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16 記憶が戻った日
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「本当に、そのような呪文で記憶が戻るのでしょうか?」
カーテとタッセルが、いかにも胡散臭そうな魔導書というよりも、単なる汚らしい古本を見ながら聞いた。言ってみようとは思っても、いざとなると尻込みしてしまう。
「たぶん?」
ランナーやフック王子も、改めてそう聞かれると自信がない。そもそも、その魔導書の効果が怪しさ満点なのだ。どの呪文も、本当に実施して成功したのかどこにもデータがない。
そもそも、魔法が失敗すれば、信心が足らないや、魔力不足だと説明されるだけで、効果には個人差がありますという注意書きが小さく書かれているような本なのである。
「でも、状況的に、レールが行ってカーテさんが記憶を失った可能性がそこそこ高いのよ」
「それは、まあ……ダメでもともとだって思いましたし。でも、これはちょっと恥ずかしいです」
「レールも、この発動する時の呪文を唱えたってことなんですよね? 調書によると、素面の状態で。こんなの、酒でも飲んでなきゃ口に出せないですよ」
「デスワヨネー」
「ダナー」
カーテとタッセルの言葉に、どこか心ここにあらずのようにランナーたちも頷く。この魔導書に掛かれている呪文は、古代文字ではあるが、全てポエム調や、妄想癖のある思春期特有のイタイ系などだ。正直、読むのもイヤなほどの文言がずらりと並んでいる。
四人は、この本を書いた迷惑ペテン師を、どういう心境で書いたのかと詰め寄りたくなった。
「言うのはかまわないですが、……せめて、ひとりで言いたい、です」
「カティ、それはダメだ。こんな怪しい本、何がどう反応するかわからないんだぞ」
「でもぉ……」
タッセルがカーテを心配して、ひとりでこっそり呪文を唱えることが出来なさそうだ。ランナーたちも、これにはタッセルの肩を持つ。
「そもそも、夫婦っていうのは全部共有するものでしょ? 僕も、あとでこの本の中から、カティが選んだ恥ずかしい呪文を言うから、僕だけでも側にいる」
「ターモくんがそう言うなら……」
ランナーたちは、何かのトラブルのために、呪文が聞こえないくらいの距離で見守ることになった。
「もう、なんなのよー」
完全に、遠くからの流れ弾に奇跡的に当たったくらいの確率で、えらい目に合わされた。すぐに言う気にはなれず、5分ほどぶくつさ文句を言いながら、本に掛かれている呪文を口にする。
「お、おし……あー……」
「カティ、頑張って」
「ううう……《オシリカジッテー。カジッテタタイテプルプルプルリンゴー!》」
なんだって、こんな小さな子供しか笑わないような下品極まりない呪文なのだと、恥ずかしくて体から火がでそうだ。自然と目に涙が浮かぶ。
せめて、ナルシスト100%ポエムのほうが良かったと、カティはわけのわからない呪文を唱えた。
すると、カーテの額に本に掛かれているのと同じ魔法陣が浮かび上がる。数秒ほどでそれが消えると、くらくら目眩が起こった。つきんつきんと頭が痛くなり、その場に崩れ落ちる。
「カティ!」
いきなり意識を失った彼女を、タッセルが慌てて抱きとめる。
記憶が戻るならと唱えてもらったが、何か、想定外の恐ろしくて危険な魔法がかかったのではないかと、心臓が悪い音を奏でた。血の気がさっと引き、やはりこんな呪文を唱えさせるのではなかったと後悔する。
「カティ、カティ、しっかりして! 殿下、早く来てください! 国一番の医者を、いや、賢者を連れてきてください!」
タッセルのただならなぬ叫び声を聞き、フック王子が、念のためひかえさせていた、治療系が得意な魔法使いとともに入って来た。
「これは……」
タッセルは、半狂乱でカーテを呼び続けている。目を閉じ、ぐったりしている彼女の体は、ぼんやりと光を纏っており、徐々に光が消えていった。
すぐさま魔法使いがカーテの体を診察する。すると、意識がないこと以外は何も問題がないようだ。細部にわたって診てみたが、魔法の痕跡が小さく残っているだけだった。
「とにかく、彼女を安静にさせよう。タッセル、彼女は無事だ。気をしっかり持て!」
タッセルは気が動転していて役に立ちそうにない。一向に動くことが出来なさそうな彼は、フック王子たちの強い口調でようやく立ち上がることができた。
すぐさま部屋で寝かせてあげたいのに、足がもつれる。かといって、カーテをほかの男に任せられるかと、彼女を離そうとしなかった。
「ん……」
すると、タッセルの腕の中のカーテが目を開く。そして、彼を見上げて微笑んだ。
「ターモくん、私は無事よ。心配させちゃってごめんね」
「カティ、カティ。どこも痛くない? 気分は? ああ、どれほどふざけた状況であっても、記憶を操作するような強力な魔法だったんだ。もっと慎重に考えなきゃいけなかったのに。僕、記憶を取り戻して欲しいからって、カティを止めなかったんだ。許して」
「ううん、私が思いだしたかったの。ターモくんはなんにも悪くないわ。さっきはクラクラして少し頭が痛かったけど、今は平気よ。それよりも、私、記憶が戻ったみたい」
「ほ、ほんとに?」
カーテは、タッセルが、記憶が戻ったことよりも、自身が無事だったことに喜んでいるのがわかって嬉しくなる。彼に抱き着いて、ずびずび泣いている彼を撫でた。
「うん、本当よ。私のぷにぷにターモくん。ふふふ、今はぷにぷにが減っちゃったね」
「カティ……」
ぷにぷにターモくんは、彼女が記憶を失う前の彼の呼び方だ。そう呼びながら、ありとあらゆる脂肪をつまんで喜んでいた。
今も、脇の下やあご、腕のやわらかい部分をぷにぷにつかもうとしている。
「あーん、私のぷにぷにがぁ……うう、酷い、ここも、ここも減ってるぅ……」
「カティ、くすぐったいよ」
周囲の心配と安堵をよそに、記憶喪失の間に愛するぷにぷにがごっそり減ったことに嘆くのであった。
カーテとタッセルが、いかにも胡散臭そうな魔導書というよりも、単なる汚らしい古本を見ながら聞いた。言ってみようとは思っても、いざとなると尻込みしてしまう。
「たぶん?」
ランナーやフック王子も、改めてそう聞かれると自信がない。そもそも、その魔導書の効果が怪しさ満点なのだ。どの呪文も、本当に実施して成功したのかどこにもデータがない。
そもそも、魔法が失敗すれば、信心が足らないや、魔力不足だと説明されるだけで、効果には個人差がありますという注意書きが小さく書かれているような本なのである。
「でも、状況的に、レールが行ってカーテさんが記憶を失った可能性がそこそこ高いのよ」
「それは、まあ……ダメでもともとだって思いましたし。でも、これはちょっと恥ずかしいです」
「レールも、この発動する時の呪文を唱えたってことなんですよね? 調書によると、素面の状態で。こんなの、酒でも飲んでなきゃ口に出せないですよ」
「デスワヨネー」
「ダナー」
カーテとタッセルの言葉に、どこか心ここにあらずのようにランナーたちも頷く。この魔導書に掛かれている呪文は、古代文字ではあるが、全てポエム調や、妄想癖のある思春期特有のイタイ系などだ。正直、読むのもイヤなほどの文言がずらりと並んでいる。
四人は、この本を書いた迷惑ペテン師を、どういう心境で書いたのかと詰め寄りたくなった。
「言うのはかまわないですが、……せめて、ひとりで言いたい、です」
「カティ、それはダメだ。こんな怪しい本、何がどう反応するかわからないんだぞ」
「でもぉ……」
タッセルがカーテを心配して、ひとりでこっそり呪文を唱えることが出来なさそうだ。ランナーたちも、これにはタッセルの肩を持つ。
「そもそも、夫婦っていうのは全部共有するものでしょ? 僕も、あとでこの本の中から、カティが選んだ恥ずかしい呪文を言うから、僕だけでも側にいる」
「ターモくんがそう言うなら……」
ランナーたちは、何かのトラブルのために、呪文が聞こえないくらいの距離で見守ることになった。
「もう、なんなのよー」
完全に、遠くからの流れ弾に奇跡的に当たったくらいの確率で、えらい目に合わされた。すぐに言う気にはなれず、5分ほどぶくつさ文句を言いながら、本に掛かれている呪文を口にする。
「お、おし……あー……」
「カティ、頑張って」
「ううう……《オシリカジッテー。カジッテタタイテプルプルプルリンゴー!》」
なんだって、こんな小さな子供しか笑わないような下品極まりない呪文なのだと、恥ずかしくて体から火がでそうだ。自然と目に涙が浮かぶ。
せめて、ナルシスト100%ポエムのほうが良かったと、カティはわけのわからない呪文を唱えた。
すると、カーテの額に本に掛かれているのと同じ魔法陣が浮かび上がる。数秒ほどでそれが消えると、くらくら目眩が起こった。つきんつきんと頭が痛くなり、その場に崩れ落ちる。
「カティ!」
いきなり意識を失った彼女を、タッセルが慌てて抱きとめる。
記憶が戻るならと唱えてもらったが、何か、想定外の恐ろしくて危険な魔法がかかったのではないかと、心臓が悪い音を奏でた。血の気がさっと引き、やはりこんな呪文を唱えさせるのではなかったと後悔する。
「カティ、カティ、しっかりして! 殿下、早く来てください! 国一番の医者を、いや、賢者を連れてきてください!」
タッセルのただならなぬ叫び声を聞き、フック王子が、念のためひかえさせていた、治療系が得意な魔法使いとともに入って来た。
「これは……」
タッセルは、半狂乱でカーテを呼び続けている。目を閉じ、ぐったりしている彼女の体は、ぼんやりと光を纏っており、徐々に光が消えていった。
すぐさま魔法使いがカーテの体を診察する。すると、意識がないこと以外は何も問題がないようだ。細部にわたって診てみたが、魔法の痕跡が小さく残っているだけだった。
「とにかく、彼女を安静にさせよう。タッセル、彼女は無事だ。気をしっかり持て!」
タッセルは気が動転していて役に立ちそうにない。一向に動くことが出来なさそうな彼は、フック王子たちの強い口調でようやく立ち上がることができた。
すぐさま部屋で寝かせてあげたいのに、足がもつれる。かといって、カーテをほかの男に任せられるかと、彼女を離そうとしなかった。
「ん……」
すると、タッセルの腕の中のカーテが目を開く。そして、彼を見上げて微笑んだ。
「ターモくん、私は無事よ。心配させちゃってごめんね」
「カティ、カティ。どこも痛くない? 気分は? ああ、どれほどふざけた状況であっても、記憶を操作するような強力な魔法だったんだ。もっと慎重に考えなきゃいけなかったのに。僕、記憶を取り戻して欲しいからって、カティを止めなかったんだ。許して」
「ううん、私が思いだしたかったの。ターモくんはなんにも悪くないわ。さっきはクラクラして少し頭が痛かったけど、今は平気よ。それよりも、私、記憶が戻ったみたい」
「ほ、ほんとに?」
カーテは、タッセルが、記憶が戻ったことよりも、自身が無事だったことに喜んでいるのがわかって嬉しくなる。彼に抱き着いて、ずびずび泣いている彼を撫でた。
「うん、本当よ。私のぷにぷにターモくん。ふふふ、今はぷにぷにが減っちゃったね」
「カティ……」
ぷにぷにターモくんは、彼女が記憶を失う前の彼の呼び方だ。そう呼びながら、ありとあらゆる脂肪をつまんで喜んでいた。
今も、脇の下やあご、腕のやわらかい部分をぷにぷにつかもうとしている。
「あーん、私のぷにぷにがぁ……うう、酷い、ここも、ここも減ってるぅ……」
「カティ、くすぐったいよ」
周囲の心配と安堵をよそに、記憶喪失の間に愛するぷにぷにがごっそり減ったことに嘆くのであった。
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