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 ロランは、期待と不安でどうにかなってしまいそうだった。ヴァレリーの指先の向かう先が自分のほうだと確信できるまで、それはほんの数瞬でもあり悠久とおもえるほどの長い時にも感じた。

「ロラン様、その……。お気持ちは今でも信じられなくて、私には分不相応なほどのお申し出だと思います。とても、光栄な事だと、思っていて。まさか、そんな風に言ってくださるなんて……」

 ドキドキと、胸が張り裂けそうになるほど音を奏でるのはこの場にいる誰なのか。おそらく全員だろう。ロランの胸が大きく膨らんでいく。それに反比例するように、フレデリックは息を詰めて目の前の光景に目を背けたくなった。
 だが、自分の熱い手のひらに乗せられると思っていたその指先はいつまでたっても重なる事はない。それどころか、そっとその指をつぼみのように閉じて、差し出したロランの手を降ろして欲しいと言わんばかりに遠のいていった。

「でも、ごめんなさい……私、やっぱりロラン様の小さな頃の意地悪や、学園で色々言われ続けた事が忘れられない……私の気持ちなどおかまいなしに、自分の善意という名の価値観で振り回されました。とても、ありがたいお気持ちだと、思うんです。そんな貴方に、こんな風に思う私がひねくれていているだけだと思います……。太陽のように眩しくて、とても素敵なロラン様には、もっと素敵な方がお似合いです……。ごめんなさい……」
「そんな、ヴァレリー。こ、これからはきちんとお前の気持ちをしっかり聞くから! 嫌がる事なんてしない。他の令嬢なんて、そんな事を言うなよ」


 ヴァレリーの拒絶の言葉を聞き、ロランは地面ががらがらと崩れ去ったかのように愕然とした。そして、自分に自信がないのなら、ロランの言動が彼女の気持ちを置き去りにしたのなら、今後はきちんと向き合う事を宣言して彼女の人生を乞う。

「……ごめんなさい……」

 ロランは、くしゃりと顔を歪ませるとヴァレリーをその腕に捕らえようと一歩前に大きく体を近づけさせて、二回りも小さな彼女に腕を伸ばす。

「ロラン、そこまでだ」

 他の何も見ていない、考えていないロランがヴァレリーに対して無体な事をしようとするのを、フレデリックはヴァレリーを守るように彼らの間に体を差し入れた。
 思えば、同じように長い間彼女を愛して来たのだ。その彼女からの拒絶は相当ショックだろう。だが、愛しいヴァレリーの愛を乞うのは同じだ。
 ロランに対峙して、広い背にヴァレリーを隠すかのように胸を張り睨み合う。

「……フレデリック様、どいてください」
「嫌だね。私がどいた瞬間、何をするつもりだ」
「……!」

 ロランは、このまま彼女を連れ去り強引に妻にしようとまで考えていた邪な考えを見透かされたと感じて言葉をなくしフレデリックを睨みつける。

「ロラン、頭を冷やせ」
「……、ヴァレリー、ヴァレリー! 考え直してくれ。これからの俺を見てくれ!」

 ヴァレリーは、フレデリックの広い背中越しにロランの悲痛を込めたその叫びを聞いて目を閉じた。そして、ようやくロランの気持ちが自分が思っていた以上のものだと、冷水を浴びせられたかのように思い知った。
 けれど、やはりどれほどの想いを突き付けられようとも、彼への気持ちは変わらない。

「フレデリック様、どいてください……」
「だが……」
「お願いします」

 最後は、きちんと彼の気持ちを受け止めて、その上で彼の想いに応えられないと言いたかった。フレデリックの背に手のひらを当てて、やんわり彼にその場からどいてもらうように伝えると、少し逡巡したあとフレデリックの体が二人の間からずれた。
 とはいえ、ロランを警戒しているのか何かあればすぐに対処できるような位置ではあったが。

「ヴァレリー……、ヴァレリー……。俺は……好きだ。ずっと、好きだったんだ……」

 ロランから出るのは、ただ自分を好きだという気持ちだけ。ヴァレリーは、今にも泣き出しそうな彼の顔をしっかりと見つめる。

「ロラン様、ごめん、なさい。今まで、幼馴染として守ってくれて、ありがとうございました」

 遠くに、パーティーの喧騒とダンスのための軽やかな曲が聞こえる。今まで過ごしてきた数々の思い出が二人の心を駆け巡り、そして、ロランが俯き口を閉ざすとヴァレリーは彼に深く礼をしてその場を去って行った。


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