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エピソード0-2

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「あ、ツバメ! ……でいいのかな?」

 金属のような無機質な高層の建物や、縦横無尽に走る道路や透明なドームのような空中の廊下の間を、まるで縫うかのようにこちらにやってくる。その姿は、日本でよく見たことのあるツバメそのものだった。

「ちゅん、ちゅぴちゅぴ、ちゅちゅっ」

 かわいい声で鳴いている。なんだか挨拶をされているみたい。その様子は、どう見てもロボット的ではない。これが機械仕掛けなら、どれほど科学が発達した世界なのだろう。

「かわいい。人懐っこいコねぇ。ね、あなたが私を迎えに来てくれたの? えっと、飼い主さんはどこにいるのかな?」

 野生なら、こんな風に近づいてこないだろう。きっと、この世界の人間は、どこか、セレブみたいな場所に住んでいて、地上には滅多にいないものなのかもしれない。

 私は、当然人間がヒエラルキーのトップなのだと思っていた。でも、猿が支配していた世界の映画のように、トップはこの世界の存在なのかもしれない。ツバメを寄越してくれた存在のことが気になって、色んな意味でドキドキする。

「私、人間っていう種族なんですけど。えっと、あなたのご主人様はどんな姿なのかしら?」

(ツバメに聞いたって仕方ないのに)

 そうは思いつつも、独り言のようにツバメに声をかけた。すると、私の周囲を飛び回っていたツバメが、道路にちょこんと降りたのである。そして、私のほうを見上げながら、さっきとは違う声でさえずった。

「じーい、じーい、じじ、ちゅぴっちゅぴっ」
「えーと。ごめんなさい。私、あなたの鳴き声がわからないわ。でも、私を迎えに来てくれたのよね?」
「ちゅーちゅっ」

 どうやら、ツバメは私の言っていることがわかるみたい。この世界がどういう言語かわからないが、とりあえずはツバメに通じるのだから、私の言葉が通じそうでほっとする。

 ツバメは、私についてこいみたいに、道路をぴょんぴょん跳ねて移動し始めた。他に行くあてもないし、ツバメは明らかに私を誘導しているようだから、素直にそれについていく。すると、大きな建物の入り口が見えてきた。

 周囲の、見上げても最上階が見えないほどの建物とは違い、ここはせいぜい30階ほどのようだ。その代わり、間口がめちゃくちゃ広い。周囲がどれほど高くても、中心付近には太陽の光が到達している。
 もしかしたら、日本の都会のように敷地面積がそれほどないから、土地が広い家ほど豪邸みたいな扱いなのかも。いや、逆に高層の家のほうが金持ちで、こういう家は下町の貧乏な扱いなのかもしれない。

 でも、この家のペットだろうツバメの羽の艶はとてもいい。どちらにしても、ペットをこんな風に艶々で健康的に育てることができるくらいの家なのだ。

 きっと、異世界の人間にも優しくしてくれると思いたい。

(まさか、ツバメと同じようにペットとして飼われるかも。複雑だけど、それがこの世界で人間が生きていく方法なら、できれば優しくて私を尊重してくれるご主人様ならいいかも)

 本当は、元の世界のように、人間が生態系のトップならいいんだけど、ここは異世界。何があってもびっくりしないようにしなくちゃと心をきゅっと引き締めた。

(この世界のトップが、たとえ虫だったとしても。うう、ゴキブリみたいな姿だったらやだなあ。できれば、許容範囲内の見た目ですように)

 彼女は、幸せになってって言い残して消えた。だから、どんな扱いになったとしても、私は幸せになれる環境ってことだろう。

「わぁ、すごい大きい。立派なおうちね。横幅は、くらいの大きさかな」
「じー、じーい」
「うん? ここがあなたのおうちなの?」
「じーい、じー。ちゅぴっ」
「案内ありがとう。お邪魔します」

 入り口らしきものは見当たらない。どうやって入るのだろうか。

 ツバメがちょこんとくぼみに飛び乗ると、ぶおんという機械の音とともにぱっくり入り口が開いた。横開きでも観音開きでもない。なんというか、四角の中心から穴が広がったという感じ。

「わ、すごい。本当に、映画とかゲームの世界みたい」

(足を踏み入れたら、某ゾンビゲームを元にした映画みたいに、逃げられないビームが襲ってこないだろうか。いやいや、歓迎してくれているのだ。それはない。きっとない。だいじょぶだいじょぶ)

「じーい、じー」

 早く入ってと言わんばかりに、ツバメが鳴いている。私は、この先には恐ろしいことなんかないと信じて足を踏み入れた。

 すると、さあっと景色が変わった。振り返っても、入り口はいつの間にか閉じていた。というよりも、背後は壁というか玄関のはずだったのに、あっという間に応接室のようなリラックス空間に移動していた。

「あ、植物……」

 外では見られなかった緑がそこにあった。鉢植えのような小さなものではない。植物園の温室エリア並みに、うっそうと見たこともない草木が成っている。花なのだろうか。色とりどりの花弁がついているものや、実らしきものまであった。

(こういう自然を所有しているのは、きっとおお金持ちにちがいないわ)

 外では植物が自生しない世界なのかもしれないし、ツバメのように動物も家で飼わないといけない環境なのかもしれない。とにかく、この世界の何もかもがわからないのだ。

 私は、案内された部屋にセットされた、イスらしき金属に腰をかけた。それも、さっきの道路みたいに硬そうにみえるのに、まるで低反発のハチの巣の形の青いクッションのようにぐにゃっとしている。

 すると目の前のテーブルから、魔法のようにコップらしき筒が出てきた。ステンレス製のコーヒー用のタンブラーのような形だ。中には、水分が入っている。

 水ではない。コーヒーでもない。ジュースでも炭酸飲料でもない。なんというか、香りも色も、ジャスミンティとルイボスティを混ぜたというのが一番しっくりくる。

「えっと、飲んでいいのかな?」
「じー、じーい」
「えっと、いただきます……」

 恐る恐る口をつける。それは、味わったことがないのに、懐かしいような味わいだった。いくらでも飽きずに飲めそうなほど美味しい。
 さっきから異世界の初体験に連続で遭遇しているせいか、キャパオーバーな状況にドキドキしていた心が落ち着いた。この飲み物は、鎮静効果があるのかもしれない。心なしか、寝ていない体にそれが染みわたり、いつの間にか失っていた体力が戻ったように楽になった。

 ふうっと息をつき、椅子に体をうずめてツバメの飼い主の登場を、今か今かと待ち続けた。
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