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 シャワーを浴びながら、下腹部をそっと撫でる。さっきまで彼がここにいたのかと思うと、胸がじんっとしてこそばゆい。照れくささを誤魔化すようにゴシゴシ体を擦った。

「省吾さんはバスローブだったけど、どうしよう……」

 普通に着替えをするべきか、洗面台に備え付けられていた白いバスローブを見ながらこれにするか悩んだ。バスローブを広げて袖を通す。下着はつけたものの、なんだか心もとない。結局、自分のパジャマにした。

 部屋に戻ると、省吾さんが頼んでくれていたのか夕食がテーブルに並べられていた。省吾さんは、いつも通りのように見える。変に緊張して意識しているのが私だけだったみたいで、少し残念なような複雑な気持ちになった。

 料理はコースのようで、どれも美味しかった。一緒に出たワインをふたりで飲んで、ホテルから見える夜景を楽しむ。

「彩音、こっちに来て」
「え? きゃっ!」

 すると、省吾さんが私の手を取り、自分の膝に乗せるかのように椅子に座った。大きな彼に被さるように乗ったため、顔がとても近い。いつも見上げている彼を、私が見下ろしていた。

「彩音、好きだ」

 何度も聞いたその言葉は、言われる度に媚薬でも一緒に与えられるのか、色鮮やかに私の胸にいっぱいいっぱいに広がる。どちらからともなく唇を寄せ合い、もう一度、もう一度と何度も唇を重ねた。

「ん……、はぁん……」

 唇を、彼の舌がなぞる。思わせぶりに、つんとつつかれて少し開いた。大きくて分厚い彼の舌が、私の舌を追いかけてくる。迎えるように、私も舌を出して絡めた。

「はぁ、彩音……好きだ。好きなんだ」
「ん、嬉しい。省吾さん、私も好き。大好き」

 彼の瞳が揺らめいている。彼という大きな檻の中に囚われつつ、彼の頬に手を当てて自分からその唇を貪った。

「省吾さん、私……」
「……今日はもうしないって決めたのに、そんな顔をして」
「そんな顔って、んっ」

 ふたりの荒い息遣いが重なり合う。彼の手が私の体を這うように撫でた。ぞわぞわして、逃れたくなる。でも、もっとして欲しくて身をよじりながらぐいぐい体を押し付けた。

「……残念だけど、今日はここまで」
「え?」

 スイッチが入り、体はもう火照っている。中途半端に体を触られたから、下がらない熱を持て余した。なぜと、ややむくれて彼をじっと見つめると、避妊具がもうないからと言われた。

「え……っと。安全日だし、中に出さなかったら……」

 彼を貪欲に求めてしまい恥ずかしくて、いつもみたいに胸に顔を隠したいのに、今は彼よりも上にいるからそれも出来ない。省吾さんは一瞬迷ったかのように視線を左右にさせたかと思うと、私の頭を手で持ってキスをした。

「魅力的なお誘いなんだけどね。彩音が大事だから、本当に今日はここまで」
「省吾さん……!」

 とても残念な気持ちよりも、もっと大きな嬉しい感情で満たされる。彼に抱き着いて、そのまま何度もキスを交わした。

 次の日は、省吾さんがとても疲れていたのかあくびを繰り返していたので、遊ばずに大阪から家に戻る事にした。これからは、ずっと一緒にいられるのだ。いつだってどこにだって旅が出来るし、やっぱり彼と一緒ならどこだって私は幸せなのだから。

 家に戻ると、おばあちゃんがいつものように「おかえり」とにこにこ出迎えてくれる。私たちの雰囲気で何かを察したおばあちゃんは、満面の笑顔になって、いつもは居間でお茶を飲むのに、今日はふたりきりにしてくれた。

 あっという間に、省吾さんと私の仲を大先生たちに知られた。お兄ちゃんは、省吾さんから聞いたのか、私が連絡するともう知っていた。

「あいつなら大丈夫だ。彩音、大切にしてもらえよ」
「うん。もう、大切にしてもらってるよ?」
「はは、そうか。良かったな」

 お兄ちゃんは聞きたくないだろうけど、織幡さんとの事を話しておいた。「彩音がそれでいいなら、俺は何も言う事はない」とだけ返事があった。

 秋になり、ふとスマホのネットニュースで今年の司法試験の合格者の名簿が載っているのが目につく。その中に、織幡さんの名前がなかった。今年の合格率は30%未満だと書かれていたから、とても難しかったのだろう。

「彩音、何を見ているんだ?」
「ううん、なんでもない」

 私は、スマホをカバンに片付けると、省吾さんに近寄って抱き着いた。そこに名前があろうとなかろうと、もう関係ない人だ。どこか、私の知らないところで元気に過ごしてくれていたらそれでいいと思う。

「省吾、そろそろフライトの時間なんじゃ?」

 今日から彼はまた学会で海外に行く。毎日一緒にいるのに一日24時間じゃ当たらないくらい、もっと一緒にいたい。なのに、10日いないから、とても寂しいし辛い。

「うん。あー、彩音もこのまま連れて行きたい。彩音不足でどうにかなりそうだ」
「ふふ、私も省吾がいないと寂しい。今回はアメリカでしょ? 私も行きたい!」
「行きたい理由が、俺だけじゃなさそうだな?」
「そんな事ないよ?」
「そうか?」
「……ちょっとだけ、アメリカの誘惑に負けてる、かも」
「はは、大学卒業したら一緒に行こう」

 彼が甘い声と瞳で、頭をぽんぽん軽く叩いて来る。それが嬉しくて、そっと目を閉じた。

「なんだか、一緒に行く場所がどんどん増えてる気がする」
「だな。でも、ずっと一緒だから、少しずつ行ってみよう」
「うん」

 羽田発のアメリカ行きの便の搭乗手続きが始まった。彼を乗せた大きな飛行機が、残暑で照り付ける太陽の下飛んで消えていったのであった。

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