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「ヴァレリー、ロランの求婚に返事はしたかな?」
「いいえ。その、まさかロラン様にあのように言っていただけるとは夢にも思いませんでしたから……。びっくりして……」

 ロランは、フレデリックにこうして邪魔される前に、彼女の返事をもらうべきだったとヴァレリーの言葉を聞いてますます体の中心が冷えて行くような感覚に陥る。心臓が嫌な音をたてて、このまま彼女を抱きしめて連れ去ってしまいたくなった。そんな強引な人間はヴァレリーの最も嫌う存在であるために、ぐっと拳を作り握りしめ堪える。
 ロランにとって、フレデリックの存在はとうてい太刀打ちできない相手だ。小さな頃の二人の仲の良さは、自分が泣かせたからというのもあるが身につまされるほど知っている。
「じゃあ、まだ間に合うよね。ヴァレリー、私の大切な小さな妖精。ずっと君を愛していた。遠く離れてしまった日々はとても辛くて。君が学園に在学中であっても、妻として迎えに行きたかった。ただ、私に嫁がせるのをまだ早いしヴァレリーは私にはやらない、と、辺境伯がどうしても許してくれなくてね……。君の母上は君の気持ち次第だと言ってくれていてるから、君さえよければ味方になって貰えると思う。義父母は、君が来てくれるのを首を長くして待っていてくれている。どうか、私の手を取ってくれないか?」

 フレデリックが、焦るロランにちらりと視線を向けた後、ヴァレリーに求婚したのだった。
 ヴァレリーは、今の状況はきっと夢だと思ってしまう。3つも年上のすらりとした地位も実力も兼ね備えた優しい大人の男性になった兄のようにしたっていた人からも手を差し伸べられて呆然とした。立っているだけでやっとで、目がくらくらして、早く目が覚めないかななんて思うほど混乱している。

「ヴァレリー! 先に申し込んだのは俺だろう? その、誤解もあったけどずっと側にいたし俺の気持ちはなんとなく知ってくれていたはずだ。違うか? 俺は、フレデリック様よりも爵位も下だけど隣の領地だし、ヴァレリーだってうちにも来ていたから、遠く離れた公爵領よりも住みやすいだろう?」
「ロラン様……」

 ロランが、ずいっとフレデリックに並んで大きな剣だこの出来た大きな手を再び差し伸べて来る。学園で一緒にいるとき、幼馴染でしかないと自分でも思っていたし令嬢たちからも笑われながら言われ続けた。時々、ひょっとしたらと感じる事はあったけれど、その都度そんなはずはないとかぶりをふっていたのである。

「ヴァレリー、辛い時に一緒にいてあげられずにすまなかったね。でも、これからは私が守ってあげる。それに、私を選んでくれれば外交を受け継ぐからしょっちゅう君の実家にも帰る事もできるよ?」
「フレデリック様……」

 思えば寂しい時は彼がそっと隣でいてくれた。実の兄は優しいけれど、少々がさつなところがあり無神経な父にも似ていて苦手だった。フレデリックが本当の兄なら良かったのにと何度思っただろう。

 ヴァレリーは、二人の自分よりも大きな手のひらと彼らの真剣なまなざしをきょろきょろと忙しなく移動させては見つめた。

「……ロラン様」

 ヴァレリーは、最初の自信たっぷりで颯爽と側に来た彼が、すっかり自信を失っているのがわかった。常に力強く輝くその瞳が不安で揺れている。
 ヴァレリーの呼びかけに、自分を呼んでくれたからか、その不安に喜びの色が灯る。

「ヴァレリー……!」

 ヴァレリーは、ロランと数瞬見つめ合う。ずっと、こんな風に自分を見つめてくれていたのか、と体の中心が熱くなった。

 ごくり

 大きく咽仏が上下して、愛しい彼女の言葉の続きを待つロランの手にそっとヴァレリーは白く細いたおやかな指先を伸ばしていった。


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