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 ダイナソーのエクスプレスパスは、このままだともったいない。譲渡は禁止だというけれど、知り合いの代理購入ならオッケーだと澤向さんに聞いた。
 本当はダメだけれど、トイレで落としたと必死に探している修学旅行中の高校生たちにあげた。すごく喜んでくれて、楽しい思い出になればいいと思う。

 水のアトラクションは、澤向さんに真正面じゃなくても十分楽しめるスポットがあると聞いていた。私たちが行った時には大勢座っていたから、やや左寄りの椅子に座る。
  濡れる場所の椅子の色に、すごく濡れるとはいえ、旅行で来ている人たちだってたくさんいるからそんなに濡れないだろうと高をくくっていた。だけど、前座の時点で思いっきり水がかかってきた。

 何人かお客さんが選ばれ正面に立ち、水をたくさんかけられてずぶ濡れになっていた。真冬でもそのくらい容赦ないと、近くの人が喋っているのを聞いてびっくりする。

「それにしても、すごい量の水を本当にかけられるんですね。前の人たちがカッパを着ているのがわかります」
「アメリカでも、このくらいかけられるよ。もっとかな」
「え、省吾さん。本場のユニバに行った事あるんですか?」
「ああ、学生の時に友人とね。あっちは日本よりも並んでいる人が多いけど、並ぶ時間は少ないかな。日本のほうが圧倒的にセキュリティチェックが厳しいし、敷地も広いから、歩いているうちに搭乗口に着いて、乗り物が来たらさっさと乗り込んですぐに出発するイメージだ」
「へぇ、そうなんですね。しおんとね、どこか海外に行きたいねって言ってて。また色々聞かせてくださいね」
「彩音ちゃん海外旅行に行くの?」
「ええ、卒業記念に。仕事が始まったらそうそう行けなくなるって聞きましたから」
「そうか、そういえば来年卒業なんだよな……。どこで働くかは決めてあるのか?」
「ええ。そのまま付属の大学病院に就職しようと思っています。留年しなかったらですけど」
「はは、それはないでしょ。皆、無事に卒業して国試に受かるさ」
「だと良いんですけどねー」

 大音響とともにショーが始まると、次々にキャストが動き回る。一瞬でも目を離せない。澤向さんに教えて貰った場所の近くの階段に、敵に扮したキャストが、ヒーローにやられて倒れ込んできた。
 そのまま暫くその人は動かなくて、中央のヒーローたちの動きも気になるし、倒れたままのキャストも気になって、どこを見ていいか迷った。

 すると、キャストが動いて、近くの女性にウインクをした。間近にいたお客さんたちは、彼のファンなのか、とても嬉しそうにはしゃいで動画を録っている。

 観客席を含む地上に空中、そして水中まで、広場をふんだんに利用したショーはとても楽しめた。これも澤向さんに聞いたんだけど、ショーが終わってからも前に行けばキャストと写真を撮ったり、パフォーマンスを見せてくれるらしい。

 省吾さんと並んで前に行くと、さっき観客席で倒れていた敵に扮したキャストと一緒に写真を撮った。大きな船に乗ったキャストが手を振ってくれる。省吾さんと並んで、手を振り返した。

「あー、楽しかったですね」
「そうだね。正直、日本のショーは大人しいかと思っていたけど、大迫力だったし物凄く賑わっていて面白かった」

 そのあとは、ゲームのエリアに行った。カラフルな世界は、さっきまでのエリアとは全く違っていて、ゲームの中に入り込んだみたいになる。ゲームの主人公の帽子を被り、カートを動かすのがとても楽しかった。

 あっという間に時間が過ぎた。一日では、絶対にまわれないと言っていた澤向さんの言葉を思い出す。折角買ったエクスプレスパスは、当日しか使えないから、出来る限りあちこち回ろうと、省吾さんとパーク内を歩いた。

「彩音ちゃん、疲れただろう? ちょっと座ろうか」
「あ、省吾さんこそ帰国したばっかりなのに、私ばっかり楽しんじゃって。振り回してごめんなさい。そうですね、ちょうどベンチが空いてますから座りましょう」

 ベンチにふたりで腰を下ろす。すると、省吾さんが立ち上がって、近くで売っているチュロスを買ってきてくれた。

  バッグからお茶を取り出して彼に渡すと、もうすでに3本目だから、一体何本入れているのかびっくりされた。

「ふふ、残念ですけどそれで最後です。夜になったら、自動販売機に並ぶ人も少なくなるでしょうし、咽が乾いたらそこで調達しましょう」
「じゃあ、2リットルくらい持ってたのか……。カバンが小さいから気づかなかった。重いのにずっと持たせてごめん」
「このくらい、へっちゃらですよ。それよりもチュロスありがとうございます。甘くて美味しいです」

 長いチュロスは、砂糖がふんだんにまぶされている。強い甘さが、歩き回った体に染みわたっていくようだ。ほうっとため息を吐き、エクスプレスパスの残りのチケットを一緒に見た。

「朝一の入場じゃなかったし、どう考えても余るな」
「ですねー。もっと考えて買わないとダメでした」

 乗り物はともかく、エリアには入ろうと、まだ行っていない魔法のエリアに向かう。そろそろ閉演時間だというのに、まだまだ人でいっぱいだった。
 今から並んでも乗り物には乗れなさそうだ。映画の世界を楽しみながら、店をうろうろしていると、突然声を掛けられた。

「彩音……?」

 聞き覚えのある声に、思わず振り返って体が止まる。

  まさか、こんなところで会うとは思わなかった。

 目の前には、私と同じように驚いている資さんがいた。もうほとんど思い出さなくなったし、二度と会わないと思っていた彼が目の前にいて、とっくに忘れたと思っていた悲しみと恐怖が蘇る。

「彩音ちゃん、こっち」

 足がすくんで動けない私と資さんの間に、大きな背が入り込んできた。後ろ手に私の手を握りしめて、彼の視線から私を隠してくれる。

「しょ、ご……さん」

  省吾さんなら、必ず私を守ってくれる。

 思わず、彼の背中にぴたりとはりつくように縋ったのであった。
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