8 / 43
エピソード0-2
しおりを挟む
「あ、ツバメ! ……でいいのかな?」
金属のような無機質な高層の建物や、縦横無尽に走る道路や透明なドームのような空中の廊下の間を、まるで縫うかのようにこちらにやってくる。その姿は、日本でよく見たことのあるツバメそのものだった。
「ちゅん、ちゅぴちゅぴ、ちゅちゅっ」
かわいい声で鳴いている。なんだか挨拶をされているみたい。その様子は、どう見てもロボット的ではない。これが機械仕掛けなら、どれほど科学が発達した世界なのだろう。
「かわいい。人懐っこいコねぇ。ね、あなたが私を迎えに来てくれたの? えっと、飼い主さんはどこにいるのかな?」
野生なら、こんな風に近づいてこないだろう。きっと、この世界の人間は、どこか、セレブみたいな場所に住んでいて、地上には滅多にいないものなのかもしれない。
私は、当然人間がヒエラルキーのトップなのだと思っていた。でも、猿が支配していた世界の映画のように、トップはこの世界の存在なのかもしれない。ツバメを寄越してくれた存在のことが気になって、色んな意味でドキドキする。
「私、人間っていう種族なんですけど。えっと、あなたのご主人様はどんな姿なのかしら?」
(ツバメに聞いたって仕方ないのに)
そうは思いつつも、独り言のようにツバメに声をかけた。すると、私の周囲を飛び回っていたツバメが、道路にちょこんと降りたのである。そして、私のほうを見上げながら、さっきとは違う声でさえずった。
「じーい、じーい、じじ、ちゅぴっちゅぴっ」
「えーと。ごめんなさい。私、あなたの鳴き声がわからないわ。でも、私を迎えに来てくれたのよね?」
「ちゅーちゅっ」
どうやら、ツバメは私の言っていることがわかるみたい。この世界がどういう言語かわからないが、とりあえずはツバメに通じるのだから、私の言葉が通じそうでほっとする。
ツバメは、私についてこいみたいに、道路をぴょんぴょん跳ねて移動し始めた。他に行くあてもないし、ツバメは明らかに私を誘導しているようだから、素直にそれについていく。すると、大きな建物の入り口が見えてきた。
周囲の、見上げても最上階が見えないほどの建物とは違い、ここはせいぜい30階ほどのようだ。その代わり、間口がめちゃくちゃ広い。周囲がどれほど高くても、中心付近には太陽の光が到達している。
もしかしたら、日本の都会のように敷地面積がそれほどないから、土地が広い家ほど豪邸みたいな扱いなのかも。いや、逆に高層の家のほうが金持ちで、こういう家は下町の貧乏な扱いなのかもしれない。
でも、この家のペットだろうツバメの羽の艶はとてもいい。どちらにしても、ペットをこんな風に艶々で健康的に育てることができるくらいの家なのだ。
きっと、異世界の人間にも優しくしてくれると思いたい。
(まさか、ツバメと同じようにペットとして飼われるかも。複雑だけど、それがこの世界で人間が生きていく方法なら、できれば優しくて私を尊重してくれるご主人様ならいいかも)
本当は、元の世界のように、人間が生態系のトップならいいんだけど、ここは異世界。何があってもびっくりしないようにしなくちゃと心をきゅっと引き締めた。
(この世界のトップが、たとえ虫だったとしても。うう、ゴキブリみたいな姿だったらやだなあ。できれば、許容範囲内の見た目ですように)
彼女は、幸せになってって言い残して消えた。だから、どんな扱いになったとしても、私は幸せになれる環境ってことだろう。
「わぁ、すごい大きい。立派なおうちね。横幅は、くらいの大きさかな」
「じー、じーい」
「うん? ここがあなたのおうちなの?」
「じーい、じー。ちゅぴっ」
「案内ありがとう。お邪魔します」
入り口らしきものは見当たらない。どうやって入るのだろうか。
ツバメがちょこんとくぼみに飛び乗ると、ぶおんという機械の音とともにぱっくり入り口が開いた。横開きでも観音開きでもない。なんというか、四角の中心から穴が広がったという感じ。
「わ、すごい。本当に、映画とかゲームの世界みたい」
(足を踏み入れたら、某ゾンビゲームを元にした映画みたいに、逃げられないビームが襲ってこないだろうか。いやいや、歓迎してくれているのだ。それはない。きっとない。だいじょぶだいじょぶ)
「じーい、じー」
早く入ってと言わんばかりに、ツバメが鳴いている。私は、この先には恐ろしいことなんかないと信じて足を踏み入れた。
すると、さあっと景色が変わった。振り返っても、入り口はいつの間にか閉じていた。というよりも、背後は壁というか玄関のはずだったのに、あっという間に応接室のようなリラックス空間に移動していた。
「あ、植物……」
外では見られなかった緑がそこにあった。鉢植えのような小さなものではない。植物園の温室エリア並みに、うっそうと見たこともない草木が成っている。花なのだろうか。色とりどりの花弁がついているものや、実らしきものまであった。
(こういう自然を所有しているのは、きっとおお金持ちにちがいないわ)
外では植物が自生しない世界なのかもしれないし、ツバメのように動物も家で飼わないといけない環境なのかもしれない。とにかく、この世界の何もかもがわからないのだ。
私は、案内された部屋にセットされた、イスらしき金属に腰をかけた。それも、さっきの道路みたいに硬そうにみえるのに、まるで低反発のハチの巣の形の青いクッションのようにぐにゃっとしている。
すると目の前のテーブルから、魔法のようにコップらしき筒が出てきた。ステンレス製のコーヒー用のタンブラーのような形だ。中には、水分が入っている。
水ではない。コーヒーでもない。ジュースでも炭酸飲料でもない。なんというか、香りも色も、ジャスミンティとルイボスティを混ぜたというのが一番しっくりくる。
「えっと、飲んでいいのかな?」
「じー、じーい」
「えっと、いただきます……」
恐る恐る口をつける。それは、味わったことがないのに、懐かしいような味わいだった。いくらでも飽きずに飲めそうなほど美味しい。
さっきから異世界の初体験に連続で遭遇しているせいか、キャパオーバーな状況にドキドキしていた心が落ち着いた。この飲み物は、鎮静効果があるのかもしれない。心なしか、寝ていない体にそれが染みわたり、いつの間にか失っていた体力が戻ったように楽になった。
ふうっと息をつき、椅子に体をうずめてツバメの飼い主の登場を、今か今かと待ち続けた。
金属のような無機質な高層の建物や、縦横無尽に走る道路や透明なドームのような空中の廊下の間を、まるで縫うかのようにこちらにやってくる。その姿は、日本でよく見たことのあるツバメそのものだった。
「ちゅん、ちゅぴちゅぴ、ちゅちゅっ」
かわいい声で鳴いている。なんだか挨拶をされているみたい。その様子は、どう見てもロボット的ではない。これが機械仕掛けなら、どれほど科学が発達した世界なのだろう。
「かわいい。人懐っこいコねぇ。ね、あなたが私を迎えに来てくれたの? えっと、飼い主さんはどこにいるのかな?」
野生なら、こんな風に近づいてこないだろう。きっと、この世界の人間は、どこか、セレブみたいな場所に住んでいて、地上には滅多にいないものなのかもしれない。
私は、当然人間がヒエラルキーのトップなのだと思っていた。でも、猿が支配していた世界の映画のように、トップはこの世界の存在なのかもしれない。ツバメを寄越してくれた存在のことが気になって、色んな意味でドキドキする。
「私、人間っていう種族なんですけど。えっと、あなたのご主人様はどんな姿なのかしら?」
(ツバメに聞いたって仕方ないのに)
そうは思いつつも、独り言のようにツバメに声をかけた。すると、私の周囲を飛び回っていたツバメが、道路にちょこんと降りたのである。そして、私のほうを見上げながら、さっきとは違う声でさえずった。
「じーい、じーい、じじ、ちゅぴっちゅぴっ」
「えーと。ごめんなさい。私、あなたの鳴き声がわからないわ。でも、私を迎えに来てくれたのよね?」
「ちゅーちゅっ」
どうやら、ツバメは私の言っていることがわかるみたい。この世界がどういう言語かわからないが、とりあえずはツバメに通じるのだから、私の言葉が通じそうでほっとする。
ツバメは、私についてこいみたいに、道路をぴょんぴょん跳ねて移動し始めた。他に行くあてもないし、ツバメは明らかに私を誘導しているようだから、素直にそれについていく。すると、大きな建物の入り口が見えてきた。
周囲の、見上げても最上階が見えないほどの建物とは違い、ここはせいぜい30階ほどのようだ。その代わり、間口がめちゃくちゃ広い。周囲がどれほど高くても、中心付近には太陽の光が到達している。
もしかしたら、日本の都会のように敷地面積がそれほどないから、土地が広い家ほど豪邸みたいな扱いなのかも。いや、逆に高層の家のほうが金持ちで、こういう家は下町の貧乏な扱いなのかもしれない。
でも、この家のペットだろうツバメの羽の艶はとてもいい。どちらにしても、ペットをこんな風に艶々で健康的に育てることができるくらいの家なのだ。
きっと、異世界の人間にも優しくしてくれると思いたい。
(まさか、ツバメと同じようにペットとして飼われるかも。複雑だけど、それがこの世界で人間が生きていく方法なら、できれば優しくて私を尊重してくれるご主人様ならいいかも)
本当は、元の世界のように、人間が生態系のトップならいいんだけど、ここは異世界。何があってもびっくりしないようにしなくちゃと心をきゅっと引き締めた。
(この世界のトップが、たとえ虫だったとしても。うう、ゴキブリみたいな姿だったらやだなあ。できれば、許容範囲内の見た目ですように)
彼女は、幸せになってって言い残して消えた。だから、どんな扱いになったとしても、私は幸せになれる環境ってことだろう。
「わぁ、すごい大きい。立派なおうちね。横幅は、くらいの大きさかな」
「じー、じーい」
「うん? ここがあなたのおうちなの?」
「じーい、じー。ちゅぴっ」
「案内ありがとう。お邪魔します」
入り口らしきものは見当たらない。どうやって入るのだろうか。
ツバメがちょこんとくぼみに飛び乗ると、ぶおんという機械の音とともにぱっくり入り口が開いた。横開きでも観音開きでもない。なんというか、四角の中心から穴が広がったという感じ。
「わ、すごい。本当に、映画とかゲームの世界みたい」
(足を踏み入れたら、某ゾンビゲームを元にした映画みたいに、逃げられないビームが襲ってこないだろうか。いやいや、歓迎してくれているのだ。それはない。きっとない。だいじょぶだいじょぶ)
「じーい、じー」
早く入ってと言わんばかりに、ツバメが鳴いている。私は、この先には恐ろしいことなんかないと信じて足を踏み入れた。
すると、さあっと景色が変わった。振り返っても、入り口はいつの間にか閉じていた。というよりも、背後は壁というか玄関のはずだったのに、あっという間に応接室のようなリラックス空間に移動していた。
「あ、植物……」
外では見られなかった緑がそこにあった。鉢植えのような小さなものではない。植物園の温室エリア並みに、うっそうと見たこともない草木が成っている。花なのだろうか。色とりどりの花弁がついているものや、実らしきものまであった。
(こういう自然を所有しているのは、きっとおお金持ちにちがいないわ)
外では植物が自生しない世界なのかもしれないし、ツバメのように動物も家で飼わないといけない環境なのかもしれない。とにかく、この世界の何もかもがわからないのだ。
私は、案内された部屋にセットされた、イスらしき金属に腰をかけた。それも、さっきの道路みたいに硬そうにみえるのに、まるで低反発のハチの巣の形の青いクッションのようにぐにゃっとしている。
すると目の前のテーブルから、魔法のようにコップらしき筒が出てきた。ステンレス製のコーヒー用のタンブラーのような形だ。中には、水分が入っている。
水ではない。コーヒーでもない。ジュースでも炭酸飲料でもない。なんというか、香りも色も、ジャスミンティとルイボスティを混ぜたというのが一番しっくりくる。
「えっと、飲んでいいのかな?」
「じー、じーい」
「えっと、いただきます……」
恐る恐る口をつける。それは、味わったことがないのに、懐かしいような味わいだった。いくらでも飽きずに飲めそうなほど美味しい。
さっきから異世界の初体験に連続で遭遇しているせいか、キャパオーバーな状況にドキドキしていた心が落ち着いた。この飲み物は、鎮静効果があるのかもしれない。心なしか、寝ていない体にそれが染みわたり、いつの間にか失っていた体力が戻ったように楽になった。
ふうっと息をつき、椅子に体をうずめてツバメの飼い主の登場を、今か今かと待ち続けた。
95
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!
Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる