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 のぼせただけだから、体調はすぐに戻った。けれど、わたくしが休んでいる間に、とんでもない大騒動になった。

 後から聞いた話によると、ことの発端は、ジョアンとマニーデさんだったらしい。

「アイリス! 大丈夫なのか? おい、マニーデ、お前がついていながら、どうしてこんなことになるんだっ!」
「ちょ、ジョアン。アイリスはのぼせただけだから大丈夫なのよ。ちょっと、落ち着いて!」
「何が大丈夫なんだよ。あいつは人間なんだぞ? くそ、やはり俺がいないと……どけっ!」
「この先は女湯なの! どくわけないでしょう? この、馬鹿っ!」
「馬鹿とはなんだ! どかねぇなら、お前を倒して押し通る!」
「だーかーら! 絶対どかないってば!」

 わたくしを心配するジョアンが、マニーデさんの説明を全く聞き入れず、大声で言い争いをしたせいで、到着した生徒たち全員が女湯の前に集まった。

「なんだなんだ? ジョアンとマニーデが喧嘩してるぞ」
「よくわかんねぇけど、ふたりとも頑張れ!」
「どっちが勝つかな?」
「そりゃ、マニーデだろ。寝てばっかりのジョアンが勝てるわけねーよ」
「いやいや、ジョアンもなかなかつえぇぞ?」

 最初は、ふたりが始めた喧嘩にやじを飛ばして彼らも、ふたりを囃し立てて、ふたりは宿泊施設の設備が壊れるからってゴーリン会長から外に放り出されたみたい。そんな彼らと一緒に、ほぼ全員外に出た。

 ただ、野次馬の中で、まだ温泉を楽しんでいる女子たちが入っている女湯というパラダイスを見たいと、何人かがドサクサに紛れて女湯を覗こうとしたようだ。

 その頃、わたくしは脱衣所の奥にある休憩室でバスタオル一枚で寝かされていた。側には誰もおらず、ほとんど回復していたから、のんびり涼しい風を受けていたのである。

「おい、流石にやばいって」
「うるせえな。先生もゴーリンたちもいない今がチャンスだろ? 文句言うなら帰れよ」
「いや、それは……」
「んだよ。お前だってノリノリじゃね? Cクラスの、昨年度のミスキャンパスであるコツメカワちゃんがまだ入ってるってよ」
「マジ? 彼女、マジかわいいよなー。おっぱいはちっこいけど、そこがまたたまんねーよな」
「お、お前わかってるじゃん。じゃ、いくぞー」

 どやどやと、男子たちの声と足音が入口の向こうで聞こえた。

 わたくしは怖くなって、慌てて体を起こして隠れようとした。

 だけど、頭がクラっとして倒れてしまう。

「きゃあっ!」

「やべっ、誰かそこにいたみたいだ!」
「皆、逃げるぞっ!」

 どしんという音と悲鳴を聞きつけた彼らは、幸いにも一目散に逃げていった。それもそのはず、覗きなどという恥知らずな行為をした学生は、厳しい処分をうけるのだ。ヘタをすれば退学だ。

「助かった、の?」

 わたくしだけじゃなく、皆のあられもない姿を見られなくてほーっと長い溜息を吐く。すると、温泉から女の子たちが数人出てきた。

「アイリス、さっき音がしたけど大丈夫なの?」
「あ、ちょっと起きようとしてこけちゃっただけだから、大丈夫」
「そう? そろそろ着替える?」
「ええ」

 わたくしは、さっきのことを彼女たちに伝えようか迷った。

(未遂だったし、大事にしないようがいいのかしら? でも、言っておかないと今度は覗かれちゃうかも)

「アイリス、さっきは危なかったわね。でも、ちゃんと対処しているから安心して」
「え?」

 わたくしが、今しがた男の子の声がしたことを、コツメカワさんに伝えようとした時、彼女がそんなことを言ってきた。どうやら、彼らの声が温泉まで聞こえていたようだ。わたくしが心配で、彼女たちはお湯から上がってきたらしい。

「毎年、何人かは覗こうとするのよねー」
「ね。結局は追い払われるのに、いつも懲りないんだから」
「今年は、マニーデとジョアンが暴れているから、成功するとでも思ったのかしら?」
「クスクス。いつだって保険医のアザラー先生が見張ってるから、ぜーったいに無理なのにね」

 男の子たちが毎年女湯を覗こうとするのは恒例行事のようで、不埒な男子たちは、目的を果たせず逃げるらしい。その後、アザラー先生に、きついお叱りを受けて、罰として勉強漬けの毎日をさせられるから、二度と悪さをしなくなるという。

「人間の国ではこういう痴漢は厳罰なのかしら? アイリスには理解が難しいかもだけど、あいつらも、本能みたいなもんだから、許せないかもだけど、許してあげてくれる? 先生が阻止してくれるし、二度と変な真似をしなかったらいいっていうのが学園長の方針なの」
「私たちとしては、未遂でも怖いし、若気の至りで許すんじゃなくて、厳しく処罰して欲しいんだけどね」
「難しいところなのよねー」

 ふんふんと、この国の新たな一面を聞きうなづいていると、いつの間にか体が回復していた。

 身支度を終えて、コツメカワさんたちと、ジョアンたちのところに向かう。

 外は、とんでもないくらいの熱気と土煙が立ち込めていた。マニーデさんとジョアンだけでなく、観衆たちも乱入していて、誰がどこにいるのかもわからないほど混戦状態になっていた。

「え? ハリー先生まで?」
「きゃああああ、ゴーリン様もいらっしゃるわ。すってきー」
「あはは、ね、私たちも行きましょうか」
「いいわね。アイリスは危ないから、ここで応援しててねー」
「去年、覗きをしようとした奴らもいるわね。ね、ついでにやっつけちゃおうよ」
「さっきのやつらは、きっと先生が捕まえているわね。いたらやっつけるのに、残念だわ」

 そう言うと、女の子たちも乱闘騒ぎに参加した。魔法は禁止されているようで、至近距離で殴りあったりしているのに、皆楽しそう。

 頑丈で力強い獣人たちだから、互いに大怪我をしないように、手加減をしているのだろう。

 お祭り騒ぎのような土煙と獣人団子の中、ジョアンの姿が見えた。

「あ、ジョアン。マニーデさんも」

 彼は、手の部分だけを獣化させて、長くて黒い爪で戦っている。それを、マニーデさんが身軽に躱して反撃していた。

 ふたりとも、今まで見たこともないくらい、不敵な笑みを浮かべて戦っている。他の生徒たち同様、とても楽しそうだ。

「ジョアン、がんばってー! マニーデさん、負けないでー」

 わたくしも、野次馬の皆と一緒に、なんだかわくわくして彼らを応援したのだった。





 







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