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36 ケープペンギンは天に向かってなく ①

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 翌朝、私たちはハーレィとシャドウと一緒に遊んでいた。
 ゼファーが私たちを魔法で守ってくれているから、カレンを動かさずにシートに座らせたりしていたのである。

 はしゃぐ彼らの姿を、義姉たちが微笑んで見ていると、シャドウがはしゃぎすぎてカレンのシートの上でジャンプした。

「あぶないっ!」

 大人たちは焦ったが、シャドウは華麗にシートに着地できた。ほっと胸をなでおろした瞬間、シャドウがバランスを崩す。

「シャドウ!」

 一番近くにいたゼファーが腕を伸ばしてシャドウをキャッチする。シャドウは、きゃっきゃと嬉しそうに足をばたつかせた。

 シャドウが体を崩した時に、バイクのカレンを蹴ってしまい、横倒しになったのだ。運悪く、ゼファーの魔法はシャドウたちに向かっていたためバイクの防御が上手く出来ずカウルが割れた。

「あ、カレン(バイク)が!」

 カレンが壊れた事で、義姉は顔を真っ青にした。ゼファーも私も、シャドウが無事で良かった事と、でも、次はけがをするかもしれないから、もっと大人が気をつけてあげないとと反省もした。
 シャドウは、まだ黒色になりきっていない灰色のもこもこ毛皮と、お腹のもふもふした産毛が残るひななのだ。危険を教える必要はあるけれど、それはおいおいでいい。

 私は、申し訳ないと謝り続ける義姉の背中を擦りながら、シャドウが無事で良かった、バイクはゼファーがいるし問題ないと繰り返した。

 義姉が落ち着き、今日のバイクでの遊びは解散となる。ちびっこふたりは、遊び疲れたのか、義姉のご主人たちの腕の中ですやすや眠りだしていた。

 後に残された私とゼファーは、カレンに近寄った。愛車が傷ついた事は少し悲しいけれど、壊れたカウルはゼファーが必ず直してくれる。割れたカウルの破片を見つけて拾い上げ、ある物を見つけた。

「え? カタナ……?」

 そこには、故郷の義兄の名が刻まれていた。

 どうして、こんな故郷でも珍しい文字であるこれが、カレンのカウルの裏にひっそり刻まれているのだろう。

 疑問が疑問を呼び、私は動く事が出来ずにその場に立ちすくんだ。

「カレン、その文字が分かるのですか?」

 すると、バイクを起こしたゼファーが、私に問いかけて来た。

「え? あ、うん。だって、これは私の故郷の言葉で……。お義兄ちゃんの名前だから。同じ名前のバイクがあって、お義兄ちゃんの亡くなったお母さんがつけた名前で……。ねぇ、ゼファー。どうしてここにこの文字があるの?」

「不思議な偶然があるんですね……。そうですね……実は、カレンには話しておきたい事があるんです。雲をつかむような話ですし、何を言っているのかわからないと思いますが……」

聞いてくれますか?

 そう問いかけられ、私は頷く。流石にこの場所で話をする雰囲気ではない。カレンを車庫に入れて、私たちは近くに設置されたベンチに並んで座った。

「俺には、不思議な記憶があるんです……」

 ゼファーは、物心ついた時から、誰も知らない事を口にするくせがあったらしい。今まで聞いた事はなかったけれど、バイクという乗り物にしても、ゼファーがその記憶を頼りに初めて開発したのだという。

「そして、俺はずっと誰かを探し追い求めていたんです。尤も、本性になれない俺にはパートナーになってくれる女性はいませんでしたが。もし、カレン以外の女性と縁があったとしても、カレン以外の人は断っていたでしょう。カレンと初めて会えたとき、やっと巡り会えたみたいに心がざわめきだしました」

 私は、話を聞くにつれて、心当たりのある彼が呟いた不可解な事がどんどん合致していった。時々、この世界にはないエンジンの形状などを呟いてはいなかっただろうか、と。
 私と先輩が暮らしていた世界の知識と記憶が断片にでもあるのなら、知っていて当然のそれら。

 こんな、こんなにも都合のいい、奇跡のような幸せがあるのだろうか……?

「カレン、今まで隠していて申し訳ありません。ですが、こんな変わった男なんて君に悪いでしょう? カレンがこの事を聞いて、俺を敬遠したりはしないと思いつつ、万が一を考えて中々言い出せませんでした……」

 ゼファーが、重大なこんな事を隠していたのだから、離婚を言い渡されても仕方がありません、と寂しそうに嘆息する。

「ゼファー、離婚って……いきなりなんで、そんな事を言うの?」

「俺は本性になれない出来損ないの上に、こんな秘密を抱えていたんです」

「ちょ、ちょっとまって。ゼファー、落ち着いて、私の話を聞いて!」

 私は、ひとりで結論づけて、このまま別れようって言い出しかねないゼファーの口を唇で塞いだ。
  びっくりしたゼファーが、真っ赤になる。そして、私を抱えて膝の上に乗せ、泣きそうな顔を隠すかのように首筋に埋もれさせたのだ。

「ね、ゼファー。故郷のお義兄ちゃんの話はしたよね?」

「ええ。カレンの母上の再婚相手の連れ子だという青年の事ですね」

「うん。実はね、新しい神託でこの世界の誰かの中に転生というか、記憶の欠片として存在しているって聞いたわ。ずっと、神殿の人たちが国中を探してくれているけど、探し出せなくて……この世界で誰かの中で幸せに生きてくれていたらいいって諦めていたんだけど。あのね、お兄ちゃんの名前はカタナって言うの。ねぇ、これって偶然にしては出来過ぎじゃない?」

「カレン? どういう事なんでしょうか……」

「ゼファー。今はまだ、信じられない思いでいっぱいで……。でも、たぶん……。ねぇ、今すぐ、聖女パーシィ様にお会いしたいの。お願い、私を神殿に連れて行って……!」

 ゼファーも私の思い当たる可能性に気付いたのか、慌ててハヤブサを取りに行ってくれた。義母たちに、神殿に行くと伝えて、そのまま彼の運転するハヤブサで神殿を目指す。

 前触れも何もなしだったけれど、神殿の人たちは私が誰だかわかるや否やパーシィ様に取り次いでくれた。

 案内された場所は、白一色の大理石でできた部屋だ。前方中央に巨大な像が建立されていて、この世界の神として崇められている存在を模したものだと案内してくれた神官に教えてもらった。

「カレン、いきなりどうしたんだ?」

 神聖な祈りと禊中だったというパーシィ様が、ほどなくして現れた。

 私はさっきの出来事を、なるべく抜け落ちがないように伝えると、パーシィ様に少し待つように指示される。

 パーシィ様が、神の像の前で膝まづいて祈りを捧げると、不思議な柔らかい光がこの部屋に満ちた。すると、ゼファーが胸を押さえて苦しみだしたのである。

 冷や汗を流し、呼吸すらしづらそうだ。

「ぐ……うぅ……」

「え? ゼファー、どうしたの? ゼファー、お願いしっかりして! いやあ」

 彼のただならぬ様子を見て、このまま彼との別れを想像してしまい、私は泣き叫び、この世界にいるという神様に彼を助けて欲しいと願ったのであった。



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