様の家は、マップに載ってらっしゃいます?」

 私の反抗的な態度や、田舎者と馬鹿にした口調に、彼女たちは一斉に怒り出した。甲高い声で非難轟々されるものの、ちっとも怖くない。彼女たちとはくらべものにならないほど怖い人が、ここにいるのだから。

「あらあら、皆さま、お顔がかなりひどいことになって、厚い化粧がはがれかかってますわよ? おっしゃりたいことは理解しましたが、果たして招かざる客は、どちらなのでしょうかね。お・ば・さ・ま・が・た?」

 ダメ押しとばかりに、最後に言われたらムカつくランキングトップ5にある言葉を入れてみた。おばちゃんにおばちゃん呼ばわりされることほどムカつくことはないって日本のお局様が言っていたのを参考にしてみたのだが、効果は抜群だったようだ。

 わかりやすい煽り文句に、さっき以上に怒り出した彼女たちは、ペケさんやホカイさんがいることを忘れて、私に手を伸ばしてきたのである。

 
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