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 ひとしきり涙を流し終えると、ヴァレリーは途端にフレデリックの胸の中で抱きしめられている事が恥ずかしくなった。もぞもぞ身じろぎして、自分よりもはるかに大きく逞しい彼の腕の中から逃れようとするけれど、ぎゅっと余計にその力が強くなりそのまま捕らえられてしまう。

「あの、あの、フレデリック様……」
「ヴァレリー、さっきみたいにフレドって呼んではくれないのかい?」
「……! あれは、その、あの」

 感情が高ぶりすぎて、そう言えばフレドと呼んでわんわん泣いてしまった事を思い出し、肌の色が真っ赤に耳まで染まる。

「ヴァレリー、そろそろ私へも返事をくれないかな?」

 あれから、どれほどの時間が経過したのだろう。気が付くと、天に浮かぶ月はかなり西に傾いていた。

「あのあのあのあの……さっきの事もありますし、返事は……」
「返事は……?」

 ん? と、甘く囁くように愛しくてたまらないといった蕩けきったかのような表情で大人の男の人が自分に愛を込めて、急かさないようで急かす言葉を投げかけて来る。

「へ、へんじ、は……」
「ヴァレリー、愛しているよ」

 ぼふんと、頭のてっぺんから爆発するかのように湯気が立ち込めたくらい羞恥でどうにかなりそうだった。色気たっぷりにフレデリックがその気持ちを真っ直ぐにくれる。
 俯きたい、その瞳から視線を逃れさせたいと思いながらも、その潤んだ瞳は自分のそれを逃してはくれなかった。

 背の高い彼を見上げるヴァレリーは、美味しそうに熟れたリンゴのようだ。

「ヴァレリー、今は私の事だけを考えて」
「ふ、フレ、ド……」

 足がふわふわして地面についていないかのようだ。フレデリックの唇が、そっとヴァレリーの髪に当たる。

「愛している。ずっと、君が小さな頃から。君は? 私の事を嫌い?」
「き、嫌い、じゃない、デス……」

 大人の男性から、そんな風にスマートにいつの間にか抱きしめられ、髪の毛に唇を落とされたなんて初めてだ。

そんな聞き方はずるい。フレドおにいさまを嫌いになんてなれるはずがないのに……

 そんな風に思いながら、彼の次々近づく男性の唇をじっと見つめる事しかできなくて、心がフレデリック一色で染められた。

「じゃあ、好き?」
「……好き、です……」

 どんな考えも頭に浮かばなくて、ただ、素直に彼への気持ちを伝えるだけで精一杯だ。ちゅっと、額にリップ音が鳴る。

「それは、優しいおにいさま、として?」
「え……」

 フレデリックは、兄のような存在だ。とても頼もしくてかっこいい、彼を思うとドキドキ胸が高鳴る事もあった。フレデリックが、フラットたちと自分の領地に来ると分かれば、指折りその日を楽しみにしていた幼かった自分。学園の制服姿を見て、会えなくなると思うと、悲しくて、でも、彼の折角の晴れの旅立ちの日に泣いたらダメだと笑いながら心で泣いた日。

「わたし、わたしは……」
「わたしは……?」

 続きをそっと強請るように頬に唇を当てられる。ヴァレリーは、目を閉じてそれをうっとりと受け止めた。

「フレド、は、とても素敵で。王族だし、田舎者の地味な私なんてって。不釣り合いだしってあきらめていたんです。でも、でも……」
「うん」
「好き、で、いいのですか? 本当に……? ロラン様を傷つけた私、が、フレドのお嫁さんに、なってもいいの……?」
「ヴァレリー……!」

 ヴァレリーの、途切れ途切れに紡がれるその声は、乾いた咽が張り付いたかのようにいつもの美しさが半減している。涙でぼろぼろのその顔すら、フレデリックはこの世の誰よりも可愛らしくて、愛らしいと真剣に思い彼女の華奢で折れそうなほど細い体をぎゅっと抱きしめた。

「ヴァレリー、私と結婚してくれるかい?」
「はい、私でよければ、喜んで……」

 二人は微笑みながら、そっと顔を近づける。暗い地面に、月華に照らされて長く伸びた影が一度離れたかと思うと、その先端がしっかり繋がり、それは離れる事はなかった。



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