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18 Goeie dag リボンで作られた薔薇の花束

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 俺は父に呼ばれて久しぶりに実家に戻った。

 公爵である父は、現在後妻やその夫たちとともに暮らしている。俺は騎士団長として立身しているけれど、後継者は俺だと父が常日頃から言っていた。

 俺は混血児で、女性は俺の好む環境で住めないから結婚できないだろうし、金と権力にものを言わせてどこかのご令嬢を政略で娶るなど考えられない。なので、血筋なら分家の男もいるから跡継ぎを辞退しようとしても聞き入れられる事はなかったために、騎士の仕事の傍ら領地の政務なども学んでいる。

 父は、若い頃にアデリー国の末姫である母を政略結婚でもらい受けた。だが、父は政略で嫁いできた母に一目で惚れ込み溺愛していたらしい。
 母がこの国の夫を、法に則って他にふたり選んだとき、父がべろんべろんに酔っ払い、ぼろ雑巾のように執務室の床で寝ていたと聞いた時は信じられなかった。

 父は、カレンが会議室で複数の夫を受け入れると発言した時に、一番最初に拍手をした人物だ。父はこの国では一目置かれるほどの人物だ。王家に対しても何かがあれば仲裁し苦言を呈する事ができるのも父だけである。

 今回、ゼクス王子を使い王家が──俺の家もだが──カレンを囲い込もうと画策していると疑われていた以上、大っぴらにカレンや俺たちを擁護するわけにはいかなかったのである。他の重鎮たちの口を閉ざすために、あえてカレンの年齢詐称を問題視し一日も早い夫を複数人決めるように声を高くして言っていた。そうする事で、カレンや王家に対する貴族たちの反感を抑え込み、攻撃しているようで守っていたのが分かっていた。
 だが、カレンひとりを悪者にしたてあげる結果になったのは、他に最善の方法がなかったにしても、今でも父に対して恨みの気持ちがある。

 父とて、女性が複数の夫を持つ事で自分も傷ついたし、慣れない暑い環境で、夫を多数持つ事で母が衰弱して亡くなったと今も悔やんでいるのだ。だが、法律を遵守すべき父がこの国の法である一妻多夫に異議を唱えるなどあってはならない。

 この国の男性は、一般的に女性は子供を産む事こそが国に貢献する事であり史上最高の悦びになるのだ、と常日頃から言ってはばからない。

 そんな彼らが、普段冷徹で知られ恋愛とは程遠いように見える父に、そんな過去があるだなんて誰も信じないだろう。

 母が亡くなり、小さな俺だけが残された。父は母の面影のある俺を宝物のように大切にしてくれた。周囲の勧めがあり、渋々後妻を娶ったものの、父の心の中には今でも母がいるようだ。
 後妻は、父以外の夫たちとの子をもうけたが、公爵家を継ぐ血筋の子が欲しかったようで父と何度も衝突していた。父は、後妻の事も大切にしており特別避妊などもしていない事から、こればかりはどうしようもなかったと、今では後妻も昔のように焦って視野が狭くトゲトゲしかったのが嘘のように落ち着いた。

 そんな父が、俺が父の書斎に入るや否やこう言った。

「シビル。カレン嬢とのお見合いの日程が決まった。お前は最終日にゼクス殿下と参加するんだ。彼女はこれまで4回の集団見合いをしたが、全て断っている。残るはお前たちふたりだけだ」

「は? 父上、今なんと……?」

 俺は思いもかけない父の言葉にぽかんと口を開けたまま突っ立ってしまった。そんな俺を見て、父は呆れたように苦笑する。

「なんだ? 不服か? ならば申し込みを取り消すが、お前カレン嬢を好いてはおらんかったのか? 私の考え違いだったか?」

「それは……俺はカレンを好きですし幸せになって欲しいとは思っていますが、彼女は子供で……だから」

 父の言葉に対して、即座に思い浮かぶのは子ども扱いとはいえ可愛がってきた数日間の彼女との思い出。

 確かに会った事のある女性の中ではカレンの事がダントツで好きだ。比べものにならない。出来れば、あの日々がもっと続いていたらと思う事もある。だが、彼女は俺とゼクス王子の腕の中から消えて、別の場所へ飛んで行ってしまった。
 だから、奇跡的に視界に入れられる事があったとしても、もう遠目でちらっと見るだけで、彼女との距離はとてつもなく開く一方だろうと寂しさが胸の中で冷たい風のように渦巻いていたのである。

「子供ではない。もうすぐ16才になる立派な乙女ではないか。外見も幼さがあるがそれすら愛らしいと思うし、出しゃばらず冷静にあの場を治めて見せた賢さや優しい性格も好ましい。お前の嫁として申し分はないどころか、勿体ないくらいの女性だ。何よりもお前やゼクス殿下と同じ環境で過ごせるのだ。辞退する理由などないであろう? それとも、子供としては好きだったが、大人の彼女は受け付けないとでも言うのか?」

「いえ……急な話でしたが、子供の恰好をやめて年相応にその身を包んだ彼女はとても美しく、嫌いになるなどありえない。それに、俺は彼女の外見でなく中身を好ましいと思っていました。喜怒哀楽を素直に出して笑って、あの寒い環境で俺たちと遊んでいました。かと思えば、俺たちに心配かけまいと涙を堪える姿は優しくて気を遣う様が痛ましく、さらわれるようにこの国にやってきた孤独な彼女を守りたいと今も思っています」

 最後に見た、15才の彼女の姿を思い出す。小さな子どもの格好も似合っていたけれど、まるで別人のように、ほのかに色気まで醸し出していた。
 彼女の大人の姿にひと目で釘付けになった。さなぎから蝶に羽化したみたいに美しく変貌して俺を魅了し、体のほとんどが心臓になってしまったかのように、ドキドキしていた。

 夜に寝ぼけながら俺の胸にすりっと甘えて来ていた泣き虫な女の子は、背筋を伸ばしてきっぱり自分の決意を言っていた。

 その凛とした姿は、よく知っているのに、知らない人のようだった。諦めや享受、彼女の心の中でどれほどの葛藤と悲しみがあったのだろうかと胸が苦しくなった。すぐに駆け寄り、彼女をあの場から連れ去って、傷一つつかないようにしてあげたかった。
 ゼクス王子も同じだったのだろう。太ももに置かれた拳が、ぶるぶる震えていて、俺と同じように衝動を抑えていたのが伝わって来た。

「ならば問題はなかろう。どちらにせよ、ゼクス王子かお前かは、彼女は選んでもらわないといけないからな。幸い、カレン嬢も男性としてではないにせよ、お前たちに非常に懐いていると報告をうけている。両方とも受け入れてもらえるのなら、王家もこちらもこれ以上の僥倖はない。外野の事は気にするな。そのあたりは侯爵家と連携してどうとでもなるからな。シビル、彼女が欲しければ次が最初で最後のチャンスだ。彼女の承諾を得て見せろ」

「父上……わかりました」

 まさか俺がカレンのお見合い相手として候補に挙げられていたなんて、驚愕と困惑、それを上回る期待と高揚で胸の中で何かが暴れているような衝動が湧き起こる。

「最初で最後のチャンスか……」

 父と別れ、自室のソファにどかりと座る。テーブルの上に飾っている、彼女の髪を結う時に使っていたリボンを使いカレンが薔薇の花束の置物に作り替えて最後に渡してくれたそれをそっと手に取る。

 小さなカレンと出会い、最後に見た彼女の姿で子供から一気に大人の女性として認識してから、俺の胸に巣食ったままへばりついてしまったこの感情の正体などわからない。

 けれど、俺は数日後に予定されているカレンとの再会を楽しみに思うのは紛れもない事実で、その後の彼女との未来を思い描き、口元が緩むのを止める事ができなかったのである。





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